Romanticにはほどとおい

 第5話 (2)
天を仰いで溜息をついた友雅を、あかねは隣で覗き込んだ。
「友雅さん、何か分かったんですか?」
「つまり、私たちが君のお館様をこんな風にしてしまったせいで、彼の本来の力が封印されてしまったのが原因…と言うことなんだろう?」

あ………!
あかねははっとして、その事に気付いた。
蘭をさらって来た頃のアクラムの力は、京を脅かすほどに強力なものだった。
しかし、あの神泉苑での戦いが終わったあとでは…この通り。
今ではすっかり心がリセットされて、あの頃の面影など全く見当たらないほど。

妖力が今も残っているのかどうか。
それも分からない上に、彼にはその意識がまるっきり皆無。
だから、今の彼には蘭を戻す力がない。
アクラムが昔のままであったなら、そんなことは容易いはずだったが…今はもうそれが出来ない。
目の前でシリンに寄り添う彼は、もはやアクラムであってアクラムではないのだ。

……彼らにとってもハッピーエンドだ、と思っていたラスト。
それがまさか、こんなところで後から仇になるなんて。
「分かっただろう。生憎だが諦めておくれ。私たちもこんな生活じゃ、あの娘みたいな使いっ走りがいなきゃ生きて行けないんだよ」
シリンはそう言って、長いまつ毛の瞳を閉じた。

そんな…。ここまで辿り着いたのに、諦めねばならないのか?
天真が探し続けた彼女が、やっとここにいると分かったのに…連れて行くことも、会わせることも出来ないままなのか?
友雅の袖を、あかねはぎゅっと握ってうつむいた。
どうにも先に進めない悔しさに、耐えきれなくて。


「取り敢えず、彼女の話は分かったよ。でも、こちらにも諦められない理由があるからね。」
顔をあげると、友雅はまっすぐシリンを見つめていた。
「彼女は、彼女の兄上の元に連れて帰る。そちらに方法がないのなら、こちらで方法を探させてもらうよ。」
友雅さん…?
方法って、そんな方法が思い当たるの?
アクラムの強力な力が使えないのに、それに匹敵する力なんて…どこにあるの。
彼の余裕のある表情と瞳の強さに、あかねは困惑しつつも見入っていた。
「もし、方法が見つかった時は…彼女を借り出させてもらうから、いいね?」
「何日も連れ出されては、困るよ。私たちの生活が掛かってる。」
「その日のうちに、帰すと約束する。日数が掛かりそうな時は、その都度送り迎えしよう。どうだい?」

信用しても良いのだろうか。
元は敵同士。
相手は龍神の加護を持つ神子と、四神の白虎の力を与えられた八葉の一人。
今やそんな関係は吹っ飛ばし、何やら限度を超えた関係に浸りっぱなしだが…。

……ただ、彼らはアクラムを倒さなかった。
彼らの力を持ってすれば、こちらの命を狙うことも可能だったはず。
それなのに、傷ひとつ付けずに…。
まあ、妙な策略で混乱させられたのは面白くないけれども、それでも……。

シリンは、隣にいるアクラムの手を握りしめた。
それでも彼らは、自分の最愛の人の命を手に掛けなかった。
何もかもをスタートラインに戻して、一から彼がやり直す機会を与えてくれたのは…間違いない。


「分かったよ…。ただし、もしあの娘が記憶を取り戻した時は…」
「その時は、君らには悪いけれども、こちらに返してもらう。」
ただし、それなりの取引が必要なのは承知の上。
「代わりに、彼女と同等の使用人を数人と、君らの暮らせる屋敷を確保する。それは約束する。」
これくらいなら、どうにか知人に口利きすれば容易いことだ。
現在の彼らにとっては、普通に暮らせる環境が一番欲しいものだろうし。

「ふん…。好きにすれば良いさ。私らはのびのび過ごせる場所がもらえれば、別にあの娘にこだわりはないからね。」
そうシリンが言ったあと、あかねはカチンとして眉を釣り上げた。

