「実は泰明殿がお見えになられまして、少将殿とお話しされ…………」
豊矩は、取り敢えず彼女があかねに着いている間、こちらで繰り広げられていた顛末を説明することにした。
泰明の発言により、それまで止まっていた話題の流れが、一気に動き出したこと。
そしてその中で、友雅がどんなことを考えていたのか…明らかになったこと。
「つまり、その…頼久が言っていた曲者というのは…」
「ええ、それは承知しております。友雅殿、ご自身のことをおっしゃっておられたのですね?神子様に対して、粗相をされたという意味で」
どうやら、柚芽もそれに関しては知っているらしい。おそらく、あかねと話している時に、本人から聞き出すことが出来たのだろう。
「少将殿も、ご自分のされたことについては、戸惑われているご様子で。ですが、その…決して不埒な感情でのことではないと…」
「当然です。神子様にそんな態度を取るのならば、それこそ大問題です。八葉失格です。」
きっぱり、と柚芽が言ったので、思わず失言したかとドキッとした豊矩だったが、まあそんなことで食って掛かるような女性ではない、と充分に分かっている。
確かに気まぐれや遊び半分で、あかねの心を乱すつもりだったとしたら、自分もじっとはしていられないし、それこそ頼久がどんな行動に出るか分からない。
「神子様は…友雅殿をお慕いしておられるのです…。他の方以上に、あの方への接し方は過敏になられているのです。そんな時に、突然友雅殿にあんなことをされては、気が動転するのも当然のことですわ」
全く持って、それは同感で。
豊矩自身、柚芽とこうして一対一で向かい合えるまで、どれほど彼女を意識していたか知れない。
「ですが友雅殿も…初めてこのような経験をされたようで、正直なところ右往左往されているご様子。特に、あちらは神子殿でいらっしゃるが故、八葉としてのご自分の立場も手伝い、複雑な心境に悩まされているとお見受け致しました」
「…そうですか、やはり」
再び、柚芽が深い溜め息をついた。
「全く困った御方…」
あの友雅が恋をしたことがないなんて、どこの誰が信じるだろう?
それほどに華やかな話題の耐えない男が、恋のひとつも未経験だなんて。
散々浮き名を流し、そしてようやく辿り着いた初めての恋。それに戸惑う彼の姿を、誰も思い浮かべる事など出来ないに違いない。
「物事には順番というものがあるのを、お忘れになってらっしゃるのね。それさえ間違えなければ、何も問題ないというのに………」
友雅に惹かれているあかねと、あかねに初めての恋をした友雅と。
それは、龍神が引き寄せた偶然の出会い。そして、それは思いも寄らない方向へと傾き初めて居る。
お互いに惹かれ合っているのに、軌道修正が上手く出来ない。
初めて経験する恋の道に迷った二人は、未だに一本の道に出られずにいるのだろう。
「致し方ないですね……」
少し疲れたような声で、柚芽が言った。そして、背筋を伸ばしたかと思うと、向きを変えて豊矩を真っすぐ見た。
「豊矩様に、是非お力になって頂きたいのですが」
「は、わ、私が出来ることなら!」
柚芽に頼まれることならば、どんなことでも引き受けない訳が無い。例え無理難題だとしても、その険しさを超える心意気だけは充分兼ね備えている、と自負している。
しかし、そんな無茶なことを彼女のが言い出すわけもなく、いつものように優しい笑顔を浮かべる。
「お二人のお心が通じ合えるよう、何か策を立てたいと思うのですが、如何でしょう?」
「少将殿と…神子殿の、ですか?」
こくり、と微笑みながら柚芽はうなづいた。
「神子様はともかくとして、あの友雅殿は…今後こんな機会が訪れるかどうかも微妙なところ。どうせならば、一世一代の恋にして差し上げるのも良いのではないかと思いますのよ」
よく考えてみると、結構手厳しいことを言っているように聞こえるが。
まあでも、せっかく巡り巡ってきた機会だ。これを無駄にしては友雅が気の毒と思えないこともない。
「それに、神子様にとっても……。私に、恋する機会を与えて下さった方ですもの。感謝の意味を込めて、今度は神子様にも幸せな恋を経験して頂きたいのです」
静かにそっと目を伏せて、柚芽が言ったその言葉に、豊矩の胸が激しく高鳴った。
柚芽に抱いた恋心を、伝えるために苦肉の策を重ねてくれた二人。
時にはお互いが向かい合えるチャンスを、そして時には足踏みしているだけの自分を、後ろから思い切って押し出してくれた。
それがあったからこそ、こうして今のように彼女を見ることが出来る。言葉を交わして、お互いのことを話し合える。
距離が狭められたのはすべて、二人がいたからだ。
柚芽だけではない。豊矩にとっても、恋する機会を与えてくれた……自分にとって大切な二人に違いない。
「私などの力が役立てられるのであれば、どんなことでもご相談下さい。」
