Romanticにはほどとおい

 第6話 (2)
境内をはじめとして、神社をくるっと囲んだ界隈は、数日前から賑やかな飾り付けに彩られている。
それもそのはずで、来週はここで夏祭りが開かれる予定なのだ。
子どもたちはもちろん、大人も催しものを持ち寄っては、酒を飲んだり物を食べたり…と、夏の夕涼みを兼ねて夜を楽しむ。
「あー、疲れた。詩紋くん、こっちは準備終わったよー」
「ありがと。それじゃ、蒸し器の中に並べてくれる?」
しゅんしゅんと蒸気が上がる鍋に、団子を一つずつ並べて行く。
詩紋作のこの蒸し団子が、今回の祭りのメイン食材となるらしい。
湯気に混じった甘い匂いに、皆わくわくして出来上がりを待っているようだ。

「何だか楽しいねー、夏祭りって良いよね。」
忙しく用意をする人々の姿を、眺めながらあかねがつぶやいた。
準備は大変だが、本番の賑わいを思い浮かべていると、それだけで楽しさが込み上げて来る。
そのせいか、誰もが笑顔で。
「当日は詩紋くんも、お手伝いで来るんだよね?」
「うん。このお団子に付け合わせのソースとか、色々作って当日は振る舞うつもりなんだ。」
料理が好きな詩紋は、京に来てからも有り合わせの材料で、試行錯誤しながら新しい料理を作り上げた。
今じゃ土御門家の厨房を、侍女たちと共に切り盛りするほど。
時には彼がリードすることもあり、その姿はちょっとした料理長という感じだ。

「ねえ詩紋くん、お祭りの当日って、私も来ても良い?」
「勿論!誰でも参加OKだもん。参加者はどれだけ増えても大歓迎だよー。」
食べ物の用意は大変だけれど、祭りは大勢で賑やかに楽しむのが一番。
みんなで協力しあえば、そんなもの何でもない。
「折角なんだから、旦那を連れて遊びにおいで!」
「え、ええ!?」
詩紋の隣で豆を煮ている女性が、あかねを見ながら明るく笑う。
そして、彼女の頬が少し染まるのを見ると、周りから冷やかす声が上がった。

二人の仲は、既に誰もが知る所。
宮中だけでは飽き足らず、こんな町の人々にも情報は浸透している。

『宮家の遠い血筋であるあかね姫。
内裏に部屋を構えさせるわけに行かず、帝の希望で左大臣の土御門家に世話になっている。
そして近々…兼ねてから恋仲であった左近衛府少将・橘友雅に、妻として娶られる予定。』
-------というような話が、いつのまにか完成されていた(自分たちの全く知らない所で)。

「旦那とはいつ頃、婚儀を上げるんだい?噂では随分と盛り上がっていたようなのに、最近になって停滞してるみたいじゃないか。」
「あー…えーと…それは…」
答えに困って苦笑いするあかねに釣られて、詩紋もまた笑顔を少し引きつらせる。
こういうことを突っ込まれると、なかなか説明がしづらい。
お互いの気持ちだけなら、もう完成していると言って良いのだけど、その他諸々が片付かないというか。
目下、一番近くにある問題は何かと言ったら、やっぱり……。

ふと耳を澄ましてみると、何やら境内の裏側あたりからだろうか。ざわざわという人の声が聞こえる。
何の騒ぎだろう?。あかねと詩紋は、そちらの方に目を向ける。
すると、しばらく前に仕入れに出掛けた男が二人、こちらに向かって戻って来た。
が、彼らは何故かもう一人、背の高い男を連れている。
「お、いたいた!お姫さーん!あんたの愛しい旦那を連れて帰って来たぜー!」
男たちが引っ張って来たのは、間違いなく…いずれ一緒になる、大切なその人。

「ついさっき、土御門家に行ったんだよ。けれど、詩紋と出掛けているって聞いてね。寂しく帰路に着こうとしていた所を、彼らに拾ってもらったというわけ。」
本当に、運が良かったというしかない。
詩紋たちが出掛けた神社も教えてもらえなかったし、たまたま思い付くところを遠回りしながら帰宅の途中だった。
すると、彼らがこちらを見つけ出して。
"あんたの未来の奥方殿が、お友達と祭りの手伝いに来ているよ"と。
半ば強引に両腕を掴まれて、ずるずると引っ張ってこられたけれども、あかねがいるというのなら…無視など出来るわけが無い。

