Romanticにはほどとおい

 第3話 (3)
それからまた、数日後のこと。
やっと時間に余裕が出来た友雅は、さっそく土御門家へと向かった。
仕事が忙しい毎日が続こうとも、一緒に暮らせれば常に彼女の顔を見られるのに、これではそうもいかない。
だからこそ、暇が出来たら迷わず土御門へ直行。
例え彼を迎え撃つ藤姫が、不機嫌そうな顔で待っていようが、こればっかりは譲れないのだ。

「お久しぶりです、友雅さん。」
「久しぶり、だなんて挨拶はイヤだねえ…。空白の時間を挟むたびに、どんどん私は君が愛しくなって困るよ。」
すっとあかねの顎に手を差し伸べ、藤姫が居ようが居まいが構わずに唇を奪う。
今にも頭のてっぺんから、溶岩が噴火しそうなほどやきもきしている藤姫を尻目に、友雅は彼女を自分の胸に抱き寄せる。
すると、囁くほど小さな友雅の声が、あかねの耳元をかすめた。

「………例の彼女の情報を、鷹通に調べてもらったよ」
「えっ…!?」
顔を上げると、友雅は黙ってあかねの口を指で止め、笑顔のまま目配せをする。
検非違使や顔の利く近衛たちにも、情報を仕入れて貰うように手配する、と彼は言っていた。
なるほど、鷹通にも打診したのか。
彼なら口も堅いし、天真にバレるようなこともないだろう。
それに、荘園や戸籍などにも通じている治部省。地域住民に関することなら、細かく調べが付きそうだ。


「藤姫殿、これから二人で出掛けたいんだけれど、良いかい?」
あかねを抱き留めたまま藤姫の方を向くと、彼女は相変わらず機嫌が傾いている。
むっつりとして、どことなく友雅を睨むような目つき。
すると友雅が、つんつんと肘であかねに相づちを強請る。
「あ、あの…ちょっと一緒に行きたいところがあるのっ。藤姫っ…い、行っても良いでしょう!?」
「どちらに参られますの?」
……うっ!このシチュエーションはまるで、親に隠れてデートに行こうとしているのを、呼び止められて答えに困っている娘のようだ(実際そんな状況ではあるが)。
ただし、親に値する相手は、自分よりもかなり幼い姫君だけれど。


「これから、ラブホテルに行くのだよ」
「…………はあっ!?」
一瞬耳を疑った。
と同時に、驚きのせいで、くらっと腰が抜けそうになった。
「らぶほてる…?何ですの?それは」
初めて聞く言葉に、藤姫はきょとんとしているが、これを十歳の少女に何て説明すれば良いんだ。
それより何より、急になんてことを言い出すんだ、友雅はっ!
「確か…恋仲同士がひとときを楽しむ場所、らしいよ。私たちにはぴったりの場所だろう?」
ぎゅっとあかねの肩を抱き、涼しい顔で彼は藤姫に告げる。

ああ、もういいや。
事細かく説明するのも気まずいし、友雅が言うのも当たらずとも遠からず。
っていうか、きちんと説明だなんて、恥ずかしくて出来るわけもなく。
「ここは人目が多いから、集中できない。そういうわけで、しばらく二人でラブホテルに籠もって過ごすよ。」
…何だか、とんでもないことを言っているように聞こえるが。
頬が妙に熱を帯びているように思えるのは、多分気のせいではないと思う。

「さ、それじゃあかねを連れていくよ。」
「あっ、友雅殿っ!」
藤姫の声をあっさりと聞き流し、彼はあかねの手を引いて部屋を出ていく。
二人の顔を交互にちらちら見ながら、慌てつつもあかねは友雅の手を振りほどかずに、彼に連れられて外へと向かった。


「と、友雅さん…あの……っ…」
「鷹通が調べた結果だと、あの辺りに身分の高い者は住んでいないそうだ」
庭を流れる小川に沿って続く長い廊下を、歩きながら友雅は口を開いた。
「使用人を雇えるほど、名の知れた職人も住んでいない。そういう住民の届け出は、ないみたいだね」
これまで何度か庵を訪れているが、確かにそれまでの道筋には、ぽつぽつと素朴な民家がある程度。
山に踏み入れれば、うっそうとした竹林が広がっている、そんな地域だ。
…それなら、一体あの娘はどこに住んでいる?。

「もう少し周辺を、広めに回ってみよう。戸籍を申請していないだけで、どこかから流れてきた者がいるかもしれない」
最近、京は随分と人口が増えた。
田舎から下りてきて商売をする者や、近隣の丹後あるいは安芸辺りから移住してきた者もいるという。
しかし、中には正式な手続きをせずに、出稼ぎのまま居着く者も少なくない。
そういう類の家ならば、治部省でも探せないだろう。
「でも、周りにはお屋敷なんて、全然見あたらなかったですよねえ?」
「敢えて、表に見えないような暮らしをしているのかもしれないね。例えば、洞穴に住んでいるとか?」
洞穴生活って、そりゃまた原始的というか、サバイバルというか。


「おー?おまえら、またデートかぁ?ったく、お盛んだよなあ」
入口に続く廊下を渡りきった所で、目の前を横切ろうと出てきた青年がいた。
この口ぶりで分かるだろうが、天真である。
「神子様を独占されて、藤姫がご機嫌斜めだからな。せいぜい取り扱いは慎重にしてくれよな」
ぽん、と天真は友雅の肩を叩く。
その含み笑いが、何となくイヤラシイ気がするけれど。
「心配しなくとも、この間のような無茶はしないよ。今日は、少しゆっくりと落ち着いたところで過ごす予定だから。」
「ん?どこに行くんだ?」

あ、この展開…嫌な予感。
ニヤニヤする天真に、またニヤニヤと受け答える友雅。

「ラブホテルに行って来るよ。」
-----------一瞬訪れる、硬直の時間。
そして、次に続くのは……

「ラ、ラブホテルだぁぁぁぁ!!!!!?????」
-----------予想通り、天真の大袈裟すぎるリアクション。

「ちょ、ちょっと待った、オイ!こ、この世界にラブホなんかあんのか!?」
「え、あのっ、えっと……え、え、あ、ああ〜????」
身を乗り出して来た天真に、どう答えていいのやら。
あかねの方が、パニックに陥る。
すると今度は止せばいいのに、矛先が友雅に向かった。
「おい!友雅!そ、そんな場所が、あんのか!?こ、こっちにもそんな文化があんのかっ!?」
「ふふっ…いずれ君に姫君が出来たとき、じっくりと教えてあげるよ。今はまだ、ちょっと刺激的な話題すぎるからねえ」

完全に彼は"ラブホテル"という現代文化を、自分なりに理解しているらしい。
またそれを説明するとなると、あれこれ面倒なことになるので、これは後回しという事にしておいて。
……まずは、目の前にいる天真の妹探し。
あの娘をもう一度見つけて、手がかりを更に突き詰めていくことが先決。

「それじゃあね。今日一日、ゆっくりと楽しんでくるからね」
「お、おいー!ちょっとー!!」
地団駄を踏んでいる天真を背に、友雅はあかねの手を引いて外に向かう。
そりゃ天真じゃなくたって、大騒ぎしたくなるだろう。
どこの世界にあっけらかんと、『これからラブホテルに行って来る』と公言して出掛ける者がいるか。
まあ、色惚け気味のラブラブカップルなら、そういう事もやりかねないけれども。



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Megumi,Ka

suga