「…頼もしいお言葉、嬉しゅうございます。きっぱりとお答え頂けるお姿、とても凛々しくて素敵ですのね」
その言葉とその笑顔に、一瞬豊矩は卒倒しそうになったが、何とか踏みとどまることが出来た。
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恋渡しをされた二人の方は、何とかあかねたちを引き合わせようと策を練っていたが、また他の場所では未だに困惑している面々が存在していた。
「詩紋殿、御待ち下さい。私には未だに状況が分かりかねます。もう一度、ご説明頂けませんか?」
藤姫の前に座っているのは、詩紋。そしてその背後に頼久・天真・イノリ、そして一応泰明もその場に腰を下ろしている。
「うーん、だからね…友雅さんがさっき言ってたのは、あかねちゃんのことが好きだって、そういう事でね……」
「それはおかしいですわ、詩紋殿。ならば何故、友雅殿は神子様がお部屋に閉じこもってしまわれるような、そんな事をされましたの?友雅殿が神子様に好意を持たれているのであれば、そのようなことをされるはずがないのでは?」
確かに藤姫の意見は正論なのだが。後ろの天真が頭を掻く。
しかし、その道理そのままに進まないのが、恋愛の難しいところというわけなんだが、さてそれをどうやって藤姫に説明すればいいのやら。
「まあ何て言うかさ、友雅もあんな調子だったし?だから自分で考えているのとは違った形で、魔が差したってことなんじゃん?」
イノリは知ったかぶった感じでフォローを投げかけたのだが、それらは直球でこちらに返って来た。
「魔が差したなんて!それは八葉としてのご自分のお立場を考えていないことが明確ではありませんか!そのようなことをなさる方に、神子様を御任せするなんて出来ませんわ!」
いやいや、藤姫の頑固さは半端じゃないな、と一同が溜め息をついた。
何せ彼女の中心はすべてあかね一人。あかねから笑顔を奪うものは、容赦なく敵対する。一途と言えば聞こえは良いが、融通が利かないのも少々困りものだ。
まあ……10才の彼女に男女の恋愛の複雑さを説いて、理解しろというのも無茶なことなのかもしれない。
天真や詩紋だって、他人にあれこれと言えるような経験はないのだし。
「藤姫、友雅は既に八葉の域を超えてしまっている」
黙ってそこに座っていた泰明が、やっと口を開いた。
「それは、どういう意味ですの?泰明殿」
「……既に、友雅の気は八葉の気から解き放たれている。あいつの後ろに、白虎の気は見えぬ。」
泰明の発言は、問題を引き起こした。
八葉の気がない八葉?地の白虎の背後にあるはずの、気が見えない?
それはつまり………。
「友雅殿は、八葉の資格を失ったと、つまりそういう事ですの!?」
だとしたら一大事だ。
神子を守るための八人の男。天地の四神の力を司り、それによって神子の身を守護するために存在する者は、8人揃わなくては無効力となってしまう。
「そういうわけではない。今はそれよりも強い邪念が友雅を包んでいるという意味でだ。」
「邪念って…あいつの邪念なんて、今更言うことでもねえような気がするんだけども」
天真が突っ込む。
「八葉という立場での邪念のことだ。それらが友雅から八葉の気を隠してしまっている。それ故に、今回のようなことが起こるのだ」
白虎の気までもを抑え込む、別の邪念から発せられる気。すべてはそこから始まった。
神子を神子として見る力が消える。神子を守るよりも別の想いが打ち勝ってしまう。彼女が一人の女性に見えて、特別な感情が芽生える。
それを、恋と呼ぶ人もいるだろう。
「ねえ藤姫。これまでの友雅さんのことを思えば、そう簡単に信じられないかもしれないけれど…でも、友雅さんがあかねちゃんに抱いてる気持ちって、本当のものだと思うよ。そうじゃなかったら、あんな風に隙を作る人じゃないと思うし、それだけ…あかねちゃんのことで頭がいっぱいなんじゃないかな」
いつものように振る舞えなくなるほど、誰かのことで気を取られてしまう。
その人のことしか考えられなくなり、他のことなど目に入らない。真剣になればなるほど、その症状は重症の一途を辿る。
「だから、そういうときって…自分でもわかんないような行動をしちゃったりするんじゃないかな…」
ただ、その人に近づきたい一心で。または、その想いを伝えたいという一心で。
時には行動が意識に伴わないこともあるに違いない。
「本当に…あの方が?そんな……」
さっきよりは少し理解してもらえたようだが、まだまだ半信半疑の藤姫。
数ヶ月前にやって来たばかりの詩紋や天真たちよりも、これまでの友雅の過去を知っている彼女であるから、それもまあ仕方がない。
あとは、気長に説明していくしかない。
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