Romanticにはほどとおい

 第6話 (3)
祭りの準備が終わらない詩紋と別れて、あかねは友雅に送っていってもらうことになった。
昼間はやや汗ばむ日差しも、夕暮れになれば少し涼しくなる。
歩いていると、更に夜風が顔に当たったりして、それもまた心地良かった。

「出来るだけ早く、話をつけて彼女を連れて来た方が良いね。」
どれだけ時間が掛かるか分からないし、今回の方法が効くとも限らない。
駄目なら別の手段に切り替えるためにも、また彼らとコンタクトを取ってみるべきだろう。
「明日また、彼らのところに行ってみるつもりだけれど、君も一緒に行くよね?」
「うん、もちろんです。少しでも早く、天真くんに良い報告をしてあげたいし。」

そんな風に話しながら歩いていると、時々何人かの子どもとすれ違った。
彼らはみんな、棒についた飴を舐めながら歩いている。
そういうあかねも、帰り際に詩紋に一本もらってきたのだが。
「あ、あの子たちもお裾分け貰ったのかなあ」
「大人は酒を楽しめるけど、彼らはそうは行かないからね。こういうのも良い。」
「お団子とかもあるし、魚も塩焼きにしたりするみたいだし。大人も子ども楽しめそうですよー」
現代の祭りのように、やまほどの屋台が並ぶことは無理だろうけれど、こんな素朴な雰囲気も楽しいものだ。

「そうだ、お祭り一緒に……」
顔を上げて友雅に言おうとしたとき、彼の顔を見てあかねは言葉を止めた。
お祭りは、夜に開催される。だけど友雅は左近衛府の人間だから、夜警で内裏に上がることが多い。
もしかして、夜はお仕事かな…。
それじゃ、お祭りに誘ったりしたら迷惑だよね…。

「夜警の当番、他の日に変えてもらうから大丈夫。」
掌が背中に伸びて、優しい笑顔があかねを見下ろす。
「優雅な観月の夕べも良いけれど、たまにはあんな風に肩肘の張らない、賑やかなものも良いからね。」
友雅はそう言うと、あかねの頬にそっとキスをした。
舐めていた飴の甘い匂いが、ほのかに彼女の口元から漂ってくる。
「それに、ああいう祭りの夜は、みんな舞い上がってしまっているから。お目付ナシでは危ないよ」
「はあ。それはさっき詩紋くんにも言われました…。出来れば友雅さんと、一緒の方が良いって」
詩紋も祭りの場所にはいるけれど、裏方仕事なので、ずっとあかねに付き添ってはいられない。
だったら、一番あかねを完璧に護れる人が同行してくれた方が、こちらも安心だと言われて。
「酒が入ったり、盛り上がりに飲まれてしまうと、羽目を外す者も多くなるからね。気を付けないと。」
「分かりました。友雅さんと離れないように、気を付けますー」
あかねはうなづいて、ぺろりと飴を頬張った。


「………でも、時には羽目を外すのも、悪くはないよ」
え?
最初に足を止めたのは彼の方で、数歩進んでいたあかねも、そこで立ち止まった。
そして振り返ったと同時に、捕まれた腕を引き寄せられる。
「ね、祭りの夜くらい羽目を外して、こっそり外泊なんて、どうだい?」
「えっ…ええっ!?が、外泊っ!?」
抱きしめられた彼の腕の中で、わたわたするあかねを友雅は眺める。
「ラブホテルじゃなくって、私の屋敷で……朝まで羽目を外してみるのも良いと思わない?」
お、お、思うわけないだろうがーっ!!!

