Romanticにはほどとおい

 第3話 (2)
「えっ!?そこで会った女の子が、もしかしたら妹さんかもしれないって言うの!?」
驚きのあまり、思わず声を上げてしまった詩紋に、慌ててあかねはしーっと眉を顰めた。
「ま、まだ分かんないの。詳しくは確認してないし…」
「でも、天真先輩と同じようなペンダントを、付けてたんでしょう?」
シンプルなデザインのものだけれど、そう似たようなものがあるわけもない。
それに何より、天真とよく似た雰囲気…と性格。

「何かすごく、物事をズバズバッと言う子なの。ストレートっていうか」
自分は会ったわけじゃないが、その性格を聞いてみると、なるほど…天真に似ていると思うのも分かるな、詩紋も思った。
何せ、少しは言葉をオブラートに包め、と言いたくなるくらいだし。
「でも…そういう元気な子は、あちこちにもいるよ。他に、ピンと来るような何かがあったの?」
「え?あー…えーっと…」
あかねは、ぽりぽりと頭を掻いた。

言うべきか?今日の一部始終を。
藤姫の前では誤摩化し通せたから、詩紋も天真も真実を知らない。
何故、水びたしになったのか。
誰に水を掛けられたのか。
何故、彼女が自分たちに水をぶっかけたのか………。

どーしよう…詩紋くんに言うしかない…かなあ…。
友雅とイチャイチャしてたところを、五月蝿いって怒られて水を掛けられた…なんて、どう考えても恥ずかしい話なのだが。
しかし、黙っていても確信は深まらない。
………まあ、詩紋なら口が固いから大丈夫か。天真なら不安だけれど。
「あ、あのねえ…これ、絶対にオフレコにしてくれる?約束してくれる?」
妙に神妙に顔を近付けて来たあかねに、詩紋は首を傾げた。
内緒の話をするには、やけに頬が赤いような気がするので、何となく嫌な予感がしたのだけれど……それは思い過ごしではなかった。



「そ、そ、それじゃ、その…あの、その子は、その…ラ、ラ、ラブホテル…って言葉を、じ、自分でちゃんと、せ、説明したってこと…っ?」
時々変なところで声を裏返しながら、あかねよりも真っ赤な顔で詩紋は言った。
「う…うん。ちゃんと説明してた…。だから、何でそんなこと知ってるんだろうって思って…」
それは確かに、不思議な話だ。
そして、もしその娘が天真の妹だと仮説を組み立ててみれば、そういう現代文化を知っていてもおかしくはない。
現代の言葉を理解していて、天真のようにストレートな性格で、そして似たようなペンダントをつけている。
……あかねが"もしかしたら"と思うのも、当然かもしれない。

「でもね、まだ天真くんには黙っててくれる?もう少し、あの子のこと調べてみるから。」
「うん、そうだ…ね。もっと情報を集めてからの方が良いよね。」
事が事だけに、慎重に進めなければいけない。
もし、ただの人違いであるならば、期待させては天真が傷つくだけだ。余計な想いは背負わせたくない。
「友雅さんも協力してくれるって。だから、近いうちにまた一緒に庵に行って、辺りを色々調べてみるから。」
あかねは意気込み万全で、そう答えた。

だが、詩紋は思っていた。
あかねの方はどうあれ…また二人きりで庵になんか行ったら、再び水びたしになるんじゃないか、と。


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次の日、友雅は突然治部省に姿を現した。
彼がここにやって来る理由は、大概とある人物に用事がある時だ。

「如何なさいましたか、友雅殿。私に相談事があるとの言伝を頂きましたが。」
書類整理を一区切りさせてから、鷹通は友雅の待つ舎へとやって来た。
一旦初めてしまった作業を、途中では終えられないのが鷹通の性分。
来客であっても、よほどの急用でなければ待たせることが多い。
真面目すぎるというか、融通が利かないというか。
まあ、それも彼の優れた長所でもある。

