Romanticにはほどとおい

 第3話 (1)
なんやかんやと大騒ぎのうちに、やっと土御門家に戻って来た一行だったが、彼らを出迎えたのは予想通り…今にも天を引き裂く音が聞こえて来そうな、低気圧の雷雲である。

「一体どういうおつもりですのっ!?神子様をお護りするご自分のお立場を、すっかりお忘れになったのですかっ!?」
「八葉の役目は、既に卒業してしまったからねえ…」
そういう余計なことを言って、藤姫のメラメラ燃える火に油を注ぐな!
思わず隣にいた天真が、友雅の背中を小突いた。
しかし藤姫は、ブツブツと愚痴を言いながら友雅を睨む。
「先日のように、神子様がお風邪をこじらせたら、どうするおつもりです!」
「そのときは、以前のように唇からでも、私に病を移し替えてくれれば良いよ。」
「あーもーっ!!てめえは少し、言葉選びを遠慮しろーっ!!!」
たまりかねた天真は、咄嗟に背後から友雅を思い切りどついた。

さっきから敵対心丸出しの藤姫に、緊張感も何もなくいつも通りのほほんと。
そんな軽口を言えば、更に彼女の機嫌が悪くなるのが分かんないのか!と言いたいところだが、多分友雅のことだから…その様子も楽しんでいるに違いない。
まったく…始末に終えない男だ。呆れて頭が痛くなる。

「ま、冗談はこの辺にしておいて…」
含み笑いのような笑顔を浮かべ、乱れた髪を友雅は払う。
「これでも彼女だけは早く着替えを…と思って、急いで宿まで連れて行ったんだよ。その努力は、認めてくれないかな?」
「そ…そうなの、藤姫。すぐに友雅さんが宿を探してくれたから、濡れたままでいなくて済んだの。」
藤姫はあかねの言葉を聞き、深い溜息をこぼした。

……友雅殿をお慕い申してらっしゃるのは、分かるのですけど…。
だから、かばいたくなる気持ちは理解できる。

でも!せめて濡れる前に神子様の前に立ちはだかるとか!衣で覆って差し上げるとか!工夫が出来たはずですわよっ!
それならば、神子様だって濡れなくて済んだかもしれませんのに!
……という感じで、やはり藤姫はすんなり彼を許す気にはなれそうにない。

「ま、まあ良いじゃない?今日は天気良かったし、着替えも早かったから…あかねちゃんたちも大丈夫だよっ!」
重苦しく、それでいて緊迫した空気に耐えかねた詩紋が、何とかフォローしようと口を挟んだ。
それでも藤姫は終始膨れっ面。友雅は…相変わらず気楽にかまえて。
周りがどれほどハラハラしているか、二人は全く自覚が無い。




一通りのお小言が済んで、やっと開放された友雅は車宿へと向かった。
これ以上長居をしていても、早く帰れと言われることは必須。今日の所は、大人しく退散するのが無難だろう。

「今日はいろいろと、すみませんでした…」
「ん?謝られるような覚えは、ないけれど?」
見送りに着いて来たあかねの髪を、彼の大きな手が優しく撫でる。
二人に気を利かせているのか、従者たちはわざと車の向こう側で待機していた。
「あの、風邪…ひかないように気をつけてください」
あかねがそっと袖をつまんで、寄り添うようにうつむくと、髪を撫でていた友雅の手が背中に下りて来て、身体を抱え込むように抱き寄せた。
「それならやっぱり、しっかり暖めあっておこうか?。」
「ひゃ…もう!またそんな冗談ばっかりーっ!」

---------何が冗談なものか。こっちはいつだって本気モード。
今すぐにも、このままさらって行きたい気持ちなのに。
真っ赤な顔でじたばたするあかねを、腕に抱きながら友雅は本心を隠した。

「また近いうちに、誘いに来るよ。その時にもう一度あの庵に行こう。」
車に乗り込む直前に、友雅はそう言った。
「気になっているんだろう?彼女のことが」
はっとして、あかねは友雅の顔を見上げた。
やっぱり気付いていたんだ。
あかねが、天真と彼女の面影を重ね合わせていたことに。

