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恋愛論理
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| 第25話 (3) |
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「……柚芽さ…っ」
たどたどしい声で、何かにすがりつきたいような瞳をしたあかねのそばに、静かに彼女は歩み寄ってきた。
そして、母である潮の隣に腰を下ろして、震えるあかねの指先をそっと握る。
「順番を間違えてしまったのですよ。さきほどもお話しした通りに…恋を知っているんだなんて自分で勘違いなさっていたから…。だから、想いが早まってしまったのですよ。」
人間、思い込みが一番恐ろしいものだ。分かっていると思い込んで、本当の自分に向き合わないでいると…こんな結果を招いてしまう。
どんなことでも、体験してこそ真実を知る。思うだけでは、現実から遠ざかるだけ。
初めて恋をして気付く。切なさも幸福感も。
「……う、嘘です!そんなことっ…し、信じられないです!友雅さんがそんな…絶対にそんなことあり得っこないですっ!」
柚芽の手を振りほどいて、あかねは首を何度も横に振った。
「友雅殿ご本人から、お聞きして来たのですよ?それでも信じて頂けませんか?」
そんなことを言われても……すぐに信じられるような事じゃない。
期待していなかったとは言わない。少しくらいは希望があると、自分で自分に言い聞かせて前向きに考えようと頑張って来た。
でも、それは決して叶う想いではないという、強い確信はずっと消えなかった。
………今でも。
何度も何度も、浮かんではため息に変わるそれらは、友雅と自分との距離を感じたとき。
絶対に相容れるわけがない、狭められない二人の差が消えない限り、この想いは自分が抱き続けるものであって、受け止めてもらうものではない。
受け止めてもらえるはずがない。絶対に……不可能だ。
疑う余地などないと思っていた。
理想は理想でしかなく、現実とは全く違うものだと気付いたばかり。
なのに今、そんなことを言われても。
「では、ご本人の口から…でしたら、信じて頂けますかしら?」
覗き込んだ潮が、あかねに言った。
そして、一拍ほど考えてから、柚芽と顔を見合わせて再び口を開く。
「そうですわね…明後日ぐらいがよろしいかしら。私の寺にお越し頂けます?その時、友雅殿もお呼び致しましょう。」
突然、そんなことを切り出されたあかねは、声も出せずに再び戸惑いながら潮の顔を見た。
「いつまでも、このままでいるわけにもいかないでしょう。お互いに、お気持ちを通じ合えればいいと思うのですが、まあ今回は友雅殿に非がありますものね。ご本人から、きちんとお心をお伝えしていただけるように、お願い致しましょう。」
「で、でも…私、あの……」
いきなり、そんなシチュエーションを演出されても…。まだ、友雅と向き合う心構えさえ出来てないのに。
ましてや半信半疑とは言えど、どんな展開が待っているかも分からない。
嬉しい未来か、それとも切ない未来か。どちらにしても、今こうして彼のことを思い出すだけで鼓動が早まるのに、本人と向き合ったら…どうなってしまうだろう。
「大丈夫ですわ、神子様。寺には母もおりますし、私がお供致します。お二人きりでは息苦しいこともありますでしょう。邪魔にならぬように、お側にお付き致しますので。」
落ち着かせるように、柚芽が穏やかに微笑んであかねの背中を撫でた。
だけど、それでも……乱れた心は落ち着かない。
恋い焦がれた想いの行き場が見つからず、行き先に待つものさえも分からない。
+++++
朝だというのに、妙に薄暗いなと感じていたが、瞬く間に天から降り注ぐ雨の糸が激しさを増し、乾いた庭の土壌をあっという間に湿らせて行く。
土の色を濃く染めてゆき、木々の葉には滴る雫が勢いよく弾き飛ばされている。
久しぶりの雨だ。しかもかなり強い。
