Romanticにはほどとおい

 第4話 (1)
「長い髪の、若い娘?さあ…ここらでは見かけたことはないねえ」
「こういう形の首飾りを、しているはずなんです。年は、私と同じくらいの女の子なんですけど…」
「うーん…覚えがないなあ。」
ペンダントの絵を見せながら、そこんじょそこら手当たり次第尋ねてみたが、どれひとつとして期待する答えはない。
「ふう。ここまで情報が見付からないとは…獣にでも化かされていたのかな?」
そんな冗談さえ信じたくなるほど、全くと言って良いほど目撃談は皆無。
ここらに住み着いていながら、そんなにまで身元を隠せるとは…一体どんな暮らしをしているのか。

もしかしたら、天真の妹かもしれないのに。
本当にそうだとしたら、あんなに探し続けていたのだ。どれだけ彼は喜ぶだろう。
……なのに、手がかりまで見つからないなんて。
確かめなきゃいけないのに、ヒントさえどこにも見つからない。
どうすれば良いんだろう。
少しでも早く、再会させてあげたいのに…何もできないなんて……。

「まだまだ、探すところはいくらでもある。諦めるには早すぎるよ。」
背中から伸びた友雅の手が、肩をそっと叩く。
「焦らずとも、"チャンス"…って言うんだったかな?そういう好機が必ず見つかるよ。一人で探しているわけじゃないんだしね。」
二人というのは、人数にすれば少数かもしれない。
けれども一人で探す労力と比べれば、それらは半減される。
「……ありがとうございます」
「天真のためでもあるけれど、大切な姫君ががっかりするところは、見たくないからね。さ、もう少し探し歩いてみよう。」
友雅はあかねの手を引いて、先へと歩き始めた。



山に入り、例の庵を通り過ぎた二人は、もう少し奥まで進んでみることにした。
耳を澄ますと、小さいながらも水の音が聞こえる。
あの娘は、水汲みに来ていたと言っていたから…この水音を辿って行けば、水汲み場に出るかもしれない。
ここのところは雨も降らないし、足場も乾いていて危険は少ないのだが、それでも友雅はあかねの手を離さずに歩いた。
そして、視界が少し開けて来たとき。
水音は、これまでよりも近くに聞こえた。

「ああ…ここかもしれないねえ」
高台から見下ろしたそこには、渓流の岩場が広がっていた。
流れは意外と緩やかで、水も澄んでいて魚もいそうな。
女子供でも、さほど危険な場所ではなさそうだ。
「ここから庵までは、それほど離れていないし…。そうなると、やっぱりこの辺りが捜索範囲かな」
「でも、全然お屋敷なんて、見当たらなかったですよ?」
そうなのだ。娘が一人で水汲みに来るのだから、少なくとも近場に住まいがあるはず…なのだが。
人の気配はおろか、住居らしいものさえないなんて…どういうことだ。

「取り敢えず…少し落ち着いて、情報を整理した方が良いな。」
宛ても無くうろうろしながら歩くより、どこかで腰を据えて頭を働かせた方が、良い案が浮かんできそうな気がする。



結局、いつもの庵にやって来てしまった。
清々しい野の原ならば、その場に寝転がって休むことも可能だけれど、山の中じゃそうも行かない。
「まず、この間のことを思い出してみようか」
初めて彼女と出会ったとき。
友雅たちはこの庵にいて、彼女は水汲みに来てここの近くを通りかかった…ということになる。
「水場は山の奥で、麓からは更に遠い。彼女くらいの子が、一人で水汲みの桶を持って上り下りというのは、かなり無茶だな。」
「そうですね。桶一杯の水なんて、すぐに使い切っちゃうでしょうから…何度か汲みに行くとしたら、大変ですよね。」
「だとしたら、彼女たちは麓の方には…住んでいないかもしれない。」
もっと山奥。けれども、あの水場にさほど遠くない場所?

「ここの庵を通りかかるのだから、集中的に探してみるなら…ここと水場の間の範囲くらいだね。」
「でも、家なんかありますか…?この辺りで…」
結局また、同じ問題にぶち当たる。
民家など見当たらないのに、どこを探せば良いのか。

「それなら、発想を逆転してみようか」
どこかで聞いたような台詞を、友雅が口にした。
「住居とか屋敷とか、人が住んでいそうな建物を探すのではなくて…"住むことのできる場所"を探してみよう」
"住むことのできる場所"って?
ごろりと横になっていた友雅は、身体をゆっくり起こしてあかねと向き合う。
「鷹通の言う通り、多分彼らは流れて来た者かもしれない。登記を正式に済ませていないなら、住まいを公に構えることは出来ないだろう。それでも生活をしているとしたら………」
洞穴にでも住んでいるか、自分たちで組み立てられる家でも作っているか…。

「そう簡単に、家って作れるんですか?」
「まあ、男手が2人くらいいれば…出来ると思うよ。古代人の竪穴式の住まいって、知っているかい?」
またそんな懐かしい単語を、こんなところでリアルに聞くことになるとは。
縄文時代やら竪穴式住居やらって…小学校で習ったことじゃないか。
「あれは丸太を組み立てれば出来るしね。精密じゃなくても、雨凌ぎになるような屋根や囲いは、出来ると思うよ。」
……ホントだろうか。
何だかとんでもなく、サバイバルな生活のように思えてくる。

「じゃ、そういうものを探せば良いんですね?」
「そうだね。でも、念のために策はもうひとつ立てておこう。」
歩き回っても、それらしきものが見つかる確実性はない。
ならば、他の方法も試してみる価値はある。
「…何か、良い案があるんですか」
友雅は、くいくいと指であかねを手招きする。
あかねは彼に近付こうとして、身を乗り出した……その時。

「んっ…きゃーっ!」
転げるように倒れる身体に、どっしり重なる身体の重さ。
見下ろす友雅の表情が、やけに艶やかに見えてどきっとする。
「彼女をもう一度、おびき寄せてみないかい?」
あかねの頬を撫でながら、耳元に唇を近付けて、囁くように彼は言う。
「おっ、おびき寄せる…っ!?ど、どうやってですかっ!」
「それはもちろん……君が甘い声を出すこと。」

な ん だ っ て ぇ-------!?!?!?

「あの時だって、私たちが睦みあっていたのを聞きつけて来たんだろう。だから、同じようにしていれば…もしかしたらまたやって来るかもしれない。」
そんな都合の良いこと、あるわけがないだろうがーっ!
「無理っ!無理ですよっ!きょ、今日は水汲み、終わっちゃってるかもしれないですしっ!!」
「夕餉の支度をするなら、水は必要不可欠だ。またきっと通りかかるよ」
友雅に押しつぶされつつも、あかねは顔を赤くしてじたばたする。
けれども足掻いた所で、彼の体重に敵うわけも無い。

「さ、いつもみたいな声、出して?」
「でっ、でっ、出ませんーっ!!」
「ふふっ…じゃ、出さずにはいられないように、してあげるね?」
声を出せとか言われたって、唇を塞がれたらどうしようもないのに。


ああもう、いつも結局……彼に流されてしまう。
でも、こんな風に彼に抱きしめられることが、嫌だと思えない自分にも、ちょっとだけ困りもの。

………恋に溺れるって、こういうことを言うのかな……。

唇を重ね合ったまま、あかねはそんなことを思った。


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Megumi,Ka

suga