恋愛論理

 第30話 (3)
詩紋は、直感に任せておけばいい、と言った。そうすれば、本心が案外簡単に見つかるものだから、と。
彼の言うとおりにすると、あかねの答えはすぐに見つかった。
問題は、それを運命が許してくれるかが、気がかりなだけ。
「……柚芽さんの婚礼が終わったあと…のことなんですけど…」

やはりその話か、と友雅は思った。
聞きたくもあり、聞きたくもなくて避けていた話。
もしも彼女が元の世界へ戻る道を決めたなら…と、そのことを恐れて触れていなかったことだったが、時間はゆっくりであろうと流れゆくもの。いつまでも無視をしているわけにはいかないのだ。
今、それを彼女が切り出そうとしている。
その答えは、彼にどんな結果をもたらすのか。
恋する幸せを植えつけるのか、それとも……ただ切なさを再び覚悟しなくてはならないのか。

「天真くんと詩紋くんに話してみたんですけど……」
あかねはそういって、まずは彼らがどんな決意をしたのかを友雅に話した。
二人がどんな理由を抱いて、答えを出したかも、きちんと事細かく説明した。
「そうか。天真はああいう性格だから良いとして、詩紋はしっかりした子だね。真面目で思いやりがあって、この京に生まれ育っていたならば出世しただろうよ」
それに加えて勉強家だと聞くから、将来は有望だ。
後ろ盾もないが、これからどんな風に世界が変わっていくか分からない。彼のように実力のある者が、その力だけでのし上がれる世の中になるかもしれない。

だが、そんな微笑ましい話は、正直なところ友雅にはあまり関係のないことだ。
それよりもずっと、重要なことがあるのだから。
「天真たちのことは分かったよ。短い間ではあったけれど、その中で京の人々にも信頼を築けた彼等であるし、この京に残ることが出来たとしても心配するほどではないだろう」
自分たちで未来を切り開ける、彼等はそんな力を持っている。
この京で生きる運命を選んでも、そのまま元の世界に戻ったとしても、適応しながら成長していけるに違いない。
だが、自分たちは違う。お互いがどれだけ望もうとも、運命が味方をしてくれる保証はない。
離れないで、共に生きることがたった一つの答え。
それを神は許してくれるのかと、常に恐れて生きているのか…残った時間は、それほど長くないかもしれないのに。


天真たちの話を終えてから、あかねは急に黙ってしまった。
雨音が、静かに響いている。水煙が立ち上る池を、ぼんやり二人で眺めて沈黙の時間を過ごす。
うっすらと景色の輪郭が緩んでいるのは、広がり始めた靄のせいかもしれない。
まるで、二人の心の中を絵にしたようだ。

「……君の答えを、まだ聞いていないよ。君は、どうするつもりなんだい?」
自然に、喉の奥から声が出てきた。
あれほど恐れていたというのに、ここまで来たら彼女の答えが聞きたくてたまらなくなった。
彼女の答えは、自分の求めている答えかどうか。それだけでも確かめたくて。
動けないままでは、先に進めない。二人の答えが重なれば、何が動き出せるきっかけが生まれるかもしれない。
まだ、どこかで諦めたくはないと思っている。


「私は…………」
一拍、あかねが言葉をためらった。
しかし、それは決して答えに迷ったわけじゃない。
「私は………ここにいたい…です」
目を閉じて、友雅の胸に顔を埋めて、やっとその一言が言えた。
それだけで身体の力が抜けてきそうな気がしたが、彼が抱きしめてくれるから安心していられる。
ここにいたい。彼の腕の中にいたい。他のどこにも行きたくない。
「神子殿、その理由をちゃんと教えてくれないか?どうしてここにいたいと思ったか、教えて欲しいね」
理由なんて聞かれたところで、一つしかないと分かっているくせに…。
この腕の中が、心地良いからに決まってる。
「……友雅さんと一緒にいたい…って、そんな理由は…迷惑ですか……?」


しとしと、しとしと。
そんな雨の降る音さえも聞こえないほど、鼓動が胸に響いていく。
一番安心できるその腕の中で、目を閉じて、彼の香りに包まれて。
心を預けられるのは、この場所だけ。恋を知ったときから、ここだけが自分の特別な場所。
だから-----離れたくない。こんなに幸せな時間を教えてくれるのは、彼以外にいないと思うから。
例え神に裁かれても……それでも。



