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恋愛論理
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| 第19話 (4) |
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「そういえば、いつでしたか…豊矩殿と、そのようなお話をしたことがございました。」
あかねの心の乱れなど気にも止めずに、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて、上品に柚芽は話を続ける。 「神子様は八葉の方々の中でも、特に友雅殿とご一緒の時は、とても楽しそうにしていらっしゃること。おそらく、八葉としてではなく…特別なお心を傾けていらっしゃるのではないかしら、と」 「そ、そんなことはないです!だって…そんな、私なんか友雅さんに……」
--------くっと、息が喉元を通り抜けていった。呑み込んだ空気の塊が邪魔して、声が途切れた。 「…どうかなされました?神子様?」
私なんか友雅さんに--------------。その言葉の続き。 「わ、私なんか…友雅さんに………」
そのあとに続く言葉を探す。何て、自分は言いたかったのか?本音は?
喉の奥から、押し出されてくる消えかけた言葉。
「……釣り合う相手じゃないし」
見た目も、年齢も、考え方も、立場も……何もかもが違う。
龍神に神子として選ばれ、そして友雅が八葉の一人でなかったならば、きっと向き合って話すことなどなかっただろう。
それほどに、お互いの間には隔たりがある。
どうやっても埋めることの出来ない、個々の存在理由と同じように相容れない違いが存在する。
素直に自分が口にすることは、友雅にとっては所詮子供がいう戯れ言に過ぎない。生きてきた中で得た、経験の数は比べものにならない。
まだ、たった16年。普通の生活しか送ったことのないあかねと、30年余りの人生の中で、色恋沙汰だけではない人間関係の難しさを見てきた友雅とでは、やはり全く違う。
子供と大人。見た目だけじゃなく、年齢だけじゃなく、すべてがそれほどの格差がある。
釣り合うわけがない。本気で相手にしてもらえるわけがない。神子と八葉という立場以外では。
「何をおっしゃいます、神子様」
柚芽の白い指先が、優しくあかねの肩に触れる。静かにその片方の手が、背中を支えるようにして背後に伸びた。
「神子様だけではございません。友雅殿も、神子様とご一緒されている時、どれほど愉しそうにされているか、ご存じではありませんでした?」
優しい微笑みに重なるような、和やかな口調で語る柚芽に目をやる。
だけど、その言葉を受け入れるなんて出来ない。 「…それは、私が子供だからですよ。だから、呆れてるんです、きっと…。あまりに私の発想とか言うことが子供っぽいから、からかうのが楽しいからに決まってます」
いつだってそうだったじゃないか。自分が一生懸命に、無気になればなるほどに、その姿は友雅には滑稽に映ったに違いない。
冷静な第三者の瞳を持つことが出来ない自分は、彼にしてみれば自分の視点でしか見えない、未熟な子供の価値観。せいぜい可愛がられるくらいが関の山。
恋愛の対象になんて、なるわけがない。
「神子様は、昔の友雅殿をご存じではありませんものね」
くすっと小さな笑い声が、吐息のようにこぼれる。 「私、これでも幼い頃から父のつてもあり、友雅殿とは親しくさせて頂いておりました。まだ、今よりもお若い頃から、それはそれは華やかな話題に事欠かない方でいらして…」
そう言いながら、遙か遠くの記憶を思い起こすように、宙に向かって視線を投げた柚芽は話を続けた。
「早くして、帝の御前に上がることを許されたこともあり、周囲からの評価も手伝って、お名前を聞かない日はありませんでした。ですが、今の今まで特別な関係を築かれた女人は
おりませんのよ?」
あかねの顔を見ると、ぽかんとしてこちらを見ている。よほど意外な展開だったのだろう。
まあ、確かにあの友雅であるから、相手なんて何人か重複してても不思議じゃないと思ったに違いない。しかし、それは事実なのである。
「意外ですか?確かに、引く手あまたではありますけれど、ご自分から進んで通われる相手というのは、未だかつて耳にしたことはありません。」 「う、嘘でしょぉ?だって……」 あかね自身、そこまで無知じゃないと自覚している。男と女、それが例え恋愛感情抜きであっても………形式だけは作ることくらい出来ること。 友雅だったら何人でも…。
