恋愛論理

 第25話 (2)
「神子様の心中はお察し致します。さぞかし複雑でいらっしゃるかと。そりゃあそうですわね。本気でお付き合いされていないのに関わらず、流れてくる噂はとめどない…。これではどんなに真剣な事を口にしたところで、信用なんて出来るわけがございません。」
彼の屋敷で、散々問いつめたことだ。すべて日頃の行いが物を言う。
過去はどうあがいても、変えることは出来ない。だからこそ、これからの展開は手強い。

「でも、殿方というものは……私達のような女とは違います。それは、私が以前お話し致しましたね?」
次に、代わって話したのは潮だった。
彼女の寺で潮と二人で話したときのこと。恋について、男と女について。
ほんの少しの時間だったが、彼女と話した内容は奥深くて、それでいてこんな時代に生きている彼女たちでさえも、一人の男に一生愛し愛されることを願っていると知った。

「あの時、私はこんなことをお話ししたかと思います。『殿方達は本当の恋を知らない』と。それは、友雅殿も同じことです。」
夜更けに出会い、彼誰時に別れるだけの女性と時を過ごす。一人の女性を、一生愛し続けることを知らない男達。
家柄や血筋にこだわり続け、しがらみの中で生きることに慣れてしまい、一人の女性と向かい合うことの意味を知らない多くの男達。
それがどれほど寂しいものか、それさえも気付かない彼らを、哀れだとは思わないだろうか。
「勿論、恋をするということは、良いことばかりではありませんけれどね」

今になって分かる、恋というものの複雑さ。
初めて自分が恋をして、そして気付いたことがある。
あかね自身が抱いていた理想も、友雅に言われた恋というものの難しさも、どちらも正しいことだったということ。
抱いた恋心は片想いであったとしても、胸がほんのりと暖かくなる。だけど、相手の気持ちが分からないことで、不安は募る。
自分をどう思っているか、知りたいとういう欲求の裏側で、その答えを聞くことを恐れている。

こちらの温度とあちらの温度の差が、怖くて聞き出せない。そしてそのまま、切ない思いを抱いて日々を過ごす。
壁に塞がれて、後ろを振り返る。それでもその壁の向こうが気になって、後戻りが出来ないままの立ち往生。

「……恋をするのって…こんなに息苦しいものなのかって…今まで気付きませんでした…」
乱れた心音が響く胸を押さえて、あかねは深くて重い言葉をつぶやいた。
だから、思い出すだけで身体が震えてくる。あの日のことを、思い出すだけで。
特別な儀式だと思っていたのに、もしかしたら彼にとってはたいしたことがないことかもしれなくて。
いつもの、遊びの延長みたいなものかもしれなくて、自分が戸惑うのを楽しんでいるだけのことかもしれなくて。

感覚が違いすぎる。温度差がありすぎる。
否応でもそれを感じてしまう後に、必ず浮かぶ切なさ。
相手の行動を受け流す余裕がない。過剰なくらい、それらをそのまま受け止めてしまうから、こうして胸が落ち着かなくなる。
「やっぱり私、子供だったんだって…そう思い知らされちゃいました…。ホント…友雅さんが言ってたこと、今になって実感します…。」
恋に憧れていた頃は、いろいろな理想や夢を描いていた。
誰かに恋をすることで生まれる、甘い気持ちや華やかな気持ち。好きな人と心を通じ合うことが出来たら、世界中で一番幸せになれる。
そんな日がいつか来たらいいだろう…と、少女らしい夢を描いていた頃。

でも、恋はそんな甘いものじゃない。
相手に歩み寄るために、どれだけ苦しくて切ない想いをしなくてはならないか。
そして------あきらかに価値観が違うのだ、と実感したときに生まれる、一抹の空しさが胸に痛い。

「ですが、神子様…。神子様は、まだお若いでしょう?恋の複雑さなど、分からなくて当然なのです。それについては、あまり深くお考えにならなくて結構ですよ」
すっかりうなだれたあかねを見て、潮が優しい声をかけながら肩に手を添えた。
初めての恋なのだから、仕方がない。誰だって、恋に夢を抱きたい。
ただ、相手が少々手強いから…上手い具合に理解し合えないだけで。

「神子様、あの時に私がお話しした中で、他に思い出されることがございませんか?」
肩から背中にそっと移動させた手で、あかねの身体を支えるようにしながら、潮が横から顔を覗き込む。
-----伽羅の香りだろうか。香というよりも、おそらく日々の勤めとして仏前で焚く線香の香りに似ている。彼女からは、そんな香りがする。
「神子様なら、友雅殿に本当の恋を教えて差し上げられるかもしれない、と。そうお話ししたこと、覚えておりませんか?」
うつむいた顔を、あかねはゆっくりと上げる。
少し潤みかけた瞳で、潮の顔をじっと見ながら記憶を紐解いていく。


あの日、潮から突然そんなことを言われて…戸惑いを隠せなかった。そんなのは、ただの冗談だと思っていたし、今でもそれは変わらない。
だって…あまりに違いすぎる。何もかもが、根本的なところから違うのだから、彼に歩み寄ることなんて出来るわけがないと実感していたのに。

