恋愛論理

 第24話 (2)
「そういうことに関しては、自分も十分理解していると思っていたのだけれど、いざ当事者になってみると…何も分かっていなかったと自覚してしまうね。」
あざ笑うしかない、自分の姿がそこにある。これまで通り抜けた男と女の戯れ事は、何にもならない全くの無意味。
真実を経験しなければ、ただの素人同然、年端の行かない子供と同じ。
三十と少しの年月を生きていたとしても、まだまだ知らないことはこの世には溢れている。
-------きっと、彼女に会わなければ、一生知ることはなかったかもしれない。

「相手のお気持ちさえも分からぬままに、突然にそんな粗相をされても、戸惑うばかりなのですよ?。おわかりですか?」
一つ一つ、丁寧に話す柚芽の言葉は詩紋の中にも染みこむ。
彼女はそして、にっこりと満面の笑顔で言葉を付け足した。
「ましてや、相手が友雅殿ですもの。」
自信満々の顔で、彼女はそう告げる。
「これまで、どれほど浮き名を流してこられたか、ご自分で覚えていらっしゃいます?お世辞にも、品行方正だなんて…ご自分でも思ってはおりませんでしょう?」
「そりゃあね。自慢出来る事はしていないね。取り繕ったところで、せいぜい"偽君子"って感じかな」
"よくお分かりで"-----そう答えた柚芽の笑顔は、少しだけ意地悪に見えなくもなかった。

「 でしたら、私の申し上げたい事は、お分かりですわね。友雅殿が本心の上での行いでも、他の方にとってはほんの気まぐれの…悪戯の延長…と思われても仕方がないとは思いません?」
これまた随分と手厳しい言葉だな、と正直少し友雅には応えた。
よくも次々に、こちらの反論できない言葉ばかりを投げかけてくるものだと感心する。
そういえば、そんな機転の早さは、彼女の母である潮にそっくりだ。
「弁解できる余地はないか…。真剣に付き合った事がないからこそ、こんな状態に陥っているんだからね…」
だから、気付かなかったのだ。この、心の中に芽生えた感情の変化に。
これまでにもゆっくりと着実に、想いが成長していくものだなんて知らなかったのだ。
「本当に、仕様のない御方ですわねえ…」
優しげな柚芽の声が、呆れたようなため息とともにこぼれた。

「もうお気持ちを自覚していらっしゃるのなら、まずはそれを神子様に直接お伝えすることですわね」
柚芽はそう言うけれど、それがなかなか難しいものなのだ。
意識し始めると妙に胸が騒いで、正面から向き合うと相手の瞳の力に惑わされるように心が早まって、心身のバランスが崩れ始める。
その先にあるのが、今回の事例なわけで。
「みっともないとは思うが、何となくきっかけが掴めなくてね。さっき君が言ったように…今更真面目な顔してそんなことを言っても、本気に取ってもらえるかどうか…」
やけに逃げ腰になって、そんなことを考えてしまう。
次から次へ、こんなことばっかりだ。本気の恋なんてするもんじゃない、と思う。本当に面倒くさい。

でも、もう戻れなくなっている。どうにかしないと、答えは出ない。それは十分に分かっていることなのだが。
例えば--------柚芽の顔を見る。
そう、例えば豊矩のような、真面目で誠実で、彼女を---柚芽一人を愛し続ける想いを抱く、そんな男だったら、同じようなことをしても周囲の反応は違ったかもしれないと思う。
結局は、自分をこういう人間にした責任は、自分の行動から生ずるもので。
悔やんでも仕方ないくせに、今になって少しは真面目にしていれば…なんて、どうしようもないことを少し考えたりして。
大の大人の男が考えるようなことではないな、と笑ってしまう。
「友雅殿とあろう御方が、そんな状態でどう致しますの?かりにも、地の白虎とあろう御方が」
夏の光を閉じこめた、涼しい風が静かに駆け抜ける。
心地良く清々しい季節の香りに乗せて、時間の中を通り過ぎていく。


「あ、あの…友雅さん、ちょっと良いですか?」
これまで無言のまま、柚芽の隣に座っていた詩紋が、やっと切り出すタイミングを見つけて友雅に話しかけた。
「あの…昨日、友雅さんが帰ったあとで、泰明さんが気になることを言ってたのを思い出して……」
今、柚芽が言った言葉を聞いて、詩紋は泰明の発言を思い出した。
それは………友雅の背後に、白虎の気がないということ。
「つまり、龍神と白虎にも見限られたっていう、そういうことだろうかね」
「いえ、そうじゃないんです。泰明さんが言っていた意味は、そうじゃなくて………白虎の気を隠してしまっている、もっと強い気があるからだって、そう言っていたんです」
そう、その強い気こそ、それこそが………。
「邪念と言う人もいるかもしれないけど…僕は、それが"恋"という気だって、そう思うんです。」