これまで、やれ穢れだ、雨乞いだと御霊会も兼ねて騒がしかったが、これなら京の町を少しは潤してくれるだろう。
だが、この胸の中だけは乾いたままだ。
釣殿から手を伸ばし、降りしきる雨で指先を濡らしてみるが、伝わって来るのは冷たさだけ。 欲しいのは、こんなものじゃない。
ただ一つ、永遠に続くぬくもりが欲しいと思う。
通りすがりで変わりゆく温度ではなくて、ずっとこのまま感じられるものが、今は恋しい。それを持つのは、この世でただ1人。彼女だけだ。
「本日は、如何なさいますか。生憎と雨が激しいようですが、お出かけになられますか?」
雨に煙る外の景色を眺めている友雅に、侍女の一人が尋ねた。
「…いや、今日はよそう。明日は何かと気を揉むことがあるからね。今日は一日、静かに過ごした方がよさそうだ」
特に迫られた用事があるわけでもない。
これまでならば、雨が降ろうが土御門家へ出向くことも多かったが、それも今はままならない。
それに、明日は柚芽との約束がある。
明日………胸に抱き続けた想いを、彼女の前で紐解くことになる。
言わなくてはならないことは一言だけだが、それだけではきっと本心は伝えきれないだろう。
今日一日で、明日までに、気持ちの整理を付けられるだろうか。
これまで彼女に抱いていた想いを、言葉という形に変えることが出来るだろうか。
雨の音は時間が経つに連れて、静かになってきている。止む気配はないが、物思いに耽るにはこれくらいの天気が丁度良い。
うっすらかかった靄が、庭全体を包む白い花の香りを引き立たせる。いつもより、芳香が高い。
花の時期はそろそろ盛りを過ぎて、散り始めている木々も多い。辺りの土壌を雪景色のように変えているものもある。
ぼんやりと、何気なしに友雅はその花を眺めた。
………最後に見た、彼女の硬直した表情だけが脳裏に焼き付いている。
恋は決して、幸せだけを感じるものではない。
漠然とそんな風に考えて、それは決して間違いではなかったけれど、それだけじゃない何かがあることを、今になって身をもって知ることになるとは。
潮が言っていた。
"他人のことに熱心になるなんて、珍しいものだ"と。
確かに、今になって客観的に見てみても、今までの自分ならそんなことはしなかっただろう。
不自然なことが、自然になる。無意識のうちに、当然の如く彼女のそばにいる自分がそこにいる。
走り出す彼女を追いかけていきたかった。だから、こうして気付けばいつも彼女の隣にいた。
本能が求めていたのだろう。彼女と一緒にいたいと。それだけで、理由は十分だ。
改めて考えてみると、意外にもそれはシンプルで分かりやすい。
一度自覚してしまうと、"恋”というものは素直なものだ。
理解するまでの道のりが面倒だが、そのあとの流れは簡単な方程式で出来ている
想いを伝えるか、それとも閉じ込めたままで押し切るか。
選ぶのは自分自身だけれど、走りだしてしまった以上は止まることは出来ない。
この手は、彼女の心を掴もうとしている。そのためには……今度こそ確実に彼女との距離を狭めたい。間違いを二度繰り返すことは出来ない。
初めて抱いた想いを伝えるのと同時に、それが真情であることを彼女に伝えることも重要である。
本当に、初めての恋なのだ。
それを教えてくれたのは、貴女なのだ。
………ため息が出る。
言いたいことは決まっても、いざとなると不思議に怖じ気づきそうだ。
これでも結構動じないタイプだと自負していたのだが、ここにきて"恋”というものに脅かされることになるとは、思わず苦笑いが浮かんでしまう。
「……柄にもなく、緊張してしまいそうだな」
"あとは、その時になってから考えればいい"
繰り返し、何度も言われては,そのたびに反芻した言葉をもう一度繰り返す。
改めて、彼女の顔を見て向き合って、そして………その時に、何と言えるだろう?
どんな言葉が出てくるだろう?
------------雨が、また少し強く降り出していた。
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