「分かった。それじゃ、出掛けようか」
突然そう言うと、友雅があかねの背中を、ぽん、と叩いた。
外は雨だ。止みそうな空の色ではないし、雨足は静かだが今日はこんな調子だろう。それなのに。
「い、行くって……ど、どこに行くんですか?外は雨なんですよ!?」
先に立ち上がった友雅は、部屋の外へと歩いていく。慌ててあかねは後を追いかけた。一体、どこに行くつもりなのだろう、この雨の中を。
歩きながら、友雅は一度だけ振り向いた。
「雨だろうが風だろうが、君の答えを聞いた以上は、待っていられなくなった。もう、順番がどうのこうのなんて、考えている余裕はない。」
そう言った彼の表情は何故か、天気とは逆に妙に晴れやかだった。


「友雅殿?!如何なさったのですか?雨の中をどちらに行かれるのです?」
彼のあとを追いかけながら着いていくあかねを、藤姫が見つけて驚きの声を上げた。それに気付いた柚芽もまた、慌てて入口へと駆けつける。
「ああ、悪いが傘を二本ほど貸してもらえないかな。ちょっと神子殿を連れて、出掛けたいところがあるのでね。」
「雨は止みそうにありませんよ?晴れた日に改めてお出かけになっては?」
こんな雨では、車も出しにくいし供をつけるのも一苦労する。
一体彼がどこに行こうとしているのか分からないが、そんな急用が起こったとも考えにくい。
藤姫たちはそう思っていたのだが、友雅にとっては違っていた。
彼にとっては、一秒でも惜しい。それはきっと、あかねも同じだと確信出来た。
「いや、今すぐでないとね。あまり時間をかけたくはないんだ。」

友雅の様子がただならないことを察した柚芽は、彼の言葉を受け取らないわけにはいかない、という直感を覚えた。
彼は何かを求めている。それは、彼だけのことではなくて、あかねもまた…、そう、二人に関することなのではないか。
何を考えているのかは分からないが、ひとつの行動を彼は起こそうとしている。きっと、二人のこれからのために。

柚芽から傘を受け取ると、二人は雨の中でそれらを開いた。
紅色の和傘に雨の雫が滴り、バラバラと少し大きな音を立てる。朝から降っている雨は、あちこちに水たまりが出来ている。
「友雅さん!どこに行くんですか!?車使わないんですか?」
「使いの者がいては煩わしいよ。私と、君だけで十分だ。」
歩くたびに足下がしぶきを上げるほど、雨が地を濡らしているのに。
絹の衣の裾も、指貫も雨を吸って濡れているのに、そんなことにも気付かないのか、それともかまっていられないのか、友雅は雨の中を歩むことを止めなかった。

後を追いかけるあかねに、彼は何も声を掛けない。ただ、黙って目的地への足を進めている。
どこに向かっているのかも、どうして今出掛ける必要があるのかも、彼は何も言わなかった。

しばらく歩いているうちに、見覚えのある道を辿るように進んでいることに気付いた。
この道は、何度も通ってきた。最近も来たことのある……そして、一番の思い出の場所に続く道。
はじまりとおわりの場所へ、続く道-----------------神泉苑。


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「すべては、ここから始まったんだね。ここに住む龍神の力が、私たちの運命を変えた。」
雨に煙る湖には、早々と蓮の花が咲き始めている。うっすらと紅を纏った花びらが、あちこちで開き始めている。

龍神が、一人の少女を遠い世界から呼び込んだ。それが、すべてのはじまり。
それから幾月の時が過ぎ、すべてが終わろうとしている今、お互いを想う心は龍神の命を超えて、深まるばかりだ。
逢うたびに離れがたくなる。そのたびに、終わりの時が恐ろしくなる。
どうすれば、時を止められる?

-------突発的に思いついた方法は、ただ一つ。
あの日潮が、繰りかえしてくれた自分の言葉。

「最後の決戦の時、君が龍神を呼んだのも、ここだった。だから、もう一度ここで呼んでみると良い」
友雅が言ったその言葉に、あかねは驚きを隠せなかった。

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Megumi,Ka

suga