「そんなこと…あるわけないじゃないですか!今言った通り、私と友雅さんとは全然何もかも違うし、考えてることだって違うし。私は……友雅さんみたいに、大人の目を持ってない…」
せめて、恋に対して大人の価値観があれば、あと一歩くらいは近づけたかもしれないけれど。その一番大切なところが、あまりに差が開いてしまっている。
近づきたいのに、近づいたあとが怖くて。突き放される瞬間を恐れて踏み込めない自分には、彼のようにすり抜けるだけの駆け引きなんて到底出来ない。


「大人である必要は、ないのですよ」
潮があかねの両肩をそっと掴んで、至近距離まで顔を近づけてそう言った。
「無理に大人だなんて自覚をしてしまうと、気付いた時には大変なことになってしまったりするのですよ。ねえ、柚芽?」
振り向いてみると、そこには柚芽がいた。よく似た微笑みを浮かべながら、彼女ははっきりとした口調で答える。
「そうでございますよ。きぬぎぬの関係を知っているからと言って、『恋』を理解しているかなんて大間違いでございます。そもそも、『恋』故の関係ではないのですからね」

今更、これまでの友雅の過去を弁護するつもりはない。既に、そんなことは誰もが周知の事実だ。
しかし、そんな彼が今どんな状態にあるのか。その現実をあかねにだけは伝えなくてはならない。
「自分は理解しているのだ、なんて高を括るから問題を引き起こしてしまうのですよ。あの方が、良い例ですものね。」
迷うのは、あかねも友雅も同じこと。目の前にある初めての心の乱れに、どうしようもなくなっている。
「どうして良いか、分からなかったのでしょう。想いだけが先行してしまって…だから、ついあんな行動に出てしまったんでしょうねえ。少々行き過ぎかと思いますけれど。」
そう潮が言うと、少し声を強くして柚芽が言った。
「勿論それは当然ですわ。神子様はこんなに純粋な思いを募らせていらっしゃるというのに、突然あのようなことをされては…。お可哀想に、神子様は随分と戸惑われておりましたもの。」
声が、身体が震えて止まらなくて、彼を思い描くもの全てに敏感になって。
そのたびに記憶が波のように打ち寄せてきて、あの瞬間と同じようにパニックに陥ってしまう。
何度も繰り返す、そんな状況。
偲ぶ心があってこそ、胸が早まって止まらない…何度も、その記憶が消えるまで、それは続く。

「そうですわね…。そういうことは、てんで不器用なのですわねえ…。これではどれだけ本気で想いを抱かれても、神子様に伝わるわけなどありませんのに。」
ためいきが、潮の口からこぼれた。
「ねえ、神子様?」
語りかけられて、あかねは一瞬何を言われているか分からず、ぽかんとして潮の顔を見た。
「からかわれてるだけだと、そう思っていらしたでしょう?」
……話の整理がつかない。
今、潮は何を自分に伝えようとして、こちらを見ているのか。
からかわれているだけかと……?それは、まあ勿論確かに……彼なら、いつものようにそんな気持ちで、気軽にやったことかもしれない、けれど。

「いつもお戯ればかり繰り返しているから、そんな方だという印象を与えてしまうのですよ。まずはその印象を変えなくてはねえ…。どんなに真剣な想いも無駄になるだけですのに」
次にためいきをついたのは、柚芽の方だった。
困ったような、呆れたような顔で頭を抱え、まるで手を焼く子供をあしらうかのような表情をする。
すると、再び潮があかねを見て言った。
「代わって私がお詫び致しますわ。あのような粗相を致しまして、申し訳御座いませんでした。ですが、決して悪気ではなかったことだけは、ご理解下さいね。すべて、募る思いに惑わされた上でのことでございますから。」


……何?今、何と言った?

「ちょ、ちょっと待って下さい!…潮さん、柚芽さん……あ、あの……」
二人の顔を交互に見ながら身を乗り出したあかねは、あきらかに戸惑う気を全身から発している。
おどおどして、言葉も上手くつながらない。視線は揺らいで、早る彼女の動悸まで聞こえてきそうだ。
「神子様のお心を乱してしまいましたが……それもあの方の本心が動かしたものだと、それだけはご理解頂けると嬉しいのですが」
柚芽のあとに潮がそう言ったが、おそらくあかねにはどちらが会話しているのかも、もう判断できないであろう。
話している誰かが重要なのではなくて、告げられたその言葉の意味が重要なのだ。

「ま、待って下さい。言ってることの意味が………」
把握できない。そんな馬鹿なこと、あり得ないのだ。
絶対にそんなことが、起こるはずがない。ただ、自分が都合良く受け取ってしまっただけで、きっと本当の意味は違うはずなのだ。
だが、あかねの戸惑いを払拭するように、聞き逃すことが出来ないほどはっきりと、しっかりと柚芽が告げる。


「本心での、行動です。友雅殿の、戯れではない、本当のお心故の行動です」


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Megumi,Ka

suga