Romanticにはほどとおい

 第2話 (3)
「ほら、ちゃんと触って……」
「で、でもっ…やだ、そんな恥ずかしいですっ…」
くすくすと笑う、友雅の声。
「私をこんな風にしてしまって…どうしてくれるんだい?」
「そんなっ、私にそんなこと言われたって…!!」
「でも、君のせいなんだよ?君がそんなに愛らしいから、見てごらん…もう破裂しそうだ…」
真っ赤になって、必死に目をつぶるあかねの表情を、彼は楽しそうに見ていた。


その時。
ドドドドン!!!ドドドドン!!!ドドドドドドドン!!!
突然、戸をぶち破るように叩く音が響いた。
主人でも来たのか?と思ったが、まさか客の部屋に来るというのに、こんなガサツな叩き方はしないだろう。
ドドドドン!!!ドドドドン!!!ドドドドドドドン!!!
けたたましい音は、一向に止まない。
これじゃ本当に戸に穴が開くんじゃないだろうか。
「……はいはい、どちらさまかな?叩いてばかりいないで、入ってきたらどうだい?」
あかねを抱いて身を起こすと、友雅は閉じられた入口に向かって声を掛けた。

ガラッ!
勢いよく戸が全開した。
「おっ、おまえらっ!!いいかげんにしろぉぉぉぉぉ!!!!!」
………飛び込んできたのは、二人の青年。
だが、何故かどちらとも頭から頬被りをしている。
とはいえ、その声と背格好で、顔を隠そうが既に正体はバレバレなのだが。

「おっ、おまえらな…!イチャイチャすんのもっ、ばっ、場所を考えてやりやがれってのぉっ!!!」
覆面男二人は、視界を遮られて時々衝立につまづきながら、半ば転がるようにして部屋の中へ進んでくる。
「こらこら。そんなものかぶっていたら、足元が見えなくて怪我するよ。さっさと取りなさい。」
友雅の声がさっきよりも近くで聞こえて、天真たちは取り敢えず手探りでその場に腰を下ろし、ようやく被った衣を払い除けた。

……が。
「うおぅっ!?て、てめえらっ、しゅ、羞恥心とかねえのかっ!!!!」
熟したトマトみたいに顔色を変えた天真と、同じような顔色でよろよろしつつ、天真の腕に何とかしがみつく詩紋。
何せ目の前にいた声の主と、彼の胸に抱かれている彼女。
取り敢えずあかねはまだ良い。借りた浴衣姿なのはおおめに見てやろう。
しかし、問題は友雅の方だ。彼もまた借り物の浴衣を身に着けているのだが……帯が緩んで胸がはだけ、そのしどけない姿であかねを抱いている。
この光景を、どう見るか?

既に結ばれる約束を誓った二人。
だが、未だに諸々の事情で共に暮らすことを許されていない。
そんな男と女が、二人きりの部屋でどう過ごすかと言われたら、もうそういう事しか思い付かないわけで。
……それに、相手は友雅だし(これ一番重要)。

「おっ、おっ、おまえらぁっ!!ケ、ケダモノみたいに、どこでも構わず盛りついてんじゃねえっ!!!!」
「おやおや、天真は随分と想像力が豊からしいね。私の胸の鼓動を、この可愛い手のひらで確かめていただけなのに、君の頭の中で私たちはどんなことをしていたのかな?」
「誰が信じるかー、そんなモン!!!」
思わず天真は、持っていた衣を丸めて二人に投げつけた。



あ……!
天真が叫んだ瞬間に、ぱっとあかねの中に浮かび上がった残像が、彼の姿にぴたりと重なった。
この威勢の良さ、血気盛んな感情表現。包み隠さないストレートな口ぶり。
分かった。あの娘に感じていた、どこかで見たような…馴染んだ感覚。
間違いない、天真と雰囲気が似ているのだ。だから、妙に腹が立たなかったのだ。
だが、更に分からないことも出てきた。
何故彼女と天真とが、こんなに似通っているんだろう?

