Romanticにはほどとおい

 第1話 (3)
「あのね、私…知ってんのよ?アンタたちが、よくここで盛りついてんの」
その言い方をやめてくれないだろうか…。まるで獣の発情期みたいな気がするし。
だが、娘は自信満々と言った様子で、『私はすべてお見通しだ』という感じの表情をする。
「しょっちゅうここに来て、いやらしい声出しちゃってさあー。何やってんのよ、まったく…」
「何をって、そりゃあもちろん、彼女の肌を……」
「きゃーーーーーーーーっ!!!駄目です、それ以上は駄目でーすーっ!!!!」
あかねは慌てて後ろから飛びかかり、友雅の口を塞いだ。
調子に乗ったら、一体何を言い出すか分からないのが、彼のちょっと困ったところである。


名も知らない娘は、呆れた顔であかねたちを見ていた。
ずけずけと、あけっぴろげな言葉を口にする。
普通の女の子なら、こんな場面に接したら恥じらってもいいのに、全然堪えていない様子。
それどころか、文句まで言い放って。
確かに、人の家があったなんて知らなかったと言っても、こんなところで抱き合うなんてのは、ちょっと非常識だったと思う。
だけども、そこまで頭ごなしに言わなくても良いのに。
と、こっちもちょっとくらい、ムッとしたって構わないはずなのだ。

それなのに………何故かあかねは、そんな気持ちになれなかった。
一体、どうしてなんだろう。


「ねえ、君。それじゃあ…私とこんな契約をするのはどうだい?」
口を塞いでいたあかねの手を払って、友雅は目の前の娘に話しかけた。
「君には、私からそれなりの謝礼を払う。だから、ご主人に内緒で…私たちにここを貸してくれないかな?」
数時間で良いんだよ、と友雅は言う。
ほんの数時間、二人が甘いひとときを過ごせるだけの、数時間だけ。
友雅は、結構良い提案だと自賛していたつもりらしい。
だが、あかねが背後でぽつりとこぼす。
「友雅さん…それじゃまるで、ラブホです…」
時間単位で有料で部屋を借りて…だなんて、そのものじゃないか。
すると彼が、不思議そうな顔で振り向いた。
「ラブホ?ラブホって何だい?君の世界で、どんな風に使うものなんだい?」
……言えるか、そんなの。

「ラブホってのは、ラブホテルのことに決まってるじゃないのよ!アンタ、男のくせにそれも分かんないの?」
突然例の娘が、今度は友雅を指差して怒鳴った。
あかねは驚いた。
その声の力よりも何よりも……何故彼女の口から、ラブホ・ラブホテルなんていう現代の言葉が飛び出したからだ。
「…ラブホテル……?さあ、初めて聞いたな。良かったら教えてくれないかな?」
友雅が知らないのは、当然のことだ。
しかし、この娘がそれを知っているなんて。

更に娘は友雅の問いに対し、軽く鼻で笑った。
「女といちゃついてるくせに、無知なのね、アンタって。あのねえ、ラブホテルってのはねえ、連れ込み宿のことよ。時間制限でお金払って部屋を借りて、そこでアンタたちみたいにいちゃつくところのことよ。おわかり?」
「へえ…そりゃ便利な宿だ。で、どこにあるのか教えてくれないか?今すぐそっちへ移動するから。」
「何を言ってるんですかーーーーーーーーーっ!!!」
完全に調子に乗った友雅の背中を、あかねは思いっきり叩いた。

…でも、この娘。言葉だけじゃなく、ちゃんとそのものを理解している。
この京にあるわけもない、現代の文化を寸分違わずに把握しているのは、あきらかに間違いない。
一体この娘は、何者だ?
そして、何を言われても、何度睨まれても腹が立たない不思議な感覚。
「あの…あなたは……」
せめて名前だけでも、とあかねは尋ねようとした。

だが、一歩彼女の踏み出しの方が早かった。
「ともかく!金輪際ここに二人でしけこんだりしないでよね!今度ここでやらかしたら、それこそ壁のすき間から水をぶち込んでやるから!」
そう言って娘は、持っていた水汲みの樽を、両手で軽々と持ち上げてみせた。
細腕の割に、結構恐ろしい筋力を持っているらしい。
この力で、この剣幕で言われたら…冗談じゃなくマジで水浸しにされそうだ。
「あ…ちょ、ちょっと…っ!!」
あかねは呼び止めようとしたが、彼女はくるっと背を向けて竹林に消えて行く。
その拍子にペンダントのようなものが、小袖の首からきらりと揺れて光った。
「ちょっと!ねえ!あのー!!」
懸命に呼んだが、振り向きもせず娘は去って行った。
その姿が竹林の中に消えるまで、さほど時間は掛からなかった。


「いやあ、すごい娘だな…」
静寂が戻ったところで、友雅がぽつりとこぼした。
さすがの友雅も完敗というか、あの迫力では太刀打ち出来ない。
「君と同じくらいの子だろう。それにしちゃあ、随分と包み隠さない話し方をする子だねえ…」
「は、まあ、そうですねえ…でも……」
「でも?何か気になることがあったのかい?」

あかねはずっと、考えていた。
何て…言えば良いんだろう。
うまく表現出来ないのだけれど、どこかで会ったような気がしないでもない…。
「ふうん…。でも、あんな強烈な娘なら、一度会えば忘れないと思うけどね?」
「うん、そうですよねえ…」
それとも、誰かに似ているんだろうか。
あのストレートな感情表現。
誰だろう、どこかであの雰囲気に触れたことがあるような。
だから、あんなに憎まれ口を叩かれても、全然腹が立たなかったのかもしれない。

「ま、いずれ思い出すよ。かなり強い印象を植え付けてくれたものね。」
「そうですね……って!ちょっと!友雅さん!?」
さりげなく背に伸びていた友雅の手が、いつのまにか移動して、あかねのうなじをくすぐり出した。
「くすぐったいで…ちょっ…なっ…!!」
むずかゆくて、ごそごそと身体を動かしていたが、いつのまにかまた友雅が、上から見下ろす格好になっていて。
「もう、あの娘も帰ったよ。声を潜めれば…大丈夫。」
「そんなっ、そんなこと言ってもっ…!!」
声を殺してあかねは抵抗するが、どうにもこうにも男というものは、急に都合が付かなくなる時がある。

「…"そんな声は出してない"って、さっきあかねがきっぱり言ったんだよ?」
あれは言葉の綾で!
言ってないと思うけど…自信はないけども。
「声を出さないなら、気付かれっこないよ。」
「で…でも……うむ……」
彼はすでに、分かっている。
どうすれば、あかねが抵抗しなくなるか…その方法を。
唇で呼吸を塞ぎ、体重で身動きを止めて。
あとは、彼だけが知る秘密の方法で…彼女の心を惹き付ける。


サラサラ…と、笹の葉が風に揺れる涼しげな音が聞こえて、二人はもう一度、軋みの酷い庵の中へ姿を消した。
が、それからすぐのこと。



---------バシャーーーーン!!!!

まるで豪雨が降って来たような…いや、大津波に巻き込まれたという表現の方が近いか。
目の前の友雅の毛先からも、あかねの前髪からも、ぽとぽとと滴る雫。
そして、辺り一面水浸し。全身が重く感じるほどに、びちゃびちゃに濡れた服。

「さっき言ったってのに、もう忘れたの!?このケダモノが!!!」

外の方から、さっきよりも激しい怒鳴り声が響いた。



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Megumi,Ka

suga