友雅は詩紋の顔をしげしげと眺め、彼の声に耳を傾けた。
「詩紋は…八葉の中で一番若いというのに、随分としっかりした大人のような目を持っているね。」
「えっ…」
思わず詩紋は、驚いた顔をして青い瞳を友雅に向ける。
冗談でも、そんなことを言われたことなんて一度もないのに。誰よりも未熟で、何の役にも立たないような人間だと思っていたのに。
「いや、冗談抜きでね。本当に感心するよ。私なんか、ただ年だけ取っているだけで、もしかしたら君よりもずっと子供かもしれないって、そう感じるよ。」
重ねて友雅は、そう言った。勿論、それは本心だ。
自分なんかよりもずっと、詩紋の方が"恋"というものを理解している。
しかも、冷静に判断できている。それだけで、自分よりずっと大人だ…と思って間違いないじゃないか。


「友雅さん、僕は…僕みたいな子供が頼める資格なんかないと思うけれど…でも、友雅さんに、その気持ちをあかねちゃんに伝えて欲しいって、そう思います。」
金色の髪と澄んだ石清水のような瞳が、友雅を真っ直ぐ見つめている。
そして、彼に付き添うように、もう一つの瞳が揃って彼を見ていた。
柚芽の目だ。
「二人揃って、大の大人を追い詰めるつもりかい?」
「いいえ。そんなことは致しませんわ。第一、恋に関しては、まだ友雅殿は子供同然なのでございましょう?」
さらっと当然のように、何の迷いもなく口にする柚芽の台詞。
「でしたら、嗾けるくらいのことをしなくては、いつまで経っても進展しそうにないですもの。ねえ?詩紋殿?」
詩紋の顔を見て、にっこりと言ってのける。詩紋は少々返答に困っている様子だが、言われた友雅本人は思わず笑い声を上げた。
「ここまで言われるなんてねえ……。本当に、我ながら情けない男だよ」


-------- 『そろそろ、貴方も本当の恋に向き合っては如何?』

潮に言われた言葉が、心の底から沸き上がってくる。
巡り会えたのが運命であるのなら、その運命に"恋"をする意味が含まれているのなら、それこそが本当の恋。
戸惑い、そして混乱することの繰り返しだけれど、この胸に抱き始めた想いは……初めて経験する暖かさ。
手放したくはない。心から、そう思い始めた。初めて、そんな風に考えることが出来た。
このまま、永遠というものを信じたいと………思った。
「私も、ずっとこのままでいいなんて、思ってはいないよ」
その言葉は、驚くくらい素直に声になった。

「ただ、君達の言うように私はこういうことに関しては、子供並みの思考回路しか持ち合わせていなくてね。問題なく心を伝えるには、どうすればいいのか分からなくてね。」
今更そんなことで悩むのもおかしな話だが、真剣になればなるほどに慎重になってしまう。
出来れば失敗だけは避けたい。結果がどうあれど、今回のように想いを疑われたくはない。
本心だけを……伝えたいのだ。

「仕方がありませんわねえ。でも、私どもの仲を取り持って頂いたお礼もございますし。ここは御膳立てをいたしましょうか」
柚芽は、微笑みながら言った。
口には出さないが、勿論それは既に手配済みだ。あかねの方は、豊矩が上手く事を進めてくれているだろう。勿論、天真や頼久も一緒に。
「良い機会を、友雅殿と神子様にご提供致しますわ。」
「ふうん…で?もう少し詳しく段取りを教えてもらわないと、私もどうすることも出来ないけど」
「それは、追々お伝え致します。取り敢えず……明後日、私の母の寺に出向いて頂けません?」
潮の寺に出向く…とは、そこに何が待っているというのだろう。
もしかして、彼女とそこで引き合わせようという魂胆か。
「そこで、何をしろと?」
「それは友雅殿にお任せ致します」
拍子抜けしそうな、簡単な答えに友雅は言葉を失った。
場所だけを用意して、あとはこちら任せというのか。恋に関しては赤子同然の自分に出来ることなんて、何一つ思いつかないというのに。
一瞬戸惑いを見せた友雅に、柚芽ははっきりと告げた。

「友雅殿のお心にお任せ致しますわ。神子様に、素直に想いをお伝えすればいいではありませんか。それだけでよろしいのですよ。」
「そのきっかけをどう作ればいいか、それで迷っているんだけどねえ…」
彼女と向かい合って、そして想いを伝えるだけのことだけれど、タイミングを間違えたら全てを水の泡にしそうだ。まるで今回みたいに。

「最初から、あまり考えすぎない方がよろしいかもしれませんわよ?予想外のことは突然に起こるものですもの。余計なことは考えずに、あとはその時になってからで良いのではないかと思いますが?」
聞き覚えのある言葉だな、と記憶を辿った。
ああ、そうだ、潮にも同じ事を言われたのだ。"素直に向き合えば良い"と。"後は、その時になってから考えればいい"と。
つまり、それは『素直に向き合えば、何かしら答えが着いてくる』ということ。

「そろそろ、覚悟を決めなくてはいけない時期かもしれないね……」
言いたいことは溢れるくらいあるけれど、最終的に辿り着くのは、簡単な一言だけだ。でも、それを伝えるのが一番の難関。
たった一言。----------君が、好きだ、と。
それ以外に、胸に潜む言葉は存在しない。

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Megumi,Ka

suga