恋愛論理

 第23話 (1)
合わせる顔がない、とはよく言ったものだけれど、正直なところは…そんなつもりはない。
今すぐにでも逢いたいと思うし、彼女の顔をひと目でも見たいと思う。
だけど、それが出来ない。自分の衝動が招いた、皮肉な現実。
自分の行動で自分が悩むなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

そんなことばかりが、繰り返されるのが"恋"だと言うのか。どれほどに、我が身を困惑させれば気が済むのだろう。
忌々しいと思いながら、捨てきれないこの心をどうすればいい?
答えが出るまでの間、あとどれくらいこんな状態が続くのだろう…。



「あの…少将殿、お待ち下さい!」
渡殿の真ん中で、遠い目をして立ち止まっていた友雅を、追いかけて来たのは豊矩だった。
「豊矩か。どうかしたかい?何か置き忘れたものでもあったかな…」
懐に手を差し込んでみたが、扇は折り畳んだまま中にあるし、それ以外に持ち物など思い当たらないが。
「いえ、あの…少将殿にお尋ねしたいことがありまして…」
「私にかい?こんな戯け者に、まともな答えが出来るだろうかね?」
日差しが眩しい。容赦ない、夏の光りが庭を照りつけている。
その明るさは、今の友雅にとっては少し鬱陶しい。こちらは悩みから解消されないでいるというのに。

「先程…泰明殿と話されていたことについてなのですが……」
まあ、大体何を聞かれるかは予想が付いていた。
思いがけなく聞かされた自分の想いに、さぞ他の面々も戸惑っただろう。
「ふん…。それが、どうかしたのかい」
そうあっさり聞き返されてしまうと、豊矩自身もなかなかうまく口が回らなくなる。

"本当に友雅殿は、神子殿をお慕いしておられるのですか?"
聞きたいことは、それ一つ。
あなたの心の戸惑いは、恋によるものなのか?そして、その戸惑いを与えたのは…彼女なのか?…と。
「少将殿は…その…神子殿を……」
本気で…あなたは彼女に恋をしているのか?


「豊矩こそ、どうなんだい?柚芽殿との間は進展したかい?」
「はっ?!」
友雅に尋ねようと追いかけて来たというのに、突然立場が一転した。いきなり今度は、こちらが尋ねられる側になってしまうとは。
「ようやく想いを通じ合えたのだから、もう気兼ねする事は無いだろう?柚芽殿の母上もまんざらではないご様子だ。人の手が付く前に、我がものにしてしまうことだね」
「そっ、そっ…そんな事はまだ…っ」
そんな事、見れば分かる。これだけ慎重に、それでいてしっかりと地場を固めて歩み寄った彼のことだ。彼女と心がひとつになったからと言って、衝動的に行動するなんてことはないだろう。

若い男ならば勢いに任せて、なんてこともあり得ると思っていたが…この男を見る限りでは誰もが若い感情を持て余しているわけではないらしい。
むしろ、年甲斐も無く自我を失う自分こそ、どうしようもない男に思えて来る。
「君が羨ましいよ。経験は浅そうだけれども、その分恋に対して純粋で…そして真っすぐで。君みたいだったら…過ちなど犯すことなどないだろうね」
本心かどうかは別として、友雅に羨ましいなんて言われるような覚えは無いのだが、と豊矩は思った。
階級にしろ交友関係にしろ、そして男としての甲斐性なるものに関しても……一介の武士である豊矩の方が勝ることなど、何も無い。
なのに、どういう根拠があって自分を羨ましいと言うのか。
「生半可に知ったかぶりしていただけで、本当は何も知らなかった、なんてね。笑い話にもならないと思わないかい?」
「少将殿…」

確かに男女の恋愛なんて、ろくに分かっていないと自分でも思う。
初めて自分が、その主人公となって気付く事は多く、それらがどんなに複雑で面倒なことかを、改めて知る。
それでも………忘れることの出来ない想いは、色濃く染まり行くのみ。そして、いつか鮮やかな色に染まるのを、ささやかながらに夢見る。
そんな夢を見る事の楽しさは、恋して初めて知る想いだ。