…何よ!蘭にこだわらないんだったら、さっさと返してくれれば良かったのに!
そうすれば、アクラムがこんなことにならないうちに、早く天真くんに会わせられたのにっ…!
「あかね、もう話は終わったよ。そろそろ戻ろう。」
友雅の手は、いつも絶妙のタイミングで背中を叩く。
ヒートアップした時に、その感触がふと我に返させてくれる。

「君らはずっと、ここにいるんだね?」
「ああ。何せ他には、行く所もないからね…。イクティダールと、あのガキはふらふら出掛けているけれど、私らは大概ここにいるさ。」
そういや、あの二人の姿が見えなかった。
子どものセフルは落ち着きがなさそうだが、もう一人の方は…。
もしかして彼も、自分の恋のために奔走しているのかな。
などと考えながら、あかねの手を取って友雅は山道へと戻ることにした。


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山を下りた二人は、場所を変えて落ち着こうと思い、先日厄介になった宿屋兼茶屋に再び行ってみた。
宿の女主人はこちらの事を覚えていたようで、空いている二階の部屋を休憩場にと、友雅たちを中に通してくれた。

ホッと一息ついて、店に頼んだ冷たい茶と菓子を傍らに、今日のことをまとめてみることにする。
「結局、あの娘は君が言う通り、天真の妹君だったということだ」
「うん…そうです。だから、どんなことをしてでも、連れて帰って天真くんに会わせたいです。」
あかねの言うことは、もっともだ。
そう出来れば良いに越したことは無いのだが、それには問題がいくつかある。
「まずは、彼女の記憶を戻さなければ、先に進めないね…」
その第一関門こそが、一番の難関であるから…頭を抱えざるを得ないのだ。

シリンの前では、弱みを見せてはならないと思って堂々と振る舞ったが、正直のところ確実な方法は無い。
アクラムの力がどれほどか…は、実際には見当も着かずじまい。
彼の力に勝てるもの。それか、別の方法から考えてみるとすると…。
「ねえ、友雅さん。あの…泰明さんだったら、何か良いアイデア出してくれませんかね…?」
「アイデア…とは、提案という意味だったかな?。泰明殿に…?」
「ええ。泰明さんは陰陽師だから、いろいろと妖力とか法力とか、そういう普通以上の力とか詳しいんじゃないかな、と思って。」

泰明に助言を貰う、か。
確かに泰明は十分な実力のある陰陽師だし、同じ八葉として信頼の文句も無い。
更に彼の背後には、絶大な力を誇る彼の師匠の安倍晴明がいる。
泰明の力に晴明の力が加われば………。
「そうだね。彼らなら、良い手掛かりを見つけてくれるかもしれない。」
口の堅さは天下一品(というか無口)、彼らが天真に事情を漏らすことはないはず。
任せてみようか。
少なくとも、今のままではどうにも埒が開かないままだ。
「丁度良い。明日、新築する舎の地鎮祭について、泰明殿と晴明殿が参内なさる予定だから、その時に話をしてみるよ」
「お願いします。出来るだけ早く、天真くんを安心させてあげたいから…」

あかねがそうつぶやくと、友雅の手が顎に伸びた。
そうして、まず言葉もなく柔らかい唇が口を塞いだ。
「仲間とは言え、他の男のことで、そんなに真剣な顔をする君を見るのは、ちょっと心穏やかではないね」
「は?そんな…別に天真くんはただの友達で…」
友達だろうが何だろうが、彼女にとっては赤の他人の男に過ぎない。
それは…今や立場は違えども、友雅もまた同じである。
「ふふ…ただの軽い嫉妬だよ。姫君の瞳に、私だけを映しておきたいだけさ。」

唇は、もう一度重なって。
そのまま彼の胸に寄り掛かってみると、優しく抱き寄せてくれた。
…瞳も心の中も、一人しか映せなくなってしまったこと。
彼には、伝わっただろうか。



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Megumi,Ka

suga