Romanticにはほどとおい

 第7話 (2)
すっかり歩き慣れた山道を、友雅に手を引いてもらいながらゆっくりと進む。
「土御門家に行く前に、泰明殿のところへ寄って話を付けて来た。今日は外出の予定がないから、来られるなら来ても構わないって、向こうにはちゃんと承諾を貰っているよ。」
あの晴明でも、今回のことはなかなか難しい事例。
急に押し掛けては、準備が整わないのでは?と思ったが、友雅は用意を怠っていなかったようだ。
「出来るだけ早く、取り掛かった方が良いだろう。状況に寄っては、その後どれくらい時間が掛かるか分からないしね」
「そうですね…。焦って蘭に何かあったら、大変ですもんね」
焦らずにゆっくり、着実に事を進めるなくては。
それは十分に分かっていることだけれど、やはり本音はいち早く…彼女を兄と再会させてやりたい。
だから、やはりここは焦りは禁物。
早め早めに行動を進めて行くのが得策だろう。

「でも、急にこれから蘭を連れて行くって言って、シリンとかすんなり受け入れてくれますかね?」
あまり頻繁に町へ下りられない自分の代わりに、大概は蘭が小間使いの役を担っている。
食事の支度や買い物など、手が足りなくて問題にならないだろうか。
「まあ、向こうが都合悪いっていうなら、仕方ないから日を改めるしかないかな」
その場合は話だけでも付けておいて、後日また連れに来ることにしよう。


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「アンタ達、本当に来たのかい…」
現れた友雅たちの姿を見て、シリンは半ば呆れ気味につぶやいた。
相変わらずそこは原始的な佇まいで、岩を積んだだけの竃には延々と火が灯り、鍋の中では何かが煮込まれているようだった。

「あの子は今、水汲みに行ってるよ。そろそろ戻って来るだろうさ」
「ではその後に、ちょっと夕方まで預からせてもらうよ。」
そう言ったあと友雅は、シリンの目の前に麻布の袋を二つほど、どさっと置いた。
更にあかねが続いて、果物やら野菜がぎっしり入った籠を差し出す。
「これは、彼女が留守の間の君らの食料。使いっ走りがいなくても、これだけあれば飢えることはないだろう?」
籠の中は見て分かるとして、ずっしり重い袋を紐解いてみる。
すると中には、ぎっしり玄米や麦が詰められていた。
ついでにこれもおまけ、と友雅は、懐から小さな袋を取り出す。
「干した鮑は、鍋に入れるとなかなか良い味になるよ。少ししかないけれどね。」
アワビだって!
アワビなんて、あちらの世界でもお祝いの席で1、2度しか食べたことがないのに!
少しだけとか言って、袋はかなり詰まっているみたいだ…。
などとあかねは興味津々だが、実は彼女が気付かないだけであって、たまに土御門家の食事には蚫が出て来たりしている。

ガサガサ…と草と小石を踏む足音が、丘の上から聞こえてきた。
「あっ、あんたたちっ!!」
水を貯めた桶を持ちながら、蘭が慌てながら駆け下りてくる。
二つも桶を持ってすたすたと歩くなんて、見かけに寄らず体力のある娘だな、とか友雅が考えているうちに、彼女は二人の前で立ち止まって両方の顔を睨んだ。
「何しに来たの、あんたら!まさかここで盛り付くつもりじゃないでしょうね!」
「ま、まさかそんなことっ!!」
動揺しながらあかねが弁解するつもりが、こういう時に調子に乗るのが彼の性分。
後ろからぎゅっと抱きしめられ、少し淫らに唇がうなじをくすぐる。
「私はいつでも準備万全なんだけどね…。」
「ひゃっ…ひゃああ〜っ!!」
「でも、姫君の柔肌は誰にも見せたくはないし…どうしたら良いかねぇ?」
「きゃ…きゃあっ!きゃーっ!と、友雅さぁぁ〜ん!!!」
友雅の腕の中で、真っ赤になってもがき暴れるあかねの状況を、さすがのシリンも呆然として遠巻きに見ている。

「マジで水浴びさせてやろーかぁっっ!!!???」
たまりかねた蘭が、両手で水桶を二人の頭の上に掲げた(本気で)。
びしょ濡れのままで、泰明の屋敷に行くわけにも行かないので、仕方なく友雅はあっさりと引き下がった。




