「…私に、その命を与えてくれると、貴方は言うのかい?」
-----------"神子と八葉の絆を超えた、そなたが適役だろう"
「良いね。それこそ、私の期待していた答えだよ。」
響いてくる声に、友雅は満足そうに答えた。
八葉という立場ではなく、もっと個人的な感情ではあるけれど、その命を携えていくことに迷いはない。
恋をしたときから、それくらいの自覚は出来ている。
「…良いのだね?このままで、好きに生きても構わないんだね?」
友雅の問いに、声の主は一瞬考える時間を置いたようだが、意外にもすんなりと言葉を返してきた。
-----------"恋に命を懸けるのも、悪くはなかろう。これを機会に、生まれ変わるが良い"
「貴方にまで言われるとはね。まあ、既にもう生まれ変わっているようなものだが。」
過去など、もうとっくに捨てた。
彼女に恋した時から、生まれ変わった自分がここにいる。
忘れていたことも、新しいことも、恋をしたことで全てが変わった。
そして今、未来を生きるための道を探し始めている。
決してそれは、容易いことばかりではないだろう。彼女が楽に生きていく環境は、この世界には絶対にない。
しかし、一からそれを切り開いていこうと思う。彼女の歩く足場を自分が作れるのなら、それもまた彼女を護る意味になるはずだろうから。
そうして、その手を離さずに、未来へと歩んで行けたなら。
そこに、彼女がいてくれるなら……夢を描くことだって、きっと出来る。
「感謝するよ。私に、その命を与えてくれた貴方に。」
心音と重なりながら、熱を帯びて脈打つ宝玉に手を当てて、目に見えない声の主に、友雅は礼を言った。
彼からは、それきり返事はなかった。
二度と、その声は聞こえては来なかった。
「おい、友雅?おまえ、雨に濡れて熱でも出てんじゃねえの?」
友雅は声の主と会話をしていたのだが、何も聞こえていない天真たちにとっては、彼がただ独り言を言っているようにしか見えなかった。
その割には、妙に会話のような返事にも聞こえるし。だからと言って、誰の声に反応しているわけでもないし。
天真たちだけではなく、あかねも不思議に思いながら友雅を見ていた。
「……神子殿」
「…は?は、はいっ?」
突然友雅に呼ばれて、あかねははっとして顔を上げた。
すると、彼はくるりとこちらを振り返り、あかねの方へと歩いてきた。
目の前にやってきて、その場に膝を着く。そして、迷うことなくあかねの身体を抱きしめた。
「えっ…?えっ…?ど、どうしたんですかっ?!」
友雅の腕の力にどきどきしながら、気を動転させるあかねとは裏腹に、天真たちはその光景を呆然として眺めている。
「あ、あの…?」
いつもとは違う、その抱きしめる力。華奢なあかねの身体に絡みつくように、しっかりと組みしだいた手が、その腕の中に彼女を閉じ込める。
離れたくても離れられない、その腕の中に追い込まれても、居心地が悪くないのは、そこが安心出来る場所だと分かっているから。
「……お邪魔虫は、退散するかなー…」
ぽりぽりと頭を掻きながら、天真がそんな事を言って立ち上がった。そして、相変わらず呆然としている頼久を引っぱり上げ、彼を連れながらそそくさと部屋を後にした。
残された二人だけの空間。だが、友雅は身体を離してはくれない。
「どうしたんですか…?さっきまで、誰とお話ししてたんですか?」
自分には聞こえなかったが、確かに何かが友雅の目の前には存在していたように思ったのだが。
「ようやく、一安心だ。」
「え?」
「もう、君と離れなくて済む。」
…もしかして、さっき彼が話していたのは、龍神だったのか?だが、それなら神子であるあかねが、聞こえないはずがない。友雅は何故、そんな確信が出来るのか。
「君を一生護り続ける命を、この宝玉を証として…再び私に与えてくれたんだよ。あの、聖なる気と共にね。」
そう言って、友雅は微笑みながらあかねの耳元に唇を寄せた。
「龍神と白虎の、両方から君を護ることを命ぜられた以上、離れなくてはいけない理由なんか何もないはずだ。一緒にいなくては、君を護ることも出来ないしね。つまり、これまで不安だったことは…もう何もないということさ」
二人を遮るものは、もう何もない。
例え何かが立ちはだかろうと、それにも勝る力が味方に着いている。
戸惑うことなど必要ない。ずっと、一緒に生きていけばいい。
「神子殿、頼むから泣かないでくれないかな?。今は、お互いに一番幸せな時なのだから。」
きらめく星を閉じ込めたような、輝く瞳から頬につたってくる涙を、友雅は指先ですくった。
