恋愛論理

 第23話 (3)
いくら何でもこれ以上、のんびりと屋敷の中で過ごしているわけにはいかない。
もう二日、外に出ていない。いくら京が落ち着いているとしても、いつどんなことが起こるか分からないというのに、限られた時間を無駄にするなんて、それこそ神子のやることじゃないと言われそうだ。

藤姫は少し怪訝そうな顔をしているが、おそらく自分の容態を気にしているのだろう。いつまでもこんな調子じゃいられない。
「おはよう、藤姫。今朝は誰か来てる?」
いつもの調子で。そう、何でもないように振る舞って、元気に努めて。
「あ、おはようございます…神子様。あの…今朝はもうお身体の方は?」
「うん、もう大丈夫!二日も休んだら力がみなぎっちゃって困るくらい元気になっちゃった!これなら、一日中歩き回っても平気かも!」
細い腕をまくりあげて、力をアピールするように笑ってガッツポーズをしてみる。
少し空元気が隠せないけれども、こんな風にするしか藤姫に元気な姿を見せつける方法がない。
「今朝はまだ、どなたもお越しになられておりません。まだ、朝餉の時間でございますから、もうしばらく経ってからでしたら、どなたかお迎えにいらっしゃるかもしれませんよ」
粥の用意をしていた柚芽が、あかねの姿を見てそう言った。

柚芽の様子は、いつもと同じ。
昨日、すべて彼女に打ち明けてしまったけれど…これと言って普段と全く変わらないように見える。
もう彼女には、何も隠すことはない。
友雅との間に起こったことも、その時どんな風に感じたかということも、恋をしている友達という立場ですべて打ち明けた。
彼女だけが知っている。あかねの、本当の心を。

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結局その日に土御門家を訪れたのは、誰一人としていなかった。
そのため、必然的に屋敷にいる者が付き添うことになる。白刃の矢が立ったのは、天真と頼久の青龍二人である。
「それじゃ、行って来るね」
入り口まで見送りに出てくれた柚芽と藤姫を残して、あかねは背を向けて外へと出て行った。
軽く、柚芽が会釈をする。
それは、あかねの向こうにいる頼久と天真に向けてのことだった。


「では、私も後ほど出掛けて参ります。」
二人だけになったあと、藤姫に柚芽が言った。
「承知致しました。ですが……本当に、そのようなことで収拾が着くのでしょうか?」
藤姫は未だに疑問符を消せずにいるが、柚芽の方は妙に自信満々で晴れやかな表情をしている。
「必ず、全て丸く収まりますよう、努力致します。すべては神子様のため、でございますもの」
それを言われると藤姫も納得せざるを得ないのだが。

「ご同行は詩紋殿に?」
「はい。詩紋殿にもご説明させて頂き、ご了解を得ております。そして、あちらに関しては豊矩様にお願いを。」
「豊矩に?」
柚芽はしとやかにうなづいた。
「豊矩様でしたら、必ずやお力になって頂けると信じておりますので。」
そう答えた彼女の微笑みは、夏の風のように爽やかな表情だった。
あかねたちが試行錯誤の上に、結びつけた二人の行く末は、意外にも早く良い形での幕が下りるのかもしれない。
藤姫は、ふとそんなことを柚芽の笑顔の中に感じた。

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「えーと、確かここのお寺だったっけ?」
あかねがまず訪れたのは、詩紋に頼まれた寺院へ札を届けに行くことだった。
八葉が神子に使いを頼むなど普通なら考えられないことだが、これに関してはそんな主従関係はなく、ただの友達同士での話の末に生まれたことだ。
「それじゃ、ちょっと届けてくるから待っててね」
頼久たちにそう告げて、あかねは本堂の中へ進んで行った。

取り残された、男二人。
今日は少し雲が出ているが、その間には清々しい青空も覗ける。今日も雨の心配はなさそうだ。
「……頼久は、どーすんだよ」
頭を掻きながら、木陰で日差しを避けている天真が言う。
「仕方が無かろう。藤姫殿を通されて申されたこと。私は鬼との関わり以前に、神子殿のお心に沿うことが役目でもある。」
「だからって、おまえ分かってる?相手は、アイツだぜ?よりにもよってさ!」
そう言われると、頼久の方も不安がないとは言えない。
しかし、あれだけ藤姫や柚芽達に懇願されては、断るための言葉など見つからない。ましてや、そこにあかねの本心が隠されているとしたら、頼久にとっては尚更だ。
「だけどよ〜……」
天真は頭を掻きむしる。複雑な感情は、なかなか治まらない。