「あ、あかねちゃん!着替え持ってきたんだよ。早く、着、着替えた方が…」
詩紋は赤面しながら、風呂敷に包んだあかねの着替えを押し出した。
すると、友雅がゆっくりと腰を上げる。
「そうだね。じゃあ衝立の向こうで、私が着替えを手伝ってあげるとしようか」
「とっ、友雅さっ…!ちょ、ちょっと待って下さいよぉぉ!!!」
慌てる彼女の手を引いて立ち上がらせ、そのまま肩を抱いて連れていこうとした友雅を、咄嗟に天真が後ろから羽交い締めにした。
「黙れ!このエロ少将!!てっ、てめえの着替えはこっちだってーのっ!!!」
さすがに突然後ろから捕まれたせいで、バランスを崩した友雅はよろける。
必死で取り押さえた天真の首に、きらっと輝いたペンダントをあかねは見た。

「天真くん、そのペンダントって…確か妹さんとお揃いの…だったよね…」
「ん?ああ…これ?そう。親が俺らにくれたやつだけど。それがどうかしたか?」
天真の妹の蘭は、しばらく前から行方不明になっているらしい。
警察にも捜索願いを出したが、事件・事故の両方からも全く手がかりはなく、家出などの情報も一切見付かっていない。
まるで神隠しに遭ったように消えて、今もまだ見付かっていない。


……まさか。
でも、思い当たる節はある。
彼女の性格は天真とそっくりだし、面影も似ているといえば似ている。
はっきりは見えなかったが、彼女の首に掛かったペンダントも、天真のものに似ていたような気がするし。
何より、彼女は現代の物事に反応を示した。
現代人…つまり自分たちと同じ感覚を持っているなんて、この京に生まれ育った人ではあり得ない。

理由はわからないが、あかねもまた意味も分からずに、急にこの京へと連れてこられてしまったのだ。
もしかしたら彼女も何らかの理由で、ここに来てしまったというのは…あり得なくもないのではないだろうか。
………彼女が本当に、天真の妹であるとしたら。

「天真くん、あの…い、妹さんってどんな人?」
あかねは、蘭のことを尋ねてみることにした。
直接顔を会わせたことはなく、一度か二度ほど写真を見ただけだったので、もうろくに覚えていないのだ。
急に妹のことを尋ねられた天真は、妙な顔をしたがすぐに平静に戻った。
「んー…。背格好はまあ、おまえとさほど変わんねえな。髪の毛はストレートで、背中まであったな。いつも三つ編みとか、後ろで結んだりしてたけども。」
彼女の姿を思い出してみると、天真が言う蘭の風貌はぴたりと当てはまる。
だが、そんな娘は京でも五万といるだろうし。
それだけで彼女=蘭とは決めつけられない。

「どういう性格の…子なの?」
「あー、そうだなあ。他人から見ると大人しそうに見えるらしいけど、結構跳ねっ返りだぜ。」
天真の妹だし、そりゃ大人しいことはないだろう…きっと。
「一人娘だから親父が甘やかしてよー。あれやって、これやって、ってすぐ強請ってくるわで五月蝿いったらねえの」
とか言いつつも、妹のことを思い出しながら話す天真は、どことなく楽しそうだ。
口では何を言っても、本当は妹が可愛いんだろう。
だから、常にずっと御守りがわりのペンダントを肌身離さず、似たような女の子を追い掛けたりして。
いつだって、彼は蘭を探している。どこでも、どんな世界でも。


「でも、何でおまえ…急に蘭のこと聞くんだ?」
どきっとして、あかねは友雅の顔をチラッと見たが、彼は特に表情を変えない。
…もしかしたら、あの娘が天真くんの妹さんかもしれない。
だが、こんなにも真剣に探し続けている天真に、まだ情報が完全に整っていないうちに打ち明けるのは、早急すぎないだろうか。
蘭なら良いが、もし違うのなら…がっかりさせてしまう。
屋敷が近くにあるとか言っていたから、あとでまたあの辺りに行ってみれば会えるかも。
そしてもう一度、きちんと話してみれば…手がかりが掴めるかもしれない。
天真に話すのは、そのあとでも遅くはないか。

「町と田舎を行き来している行商人がいてね。そういう人に話しておけば、あちこちで情報を仕入れてくれるんじゃないかな、と話していたんだよ。」
……友雅さん?
もしかして、私が考えてたの気付いた?
「そっか…。そうだな、転々としてるヤツなら、いろんな場所で手がかり見つけてくれるかもしんねぇな…」
せいぜい自分たちは、都市部を動き回るくらい。だが、蘭はどこにいるのかなんて、分からない。
郊外かもしれないし、京から外の土地にいるかもしれない。

「頼むわ、情報は多ければ多いほどいいからさ。」
100%の確信はない。けれども、それは0%とも言えないのだから、それならわずかなものでもすがりたい。
「私の知人にも話しておくよ。良い情報が入ってくると良いね」
友雅はそう答えたあと、あかねを見てかすかに微笑みの合図を送った。



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Megumi,Ka

suga