「…言ったじゃないですか…。嬉しい時だって涙が出るって……!」
「でもねえ、泣きすぎて君のつぶらな瞳が、真っ赤に腫れ上がってしまうと思うと気の毒でね。」
そんなことを言われても、我慢なんか出来ない。これまでのことが全て沸き上がってきて、感情が涙と共に溢れ出してきてしまう。
悩んでいたことも、悲しかったことも…彼と経験してきたことが、とめどなく沸き上がる。
「まあ、いいか。いつでも側にいられるのなら、こうして涙をすくってあげることも出来るからね」
友雅はそうつぶやいて、あかねの頬を両手で支えながら、濡れた頬に唇を添えた。
+++++
「まあまあ…何て喜ばしいお話しが続くのでしょうか!」
その話を切り出したとたん、ぱっと花が開いたように喜びを笑顔で表したのは、藤姫だった。
元から、あかねがこの地を去ることを寂しそうにしていた彼女だから、それを聞いた時の歓喜は大きなものだったのだろう。
「それは本当に喜ばしい事をお聞かせ頂いて、私も嬉しゅうございます。」
「うん…ありがとう柚芽さん。ホントはずっと前から考えてたんだけど…ちょっと色々とあって迷ってたんだけど、もう大丈夫みたいから。」
説明すると長くなるので、細かいことは後回しだ。
とにかく、今は何も後ろめたさを感じずに、ここに残るんだ、とはっきり言えるのが嬉しくて仕方がない。
「そうですわ。それならば尚更、神子様のお召し物を新しくお仕立てしなくてはなりませんわね、藤姫様?」
「ええ勿論!婚礼の儀の際の晴れ着だけではなくて、四季折々のものを揃えなくては。忙しくなりそうですわね」
同じような会話を、何度も聞いた。その時は、袖を通す機会が来るか分からないのだと、未来への不安が心に渦巻いていたけれど…今はそんな曇りは存在しない。
もうすぐやって来る夏も、秋も冬も、そして来年の春も……ここで四季の移り変わりを感じることが出来る。
……隣にいる、彼と共に。
「友雅殿、神子様のお召し物の件、よろしくお願い致しますわね」
「ああ、そうだったね。それで呼ばれていたのだったね」
すっかりそんな事など忘れていた。あまりに、色々な事がありすぎて。
「四季の袿と、晴れ着はいくつ必要かしら?お祝いなどの際に着るものの他に、内裏にお呼ばれされる時のことも考えて、もう一着豪奢なものを仕立てた方がよろしいかしら…ああ、もう忙しくなりそうですわね!」
藤姫は舞い上がって、まるであかねを着せ替え人形のように仕立てようとしているみたいだ。
これまでは水干が日常着だったが、今後もここで生きるとなれば、袿などいくらあっても困らない。
袿や重ねの色目一つで、周囲の目も違ってくるのだから。
「一体何着仕立てるつもりなんだろうね。それなら…いっそ婚礼用の小袿も仕立ててもらったらどうだい?」
一足先に部屋を出ていった柚芽を、追いかけるようにして藤姫が出ていったあと、賑やかな空気の余韻に浸りながら、友雅がそんなことを言った。
あかねが首をかしげて、友雅を見る。
「婚礼用って、柚芽さんの婚礼の時に着る袿のことですか?」
「そうじゃなくて、君が着るためのだよ。良い機会だから、作ってもらえばいいんじゃないかな。」
………友雅は笑いながら言うけれど、あかねの方はそんな余裕など全くない。
過剰なほど、その言葉に反応して心臓が早打ちを始めてしまって。
「な、何言ってるんですか、そんな…先のことなんて…」
「じゃあ、私が仕立てて贈ってあげようか?」
微笑んでいるくせに、やけに視線だけは真っ直ぐで。そのギャップが余計に胸を揺さぶる。
「まあいいさ。答えはのんびり待っていても、時間に縛られることもないと分かったからね。これまでは生き急いでいたような気がするから、しばらくはゆっくり日々を過ごして行こう。」
あかねを引き寄せて、優しくいつものように抱きしめる。
こっちが今、どんなにどきどきさせられているかも知らないで、遠慮なく腕を絡めて来るから、全身が脈打ち始めてしまう。
「一緒に、これからも生きていこう」
甘い囁きが、耳元で聞こえる。
抜け殻ではない恋を。後ろめたさのない、真っ直ぐな恋を。
ただ一人に恋い焦がれる、真実の愛へと繋がっていく、本当の恋を二人で追いかけていこう。
「ずっと一緒にね」
--------------五月待つ、白い花が永遠に緑を失わないように、ずっと。
-----THE END
(長らくお付き合い頂きまして、ありがとうございました♪
あとがきがございますので、お時間がありましたら次ページへどうぞ♪)
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