「確証はないだろう」
「ええ、分からないですけど…。でも、だからもう少し確かめてみたいんです。天真くん、ずっと妹さんのこと探し続けるから…」
天真が行方不明の妹を、どんなに真剣に探しているかは、友雅もよく知っていた。
同じ背格好の娘を見れば、そっと着いて行って顔を確かめてみたり。
聞いた噂では、ちょくちょく町をうろついているのも、単なる暇つぶしや気分転換だけではなく、妹を捜しているからだということ。

血のつながった者であっても、家族や兄弟と深く付き合いの無かった友雅からしたら、そこまで固執する気持ちはよく分からない。
だが、それがどんな理由であれど、常に心から消し去れない存在というのは、彼にとって大切なものであるからなんだろう。

「それに、あの子…現代にしかないようなものを、ちゃんと分かってたのもおかしいなって」
「ラブホテル…とかいうものだったっけ?」
「は、はあ、まあ…」
改まって聞き返されると、何だか気恥ずかしい。
「確かに、生粋の京の娘とは…ちょっと違う感じがするね」
「他にもいろいろと気になることがあるんで…ちゃんと確認したいんです。」
天真だけの問題ではなく、もしも彼女が本当に妹ならば、彼女だって両親や兄と離れているのは辛いだろう。
…とは言っても、しくしく泣くような感じには見えなかったが。

「分かったよ。でも、君独りで山道なんて危ないよ。だから、私も帯同させてくれるね?」
今日のように何かが起こったとき、か弱い娘一人で出来ることなど、たかが知れているものだ。
しかもあかねは、まだまだ京に馴染んでいるわけじゃない。未だに時折、右往左往することもある。
「藤姫殿の言葉じゃないけれど、君を護る気持ちは…八葉が終わったあとも、まだ消えていないんだからね」
もちろんそれは神子ではなく、愛する人を護るという意味でのこと。
「だから、一緒に行って確かめて来よう」
「…はい。じゃあ、お願いします」
友雅に向かって、あかねはぺこりと頭を下げた。



その日の夜。
詩紋の部屋を、静かにノックする音が聞こえた。
「遅くにごめんね。起きてる?」
「あかねちゃん?うん、起きてるよ…どうぞ」
そうっと音を忍ばせながら、戸を開けるとあかねが顔を出した。

きょろきょろと部屋を見渡してみると、思った通りに詩紋だけのようだ。
「天真先輩は、お風呂に行ってるよ。もしかして用事だった?」
「え?ううん!その逆!詩紋くんにね…ちょっと相談したいことがあって、天真くんがいないのを見計らって来たの」
まるで忍者のように、ススッと素早く部屋の中に入ったあかねは、即座に戸を閉めて詩紋の横にやって来た。

ふと目をやると、天真の着替えが畳んで置かれている。
そこには、彼がいつも首から下げているペンダントがあった。
「ねえ詩紋くん、ちょっと…書くもの貸してくれる?」
だが、この世界で鉛筆やボールペンなどがあるわけもない。書くものと言えば、勿論筆である。
しかし、筆を気軽に使うことはやはり難しい。
工夫に工夫を重ねた結果、庭に落ちている細い枝を見つけてきては、小刀で鉛筆のように先端を削り整え、それに墨を付けて書くという、付けペンみたいなものを考案した。
書き味は微妙ではあるけれど、まあまあ悪くはない。
最近詩紋は、もっぱらこれをよく使っている。

あかねにそれを手渡すと、彼女はまず目の前にある天真のペンダントを、さらさらと写すように描き始めた。
「天真先輩のペンダントだよね…。どうしてそれを描いてるの?」
「…うん、ちょっと気になったことがあってねー……」
決して上出来とは言えないけれど、あらかたの形は写し取れただろう。
あかねはそれを、文台の上に置いて乾くまで待つことにした。



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Megumi,Ka

suga