「ああ良かった。愛しい姫君の顔を、こうして見ることが出来て。」
「んっきゃあ〜!」
背後からぎゅうっと抱きしめられて、軽く擦り寄せた頬にキスまでされて。
人がどれだけ見ていようと、おかまいなしの彼の攻撃は…太刀打ち出来ない。
「ちょ、ちょっと友雅さぁん!恥ずかしいですからっ…」
じたばた身体を動かすが、包み込まれた友雅の腕を解くことは無理。
しかも、暴れると更にその力が、ぎゅうーっとまた強くなっているような気が…。
「いいからいいから!そんな照れなくても良いよ。せいぜい、冷やかされてお行き。」
友雅に捕まって顔を赤くし、周囲から冷やかされているあかねを見ていたら、何故だか詩紋も気恥ずかしくなった。



支度の方もようやく一段落し、詩紋の手が空いたところで、三人は祭りの準備に励む者たちの輪から外れた。
「昼間に、晴明殿に会って来たよ。どうなるか分からないけれど、力を貸してくれるそうだ。」
それを聞いたあかねは、少しホッとした。
何の力もない自分たちよりも、彼らの方がまじないや術の専門だ。アイデアも色々思い付くだろう。

「晴明殿の提案では、記憶を引き出す術を掛けてみて、自ら彼女が記憶を思い出すように促すのはどうか,というんだけどね」
「あ、それってもしかして、催眠術みたいなものかなあ?」
話を聞いた詩紋が、ピンと来てそう言った。
催眠術を掛けて質問をしながら、昔の記憶を答えさせてゆく…そんな療法を聞いたことがある。
「それが効くかどうかは、まだ分からないけれどね。でも、他の方法で無茶をするよりは、ゆっくり少しずつの方が安全だと言うんでね。」
確かに、今の蘭は薄ぼんやりした元々の記憶と、京で重なった意識が揺らいでいる複雑な状態。
晴明たちの言う通りに、徐々に彼女の奥底にあるものを引き出した方が、効果も高まるのかもしれない。

「晴明殿のお屋敷を使用するらしいから、人目をしなくても良いよ。」
更に泰明殿が、手が足りないときのためにと、永泉に話を通してくれることになっている。
「他に、この事を知らないのは?」
あかねと友雅と、目の前にいる詩紋。
天真は例外として、鷹通には先日事情を説明しているし、泰明と永泉は承知済み。
「イノリくんと頼久さんが、まだ知らないかも。」
頼久はあの通り真面目な性格だから、すぐに話は着くだろう。
イノリは…まあ、鬼とは相変わらず複雑な間柄だが、天真とは以前から何かとつるむ事も多かったし、早めに伝えておいた方が無難か。
「彼の事は、詩紋にお願いした方が良いね。」
何よりも信頼というものとで、強く繋がっている朱雀同士だ。
詩紋の話なら、すんなりと聞き入れてくれるはず。

「ちょっとー詩紋ちゃん!お団子蒸し上がったから、味見しておくれー!」
岩を積んで作った即席竃の前で、女性たちが手を振りながら叫んでいる。
鍋からしゅわーと甘い香りが漂い、その匂いを嗅ぎ付けた男も、飾り付けの手を止めて覗き込みに来た。
「忙しいねえ、詩紋は。」
急いで駆けて行った詩紋は、中央でみんなに取り囲まれながら、蒸し立ての熱い団子を少しずつ味見させている。
金色の髪を見る他人の目に怯えていた彼も、今じゃそんなもの気にしている様子は無い。
それは周囲も同じで、自分たちと明らかに風貌の違う彼を蔑む者など、誰一人としていない。
「詩紋くんが良い子なのは、町の人たちもちゃんと分かってますから。」
「そうだね。だから、あんなに慕われているんだろうね。」
鬼に似た髪の色や目の色をしていても、中身は一人一人の人間。
それは自分たちと同じ。
優しく人懐っこい彼を知れば、惹かれないはずがない。

「詩紋のおかげで、人々の価値観は随分と柔らかくなった。彼らがたまに顔を出しても、別にたいしたことないさ。」
以前のように対立などせず、歩み寄りながら接して行けば…きっと彼らだって穏やかに暮らせる。
例え小間使いがいなくなっても、買い物に出歩くことも出来るだろうし。
少し人の目がある場所に住んでも、咎められたりもしないだろう。



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Megumi,Ka

suga