Romanticにはほどとおい

 第5話 (1)
胡散臭そうな顔をするシリンを、何とか言いくるめることに成功した友雅たちは、彼らのねぐらへと連れて行かれた。
そこは竪穴式住居…とまでは行かなかったが、崖の下に洞穴がいくつか掘られていて、そこが彼らの住居になっているようだ。

「原始的な生活をしているんだねえ」
「仕方ないだろうが!日陰暮らしにゃ、これが精一杯なんだよっ!」
シリンはムッとしながら言うが、意外に…綺麗な住まいの工夫がしてあるな、というのがあかねの印象だった。
確かに、普通の屋敷とは比べ物にならない。
けれども、普段食事や雑用をするところと、寝床にするところは別の洞穴になっていて、部屋を仕切っているようなもの。
岩を積んで竃のようなものも作ってあり、大きな葉の繁る木々の下では、ちょっとした雨も凌げる。

「ま、でも…お館さまが一緒なら、どんなところも住めば都ってところかい?」
友雅はそう言って、目の前に座る二人を見た。
彼はついこの間まで、自分たちには敵以外の何者でもない相手だった。
しかも、自分を慕っていた彼女さえ、良いように扱える手下にしか見なかった彼。
それが今では…シリンのそばに肩を寄せて、手を握りながら片時も離れないとは。

「シリン、この二人は誰なのだ?」
アクラムは友雅たちのことを、完全に記憶から抹消してしまっているらしい。
だが、シリンの他にイクティダールやセフルの事も覚えているというのは、それなりに彼らへの執着心は強かったと言って良いのかもしれない。
例えそれが、自分の希望を叶えるための、捨て駒の存在であったとしても。
「アクラム様、この二人は…その…」
「彼女とは旧知の仲なんだよ。いろいろとね」
説明しにくそうにしているシリンに、友雅は助け舟を出してやった。
すると、あろうことか今度はアクラムが、こちらに向けて怪訝な目を向ける。

「まさか、シリンと深い仲だったと…言うのではないだろうな?」
「なっ…!アクラム様、ご冗談はお止し下さい!私が他の男になんて…っ!」
ない、なんてしゃあしゃあと言うつもりじゃないだろうねえ…?
幾多の男を手玉に取りながら、京を混乱に陥れた彼女が。
「あんな男と男女の関係だなんて、先にも後にも全くございません! 」
「…なら、構わん。」
シリンが必死で答えると、アクラムはふっとそれきり友雅から目を逸らした。

「ねえ友雅さん…。もしかして今のって…嫉妬してたんでしょうか?」
あかねがそっと小さな声で、友雅に尋ねた。
もしかしてもなく、間違いなくあの視線は"嫉妬"の目だった。
言葉には出さずとも、"自分の女に触れるな"と威嚇しているような目。
「何だか、私たちの思った以上に円満なご様子だねえ、二人とも」
そう言われたシリンは、気まずそうにしながら頬を染める。
…可愛いもんだねえ。茨だらけの女狐とは思えないな。
最初から、素直に恋だけに溺れていれば良かったのに。
彼女も、彼も。

「そこまで仲睦まじければ尚のこと、もっとのんびりと暮らしたいものだろう?」
ようやく、友雅は本題に入った。
「さっき言った通り、きちんとした住まいを確保しよう。だから、彼女を少し貸してくれないか?」
「彼女とは、誰のことだ?」
「あの、ランのこと…なんです、アクラム様」
今のアクラムにとっては、シリン以外は女ではない。
彼女以外に他人が興味を持っても、全く痛くもかゆくもない。
だからと言って、友雅が何故小間使いに用事があるのか…。
不審がるアクラムに、友雅は言葉を続けた。

「実はね、もしかしたら彼女は…私の仲間の一人の妹君かもしれないんだよ」
「妹?あの娘が…かい?」
友雅の発言は、シリンたちも予想していなかった内容だったらしい。



あかねの口も借りて、二人は天真と行方不明の彼の妹について、彼らに話をした。
妹は髪が長く、あかねと同じくらいの年頃で、名を蘭(ラン)と言う。
兄とお揃いの、こんな形の首飾りをしているのだ、と描いた絵を二人に見せた。
「これは…確かにあの娘がつけているのと、同じもんだ…」
「やっぱりそうかい?だったら話が早い。」
「蘭を、天真くんのところに連れて帰りたいんです!」
そう言ってあかねは、身を乗り出してシリンを真っ直ぐに見た。