思うわけな……い…………?ない、かな?
二人きりで、誰にも邪魔されずに。
夜が明けるまで一緒にいること自体は…別に悪くないような気がしないでも…。
「うちの屋敷の者も、奥方殿のお世話をするのを、待ち焦がれているんだよ」
「で、でも…、それなら最初に藤姫に伝えておかないと、心配されちゃうし…」
あかねを抱きながら、友雅は小さく溜息をつく。
…前もってそんなことを言ったら、また彼女の機嫌を損ねてしまうのが、目に見えているんだけどね…。
口では承諾したとしても、多分むっつり睨まれるのは間違いない。
心から姉のように慕う藤姫が、あかねを横取りされるみたいで面白くないのは、よく分かるけれども。

…でも、譲れないからねえ…こればっかりは。
指先で顎を持ち上げて、彼女の呼吸を唇で塞ぐ。
溶けるような甘い飴の味が、忍ばせた舌に絡み付いて来る。
「んぐっ、ちょっ…友雅さっ…あっ…」
口の中を容赦なく動きまわる舌に、気圧されそうになりながらも、唇と唇の間にすき間を探す。
しかし、少しだけ息が吸えたかと思ったら、またすぐに蓋をされてしまう。
「このまま送って行かないで…連れて帰ってしまおうかな?」
「んっ!?そっ、それはっ…」
びっくりした顔のあかねを、友雅はぎゅっと胸に閉じ込めた。

"藤姫が心配するから"
多分、君はそう答えようとしたんだろう。
でもね、私のことも少しは心配して欲しいんだけどねえ…。
誰よりも愛おしいその人と、永遠に結ばれる約束をしたというのに。
毎晩横になれば、からっぽの腕の中を夜風がすり抜けて行く。
そんな…空しい独り寝を続ける私を、心配してくれないかな、未来の奥方殿。

「あの、友雅さ…ん?」
おどおどしながら、彼女はこちらを見ている。
今はこうして、抱いていられるのに。
ぬくもりを記憶させたまま、屋敷へ戻って一人で眠るなんて…全く辛い仕打ちだ。



「はーん、色惚けしてるっての、本当だったんだな」
夕暮れが深まって、人通りもめっきり少なくなった川沿いの道。
橋の袂に佇む大木の陰ならば、ちょっとだけ甘い触れあいをしても、きっと誰も見ていないだろう。
そう思っていたのだが、声の主は意外とすぐ近くにいた。
橋の中央から、乗り出してこちらを見ている少年の、呆れたような顔。
「おや、覗き見かい?君にはまだ、刺激が強すぎるんじゃないのかな?」
「ばーか。そんなもんで、いちいち動揺なんかするわけないだろ」
買い物の帰りだろうか。
野菜を詰めた籠を抱えたセフルは、友雅たちの前で悪態をついた。

「それくらいのことなんて、しょっちゅう見て慣れてら。」
しょっちゅう見ているということは、つまり彼の一番近くにいる恋仲の男女…つまり、アクラムとシリンのことか。
子どもがいるところでも、構わずイチャついているということ…か。
いくら気持ちが抑制出来ないからって、その場の目と場所くらいはわきまえれば良いものを。
-----と、"おまえが言うな"と、誰からもツッコまれること確実なことを、友雅は思った。

「全く。お館様たちにしろ、イクティダールにしろ、みんな最近は色惚けしてばっかだ。」
「イクティダール…?もしかして彼は、その後も例の女性と?」
友雅の問いに、セフルはつんとしてそっぽを向いたが、どうやら彼の恋は順調に進んでいる様子。
イノリには聞き難くて、それっきりにしていたのだけれど、穏やかに進歩しているのなら、それで良い。

「ああ、そうだ。お館さまと睦みあっている茨の君に、"明日また伺う"って伝えておいてくれるかい」
背を向けて去って行こうとしたセフルを、友雅は呼び止めてそう言った。
「何でおまえが、そんな用事があるんだよ」
「そうだねえ。ま、敢えて言うなら…彼らが蜜月を過ごすための、お手伝い案を話そうかな、という感じかな。」
うさんくさそうな目で、セフルは友雅を見た。

八葉として敵対していた時から、この男はろくなことを考えていなかった。
今回も、一筋縄では行かない類いのネタを、突きつけるんじゃないだろうか…。

「覚えてたら、伝えといてやる」
一言だけ答えて、セフルはもう一度背を向けて歩き出した。
「あ、でも…あの二人が睦みあっている時は、邪魔はしないようにね。そういう時に茶々を入れられると、心底恨みたくなるものだから。」
セフルがちらっとだけ振り返ってみると、友雅はあかねの肩を抱いて無邪気に微笑んでいた。



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Megumi,Ka

suga