「男と女の関係なんて、恋する想いがなければ、ただの付き合いでしかないものだよ。」
枝垂れる藤の花が、風でゆらゆらと揺れる。しなやかだけど、少し不安定に。
まるで、誰かの心情を移しているように思えて来る。
「もっと若い頃に知っていれば、この年になって戸惑うこともなかっただろうがね。」
かすかな侍従の香りに乗せて、ぽつりと友雅がつぶやいた。

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不思議なものだ、と思う。
友雅の噂は絶え間なく京の街中に漂っていたものだが、そんな話とは正反対の顔が確かに、そこにあった。
"男と女の関係は、恋する想いがなければ、ただの付き合い"
彼の言った言葉が、豊矩の頭の中で何度も繰り返される。

恋する想いがあったとしたら…それはどんなものなんだろう。
そして彼の戸惑う原因は、その"恋"というもののせいなんだろうか。

「そちらにおられますのは…豊矩様でいらっしゃいますの?」
ぼんやりと庭を眺めていた豊矩は、その清らかな声にはっと我にかえって背筋を正した。
あかねの寝所に続く渡殿を通り、姿を現したのは紛れもなく柚芽だった。
「柚芽殿…あ、神子殿の処からお帰りですか」
「ええ、しばらくお話をしておりましたら落ち着かれたご様子で。少し横になりたいとおっしゃるので、部屋を後に致しましたの」
柚芽は豊矩の隣まで進むと、そこで立ち止まって同じように庭を見つめた。
百合重ねの衣の裾が、白い手首を隠し、沈香がかすかに香る。横顔はいつも穏やかな面持ちで、それでいて紅を差した唇は上品さを醸し出す。

「友雅殿は、おかえりになられました?」
豊矩は、はっとした。思わず、柚芽の横顔に見とれてしまっていた。
「あ、はい…つい先程。」
すると柚芽は、はあ…と深いためいきをついて、困ったように額へ手を当てた。
「全くあの方は、女性の心を乱すことばかり。困った殿方ですわね……」
足下に広がる池の水面は、日差しがこぼれ落ちてきらきらと輝く。そんな美しい光景とは裏腹に、柚芽の気持ちはいささか重い。

「女性の扱いには手慣れているように見せかけて、いざという時は全く順番など考えないで行動されるのだから…全く手に負えない方ですわ…」
一瞬柚芽の発言に驚いて、そして思わず口元が緩んだ。
柚芽の口振りでは、まるで友雅を子供のように表現しているように思える。
大の大人が、一回りも違う娘にそんな風に言われるとは。
しかも相手は、友雅だ。この京を探してみても、彼をこんな風に唱える若い娘なんているかどうか。そのギャップが、不謹慎とは思いつつも妙におかしかった。
まあ、幼い頃から彼と親交の有った彼女だからこそ、だろうが。

「やはり…あの方、本当に恋をしたのは、今回が初めてなのではないかしら?」
隣で口にした柚芽の言葉が、豊矩の琴線に触れた。
以前、半分冗談まがいに言ったことはあったけれど、こうなるとそれは更に真実味を帯びてくる。
「あれだけ、浮き名を流している方ですから、女性への接し方については問題はないのでしょうけれど。でも、改まった時となったら別ですものね?」
こちらを向いて、豊矩が相づちを打つのを期待するように、褐色の瞳を向けて来る。
その光に、また少し彼の鼓動が高鳴る。
「いや、あの…少将殿も…ご自分で随分と戸惑われてらしたようですし……」
思わずさっきの友雅の様子を思い出して、そう豊矩が答えると、彼女は少し表情を変えてこちらを見た。

「豊矩様、友雅殿とお話になられました?」
「あ、はあ…先程、お帰りになられる際に少し…」
そういえば、柚芽は泰明が来てからのこちらの状況は、一切知らないはずだ。
彼が見抜いたおかげで、友雅があかねにどんなことをしたのか、という真実と、それと同時に彼の本心が明るみに出たことを。
「何か、気になることをおっしゃっておりませんでした?」
柚芽が尋ねた。

気になることと言ったら………言い出したらきりがないほどだ。

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Megumi,Ka

suga