「実はちょっと、内密に調べてもらいたいことがあるんだけれどね」
眼鏡を外して、疲れた目をこすりつつ、鷹通は友雅の顔を見る。
内密な話?ということは朝廷か、帝に関わる問題だろうか?
「いや、そう深刻なことじゃないんだけれどね。とある場所の周辺に、居住している者たちを調べてもらいたいんだ。」
「人探しですか?」
「ああ…。取り合えず、探しているのは若い娘なのだけどね」

とたんに鷹通の目が、眼鏡の奥でキラッと鋭く光った。
睨みを利かせるような、訝しげな眼差し。そして眉を顰める。
彼の口から"女性"の話が出て来ると、大概ろくな展開が待っていない。
それは過去のことを思えば一目瞭然で、今更呆れて相手にも出来ないくらいなのだが、あかねと婚約を発表してからは噂もすっぱり途絶えて。
これはいよいよ、彼も本気で地に足をつけたのだな、と納得し始めていた……ところだった。

なのに!ここで女性探しか?
その女性の居場所を突き止めて、何をやらかすつもりだ。
あかねは今も、鷹通にとっては大切な神子である。
その彼女を妻にして、尚かつ他に通う妻を得ようという魂胆か。
-----主上はご存知なのだろうか、この友雅の暴挙を。

「あのねえ鷹通。説明をする前から、おかしな妄想はしないでくれないかな?」
はた、と気付くと、友雅はこちらの様子をずっと伺っていたようだ。
「私があかね以外の女性に、心を惑わされるはずがないだろう?」
「…そんな理由であるのならば、ご協力は断固としてお断り致しますので。」
「大丈夫。今だって、私はあかねのことしか考えていないから。」
さらっとまあ、照れもせず言ってくれるもんだ。
ついでに、"最近二人で楽しんでいることも、教えてあげようか?"なんて言い出したが、断っておくのが正しい。
どうせ中身は惚気か、またはこちらの反応を楽しむために、あれこれと色めいた話に違いないので。

「ま、冗談はこれくらいにしておいて、本題に入ろう。探しているのは、あかねと同じくらいの娘だ。」
「神子殿と同じ年頃の?」
「そう。昨日二人で出掛けてた先で会ったんだけれど、あかねがね、もしかしたらその娘が天真の妹じゃないかって言うんだよ。」
天真の妹…と言えば、行方不明になっていると聞いた。
京にやって来てからも、町中を捜し歩いているという話も知っている。

「何か根拠がお有りなのですか」
「私にはよく分からないんだが、ラブホテル?ラブホ?とかいう、彼女たちの世界の文化を、その娘は理解しているらしい。」
「ラブホテル…確かに、こちらでは聞いたこともない言葉ですね」
いい年の男二人が、ラブホラブホと連呼している姿は、どうにも微妙な雰囲気では有る。
が、本人たちはよく分かっていないので、まあそこんところはご容赦願おう。

「まだ情報が乏しいから、天真には内密にしている。しばらく探って調べてみようと思って、君にも頼みに来たんだよ」
庵の近くに水を汲みに来たと言っていたから、おそらくどこかの屋敷で使用人として暮らしているんだろう。
人を雇える家ならば、戸籍や身の上もそれなりなはず。
治部省勤務の鷹通の力があれば、地域住民の情報を探れるのではないか、と友雅は思ったのだ。
「…承知致しました。そういう事でしたら、お引き受け致します。それでは…心あたりのある場所を、お教え頂けますか?」
「西市と、蚕ノ社の中間辺り。双ケ丘に行く途中…くらいかな。竹林というよりも、竹薮と言った方が良い感じだね。」
「その、天真殿の妹君と思われる方の、特徴はどのような?」
「背格好はあかねと、殆ど変わらない。黒く長い髪を多分束ねていると思う。性格は……天真みたいな威勢の良い子だ」
女性で天真の性格?どうも想像がつき難いが。

「ああ、性格はどうあれ、意外と見た目は可愛い娘だったな。ただし………」
……………ただし?
「私のあかねには、足元にも及ばないけれどね」
にっこりと満面の笑みで、友雅は答えた。
惚気はいい加減にしてくれ、と言葉を飲み込んで、鷹通は呆れ気味に頭を抱えた。



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Megumi,Ka

suga