「おまたせ。用事終わったよ」
本堂から戻って来たあかねは、二人の困惑など気付く気配もなさそうだ。

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牛車はゆっくりと、彼の屋敷に向けて歩みを進めていた。
中には柚芽と、詩紋の二人。普通なら、滅多に見ない顔ぶれに従者たちも不思議そうな顔をしていた。
「柚芽さん、友雅さんに何か用事があるんですか?」
「ええ。詩紋殿も神子様と友雅殿の間に、どんなことがお有りになったか…ご存知でらっしゃいますでしょう?あれ以来、神子様はわざと友雅殿の事をお考えにならないように、努めてらっしゃるご様子。それに、これまでほぼ毎日のように顔を出されていた友雅殿も、今日は物忌みでもないのにお顔を見せないとなれば、おそらく同じようなことをお考えになっているのかと」
というか、合わせる顔が無い、というのが正しいかもしれない。友雅の場合は。

「でも、だからって友雅さんの家に言って…どうするんですか?」
「それは、きちんと申し上げることは申し上げておかねばなりませんでしょう?」
にっこりと、柚芽は笑って詩紋の問いに答えた。
柚芽はそれ以上詳しい事は説明しなかったが、何かそれなりの理由があってのことらしい、というのは何となく詩紋は気付いた。
一体彼女が友雅に、何を言う為に彼の屋敷を訪れるのか。何故、自分が同行しなくてはならないのか。
まだまだ不明瞭なことは多いけれど、あかねと友雅のためであることは間違いないだろうし。
そうなれば、こうして柚芽と一緒に出掛けるのも問題はないと思うのだが。


「いらっしゃいませ。確か、以前神子様とご一緒においでになられた、地の朱雀の御方でいらっしゃいますね?」
友雅の屋敷にやって来たとたん、入口で詩紋を見て侍女が開口一番にそう言ったので、言われた詩紋の方が驚いた。
この容姿だから、否応でも印象に残ってしまうと自覚はしているけれど、地の朱雀と最初から言われたのは初めてだったからだ。
「突然にお邪魔致しまして、大変申し訳ございません。私は土御門家の侍女、柚芽と申す者でございます。御主人様に、そうお伝え下さればお分かりになられると思います」
はっきりときっぱりと柚芽がそう告げたので、侍女達は返ってこちらから何かを問う雰囲気も作れず、そのまま奥へと下がって行った。
隣にいた詩紋は、柚芽の上品かつ凛とした立ち振る舞いに、思わず圧倒されそうになった。

それから数分後、さっき入口で出迎えてくれた侍女が戻って来た。
「お待たせ致しました。奥のお部屋で、主がお待ちになっております。どうぞお上がり下さいませ。」
彼女たちに丁寧に会釈をしながら、袿の裾をたくし上げて屋敷へと上がる柚芽の姿は、まるでどこぞの姫君と大差ない風貌だな、と詩紋は思いながらその後を着いて行った。


「随分と奇妙な取り合わせでの、ご来訪だねえ」
池を臨む奥座敷に通された詩紋たちを出迎えたのは、屋敷の主である友雅だった。
階下の水音と、庭を彩る一面の白い橘の花。風に乗って漂うのは、その甘い花の香り。
「私では役不足かと思われますが、どこぞの殿方のご無礼のせいで、神子様はこちらにはおいでになることは少々無理かと思いまして。」
にこにこと微笑みながら、その毒の利いた遠回しの言葉に、隣の詩紋ははっとする。
慌てて友雅の様子を伺うと、柚芽の言葉に少し驚いたようだったが、すぐにそれを苦笑いで返した。
「そうかもしれないね。この屋敷には曲者が棲み着いているようだから、神子殿には居心地が悪かろう。」
否定をせず、彼はそう答えた。


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Megumi,Ka

suga