「話は分かったけどさ、ちょっとそう簡単には行かないよ…」
しばらくシリンは腕を組んだまま、何か難しそうな顔をして考えていた。
そしてやっと出た言葉が、これだ。
「あの娘は、記憶を失ってる。」
だが彼女の答えは、あかねたちにもある程度予想は出来ていた。
あたりまえのように、現代の文化を理解していながら、それでもこの京で当たり前のように過ごしている。
もしも蘭が元の意識をしっかり持っていたら、この京に来た当初のあかねみたいに、パニックに陥っているに違いない。

「ほんの少しは、昔のことも覚えているんだけどね。自分がどこから来たのかも、覚えちゃいないんだよ」
「それは困ったな。何かの病か怪我か…それとも怪にでも心を削られたのかな?」
そう尋ねると、シリンはバツが悪そうな顔をして、顔をふっと逸らした。
……原因はどうやら、彼ら自身にあるみたいだな。
何か彼女に、呪いでも施したか?
理由は分からないが、アクラムならばそれくらいの力は十分にあったはず。
今は…もう無理だろうが。

「あの娘は、アクラム様が黒龍の依代のために、あんたと同じ異界からさらって来たんだよ」
「依代…!?じゃあ、やっぱりあなたたちが蘭を…っ!!」
もやもやしたものが、煙のように胸の奥から沸き上がって来た。

天真がこれまでに、どれほど妹の蘭を探し続けているか。
その姿を、あかねはそばでずっと見て来た。
いや、もしかしたら自分が見てない部分でも、天真は蘭へ繋がる糸口を求めながら、時間も惜しまず歩き回っていたのかもしれない。
それほどに、一生懸命だったから。
その姿を知っているから…彼の前から蘭を突然奪った彼らに対して、静かな怒りが再燃しはじめてきていた。

そんなあかねの肩を、大きな手が後ろから包む。
「君らが彼女を連れて来た理由は、分かった。そして彼女を利用するために、呪いをかけたのだね?」
シリンは返事をしなかったが、それが肯定であるのは一目瞭然だった。
つまり、私たちがあかねを神子にするために、異界からさらってきたのと同じように…天真の妹も彼らの目的のためにさらわれたのか。
そして記憶を操られ、今に至るということなんだな。
「だから、兄妹に合わせたからって、簡単に事は終わらないってことか。」
天真は妹を忘れるはずがない。
会えばひと目で、本人かどうか判別出来るに違いない。
だけど彼女の方は…自分の身の上も分からない記憶では、兄の天真に会っても分からない…か。

「だ、だったら…蘭に掛けた呪いを解いて下さいっ!」
友雅に肩を抱かれたままで、あかねは顔を上げてシリンを睨んだ。
「もう…私たちとの争いは終わったじゃないですか!そ、そこの人だってもう…悪いことなんか全部忘れてて、あなたと幸せに生きているんだから、黒龍の依代なんか必要ないでしょう!?」
「ほらほら、あかね。あまりムキにならない」
背中を宥めるように友雅は撫でてくれたが、どうしても落ち着いていられない。
「責任取って、ちゃんと蘭を元に戻して下さい!!」
「…うるさい小娘だね。簡単には行かないって、さっきから言ってるだろうが」
「どうして!?呪いを掛けたんだったら、解くことだって出来るでしょう!?」
「だから!そう上手く行かないんだよッ!!」
あかねの言う通り、呪いを元に戻すことは出来る。
出来るけれども、出来ない理由があるのだ。

「だいたい、上手く行かない原因は、アンタたちにあるんだからねっ!!」
今度はシリンの方が、逆上したように二人を睨み返した。
「アクラム様が…元のお姿だったらすぐにでも…」
苦々しい顔をしつつも、それでも隣にいるアクラムの手を離せない。
彼が元のままだったとしたら、未だに自分はただの夜伽役でしかなかっただろう。
けれども今は、心を通わせ合える、夢のような毎日。
だが、それではどうにもならない…蘭に関しては。

「……そういうこと、か」

ぽつりと、友雅がこぼす。
どうやら彼は、シリンの言いたいことが読み取れたらしい。



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Megumi,Ka

suga