Romanticにはほどとおい

 第7話 (3)
通された母屋では、既に泰明が待機していた。
晴明は支度の最中だとかで、まだ姿を現していない。
「ねえちょっと…本当にここなのぉ?」
蘭はさっきから、何度も屋敷を見渡してばかりいる。
「何かー、しょぼい屋敷じゃない?こんなところに、女の世話が出来る人が住んでるようには、とても見えないんだけどー?」
広さはあるけれど、質素な造りの屋敷には、豪奢なものは一切置かれていない。
庭は荒れ放題で、小綺麗な侍女が数人いるのが逆に違和感を覚えるくらいだ。

「もう少しさ、お金持ちらしいっていうか。きらびやかな感じを想像してたのに、つまんないの」
遠慮もなく、蘭は思ったことをズバズバと口にしている。
「……おまえたち、さっきから何の話をしている…」
二人の話が耳に入ったのか、泰明がぽつりと口を開いたので、慌ててあかねは笑ってごまかした。

侍女の一人が、飲み物を持って部屋にやって来た。
「お待たせしております。主はもうしばらく支度が掛かるとの事ですので、喉を潤しながらゆっくりお待ち下さい。」
彼女は一人にひとつずつ、黒塗りの碗を渡す。
その中には、冷たい蜜水が入っていた。
「ちょっとー、どれくらい掛かるのよ?あんまり遅くなりたくないんだけどっ?」
「まあまあ。お使い以外の外出なんて、滅多にないんだろう?少しはのんびりすれば良いんじゃないかい」
そういったって、今回ここにやって来たこと自体も、シリンのおつかいに過ぎないのだが。

殺風景で、妙に人の気配が薄い屋敷。
まだ年は若そうだが、びっくりするほど無表情な青年。
そして、いつまた盛り出すか分からない二人……早くこんなところから出たい気満々なんだが!
蘭は腹の中でそんなことを考えつつ、ほのかに甘い蜜水をごくりと飲み干した。



彼女に異変が起こったのは、それから5分ほど過ぎた頃だ。
急に眠くなったと言い出して、あかねの方に寄り掛かり始める。
「まだ主が来るまでは時間がある。少し休んでいても構わん」
無機質な泰明の声が、更に蘭の睡魔を促した。
ゆるゆると力が抜けて、ごろんとあかねの膝の上に落ちるまでは、ほんの1〜2分。
「凄いねえ。さすが晴明殿のお力は即効性がある。」
完全に熟睡している蘭を見て、感心しながら友雅が言った。

すぐに泰明が立ち上がり、離れの庵へ晴明を呼びに行った。
元々、これは最初から企てていた晴明の策のひとつだ。
おそらく説明をしたところで、蘭がこちらを警戒するのは目に見えている。
それならちょっとだけ、手を加えようということで、彼は欄に微量の薬を用いることにした。
薬とは言っても軽い睡眠導入剤みたいなもので、身体に対しては何の害もないもの…を晴明が用意したらしい。
「お、全て段取り通りに上手く行っておるな」
泰明と共にやって来た晴明が、くたりと眠っている蘭を見て、満足げに顎の白髭を弄った。



「さあて…では、始めるとするか」
あかねと侍女たちの手によって、蘭は眠ったまま床の上に寝かされた。
独特の香が焚かれ、榊を振り水で清めの儀式を終えたあと、しばらく晴明と泰明とで呪いが唱えられ始めた。
「今日は初めてだから、少ししかやらないんですよね?」
「そうだね。記憶を引き出そうにも、一気にでは心に負担が掛かりすぎる。」
何とかこの後もシリンに口裏を合わせてもらって、彼女を連れて来なければ。
しかし彼女が意識を取り戻したら、シリンの相手だった男と挨拶でもさせておかないと、怪しまれてしまう。
……さて、誰を当てればいいだろうか?
「泰明さんは…ちょっと無理なんじゃないですか…」
「だからと言って、晴明殿というのも無茶があるしねえ」
全く無関心の泰明と、あまりに年が行き過ぎている晴明と。
どちらがシリンのパトロン役に相応しいか?
…などと、少し横道に逸れた話をしているうちに、晴明たちが呪いを唱える声が止まった。