「はぁ?あんたたちに付いて来いっていうの?」
ようやく少し落ち着きを取り戻し、話を切りだした途端、蘭は胡散臭そうな顔でこちらを見た。
「冗談じゃないわよ。そんな、どこの馬の骨か分かんないケダモノ二人に着いてったって、何の得もありゃしない!」
まあ確かに、彼女とは面識は殆どないし。
よく知らない相手に"着いてこい"と言われたって、まずは怪しむのが当然だろう。
「着いてって、またそこらでイチャコラ場面を見せられちゃ、たまんないわよ!」
「だからっ、そんなことはしないってばっ!」
そっと後ろから腰に伸びてきた彼の手を、あかねは咄嗟にぴしゃっと叩いた。

「以前、私が世話になった公達がいてね。この男が私の話をしたら、力になってくれるって言うんだってさ。」
竈に掛かった鍋の中に、野草をちぎって入れながらシリンが言った。
友雅たちには食って掛かるが、やはりシリンの話は素直に耳を貸すようだ。
「本当は私が直接会った方が良いんだけどさ。でも…アクラム様から離れるわけにはいかないからねぇ。」
ちらっと彼女の瞳が、奥にある寝所の洞穴の方へ向けられた。
そして、少し恥じらうようにうつむいて、小袖の襟元をさっと正したのだが、一瞬見えた白い首筋に、赤い花が咲いているのを見つけ、あかねは少しドキッとした。

「だからさ、あんた…代わりに話を聞いてきておくれ。何かしら生活の糧になるものを、与えてくれるだろうからさ。」
蘭はまだ少し悩んでいる。
シリンを疑ってはいないけれど、問題は友雅たちに同行しても良いか、というところでだ。
「大丈夫だって。悪いようにはしないさ。帰りも送ってきてくれるんだろう?」
「ああ勿論。市井の姫君を夕方一人で帰すなんて、出来るわけがないからね。」
そう友雅は答えたが、それでも蘭の目は不審者を見る目だ。
こりゃ、そう簡単には信用してはもらえなそうだ。

「頼むよ、蘭。これから天候が悪くなって、出掛けられなくなったら食べ物に困るだろう?そのためにも、食材は多く備蓄しなきゃならないしね。」
………しばし、蘭は考え込んでいる。
彼女が答えを出すのを、皆は黙って待っている。

「シリン様がそうおっしゃるなら…分かりました。私が行ってきます。」
「本当かい?助かったよ。じゃあ、よろしく頼むよ?」
やっとうなづいてくれた。
一同がホッと胸をなで下ろしたが、蘭はキッとしてこちらを見て言い放った。
「向こうに着くまで、盛り始まるんじゃないわよ!?」
…蘭が口を開いて言うことは、いつもこればっかりだ。


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牛車に乗ったのはこれが初めてで、終始蘭は落ち着かない様子だったが、目的地が近付くと少しは乗り心地に馴染んだようだった。
一条通をゆっくりと進み、橋を渡ってすぐの場所で車は停まる。
「さ、着いたよ。」
そう言って友雅は、まず先に自分が車から下りた。

しばらくして前簾が上がると、友雅が目の前に立っていた。
「さ、あかね。私の腕の中に下りておいで。」
両手を広げてあかねを招く彼を見て、蘭がじろりと白い目をする。
「あのさ、こういう時って…客人を先に優先するもんじゃないの?」
そんな風に抱っこされるのもアレだけど、手を貸してくれたって良いんじゃないかと思う。
一応こっちは、招かれている立場なんだし。

すると友雅は辺りを見渡し、手が空いていた従者を一人呼び寄せた。
「じゃあ…君、彼女を下ろしてやってくれるかな」
「はぁ!?私を下ろすとなったら、交替するっての!?」
たかだか手を添えてくれるくらいで良いのに、わざわざバトンタッチってどういうことだ。

面白くなさそうな顔の蘭を、友雅はにっこりと微笑んで見上げる。
「すまないね。私の腕も胸の中も、あかねのためにあるものだから、他人は立ち入り禁止なんだよ。」
薄ら寒くなるような惚気言葉を、彼は恥じらいも照れもなく、当然のようにさらっと口にした。



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Megumi,Ka

suga