「そろそろ、お尋ねしても良いな。-----娘、そなたの名前は何と申すのだ?」
いよいよ、実験が始まった。
果たして蘭は、思った通りの反応を示してくれるだろうか?
見守っているあかねも、そして友雅も息を飲んで光景を凝視した。

「-----蘭。蘭と呼ばれています。」
「そうか。蘭殿だな。良い名前を持っておる。」
晴明の問いに、彼女は返事を返した。一応、第一段階は成功したということで、あかねはホッと肩の荷が下りた。
更に、晴明の問いは続く。
「お名前は、誰が付けてくれたのだ?御両親か?」
「……いえ。シリン様が…そう呼んでくれていたので…」
「シリン様とは、家族ではないのだな。そなたの家族はどうしたのだ?」
「……分からないです。気付いたら、私はシリン様のお手伝いをしていたので…」
「ふーむ。では、ずっとその方々と一緒に今も暮らしているのだな」
「そうです。シリン様とアクラム様と…あと、セフル様と…イクティダール様…」
やはりずっと、彼らの中で共に暮らしていたのだ。
鬼の一員として、いつの間にかに現世から連れ去れて、こうして今もここにいる。

「でも、シリン様はとてもお優しいです。仕事は大変ですけど、無理な事は押し付けないし、手伝ってくれたりもするので。」
「へえ…あの茨の姫も、案外良いところがあるんだね」
話を聞きつつ、友雅がふとそんな風にこぼした。
多分、彼女がここにいたら、あの爪で引っ掻かれそうだが。
「セフル様はちょっとやんちゃで、あまのじゃくなところもありますけど…そう悪い子って感じじゃないです。あと、イクティダール様は…最近は町に恋仲の方がいらっしゃるようで、たまにしかこちらには戻って来ないです。でも、とてももの静かでお優しい方です。」
どうやらイクティダールは、イノリの姉であるセリと好調らしい。
直接イノリに聞き辛かったのだが、それを聞いて友雅は少し安心した。

「それで、主であるアクラムという方は…どんな方だね?」
「あまり…口数は多くない方です。なので、私に文句とかも殆ど言いません。誰かを怒ることもないので、穏やかな方だと思います…」
あの件以来、すっかり彼はリセットされてしまったようだ。
実際シリンとつるんでいるのを見ても、敵として向かい合っていた頃の面影など、もう全くないと言って良い。
おそらく以前のアクラムだったなら、さぞ蘭は厳しい処遇を強いられていたのではないだろうか。

……ん?
「でも友雅さん、蘭ってアクラムがああいう事になる前から、一緒にいたんですよね?そうしたら、前のアクラムのことだって知っているはずだと思いませんか?」
確かに、あかねの言う通りだ。
アクラムは黒龍の依代として、蘭を連れ去って来たのだし。
それはすべて京を手中におさめることと…自分たちと戦うことのためだ。
それなら、その頃のことだって彼女は知っているはずなのに、何故だろう?

「アクラム様は、いつもシリン様とご一緒で…とても仲良くされています。」
蘭の話は、そのあとも続いている。
「シリン様が離れられると、大変なんです。どこにいるのか、って…。だから、いつもおそばに着いているんです。」
「ほー。そりゃあまあ、仲睦まじくて良いな。そんなことでは、年頃のそなたも気まずかったりするのではないかね」
「いいえ!どっかの男女みたいに、時間も場所も考えずに盛りつくわけじゃないですから!」

ぎくっ!
晴明と泰明の視線が、ふっとこちらに向けられた…気がする。
「最近なんですけどねえ、すっごい非常識な男と女がいましてね!山ん中のあばらやに忍び込んでは、そりゃもうーやらしい声ばっか出して!」
「はあ…そーなのか…」
「男が女の×××を×××してる音がしてー、女がまた「×××」とか声出してんのに、男は全然止めやしないで調子に乗ってさー!ああいうのをケダモノって言うんですよねえ!」
眠っているにも関わらず、言っていることはいつもと同じ調子。
苦笑いしながら、晴明はこちらを見ている。

「おまえたち、馬鹿か…」
呆れたようにぼやいた泰明に、恥ずかしすぎてあかねは顔を上げられなかった。



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Megumi,Ka

suga