「あの方は本気になって向かい合うことなど、なかなか出来ない方なのですよ。公私共に、どこか冷めていて…見た目は穏やかに見えますけれど。」
確かにそれは、あるかもしれない。必要以上に力を出さないというか、どこまでが本気がどうか分からなくて。
本心が聞きたいのに、その先が見えないから、最初から相手にされていない気がしてしまう。そこで、格差を実感してしまう。
時には、対等に向き合ってもらいたい時だってあるのに。子供扱いされたくない時だってあるのに。
一対一で見つめ合えたらーーーーーーーーー。
「それなのに、神子様とご一緒の時は見たこともない表情で楽しんでおられるので…もしかすると、と思ったのですが?」 「もしかする……?って?」 「………友雅殿にも、ようやく特別な方が現れたのかと。」
-----------いまいち、柚芽の言う事が把握できない。 「それ、誰のこと…ですか?」
一瞬あかねの返事に身動きを止めて、そのあとすぐに柚芽はくすくすと笑った。 「……そうですわね、自分のことになると、気付かないものですわね。私も先ほどまで、同じような状況でしたもの」 自分のこと…自分のこと?その自分…というのは、その言葉が指している『自分』というのは…………。
「えええええっ!?」
思わず叫んだあかねの声に、驚いたのは柚芽だけではない。
それだけの声がすれば、さすがに眠りについていた豊矩でさえも目を覚ます。 「豊矩殿…!」
ゆっくりと瞼を開けて、肘をついて床から起き上がろうとした豊矩のところへ、慌てて近寄ったのは柚芽だった。 「ゆ、柚芽殿……っ!?」
寄り添った彼女の姿に、冷めたばかりの彼の目がくっきりと開く。白い手が肩に触れて、彼の顔を覗き込む笑顔は、ずっと夢見ていた思い人の姿と寸分も違わない。 「ご無理をなさらずに…ごゆっくりなさって。何かご用がありましたら、私にお伝え下さいませ」 「あ…えっ?いや…あの………」
現状が理解出来ずにおどおど戸惑いつつも、彼はそばにいる柚芽の姿にどきどきした鼓動の揺らぎが止まらない様子だ。 眠っているうちに、どんな展開があったのか分からないけれど、自分のそばにいるのは間違いなく彼女本人であって……、その微笑みは自分に向けられている。 ずっと夢見ていた情景が、目の前に広がっているなんて…本当に夢じゃないだろうか?
……なんか、いい雰囲気…♪
戸の隙間からのぞきながら、二人の様子を伺っていたあかねは、その光景に十分満足していた。 ここまで来たら、その先にあるのはハッピーエンドしかないだろう。二人の赤い糸が、ようやくつながりあった……。
「良かった〜。これで一安心だね〜♪」
あかねは浮き足だって廊下を歩きながら、自分の部屋に戻るために渡殿に上がった。
少しだけ冷たい夜風も、どことなく気持ちが良い。他人の事であるとは言え、幸せそうな姿を見るのは気分が良いものだ。 「あ、神子様…今お部屋にお戻りですか?」
部屋の向かい側から、香炉を手にした藤姫が現れた。 「うん、今まで柚芽さんのところで、いろいろ話してたところだったんだ。でね、丁度豊矩さんが目を覚ましてね……」
二人の様子を話しながら、あかねと藤姫は部屋の中へと入って行った。
あかねから柚芽と豊矩のことを聞かされると、藤姫も表情がぱっと明るく変わった。 「そうでございますか。それはそれは…喜ばしいことでございますわね。是非、お二人の婚儀の際は、神子様も御同席して頂きたいものですわ」 「わー♪楽しみ。私たちの世界とは違って、すごく雅やかで素敵なんだろうなあ…」
十二単と和琴の調べ。琵琶と笛の響きに香の燻り。季節の花が咲き乱れ、平安絵巻の綴れ織り。
チャペルでウェディングドレスも素敵だけれど、四季に溶け込んだ日本の光景もなかなか興味惹かれるところだ。
「神子様のお住まいになられていた世界では、どのような婚儀をされておりましたのでしょう?」
外を遮る御簾を下ろし、藤姫がそんな問いを投げかけた。 「えっとね…私の世界の一般的な結婚式っていうのはね…………」
話を始めようとした直後だった。
ふわっと夜風に流れて来た香りに、胸の奥から大きな心音が響いて来た。 そして、だんだんとそれは小さくなりつつも、治まることはなく小刻みにトクトク…と音を早ませる。
「如何なさいました?神子様?」
唐突に声が止まったあかねを、藤姫が心配そうな顔をして覗き込む。 「あ、ううん…別に…な、何でもないよ。ちょっと今日は疲れた…のかも。今の話、改めて明日話してあげるね、いいかな?」
「ええ、もちろんです。何よりも神子様のお体の方が大切でございますわ。後日、またお時間がありました時にお聞かせ下さいね」
藤姫はそう答えて、おやすみの一言を残し部屋を後にした。
このドキドキの理由……この香りのせいだ。 よく眠れるように、いつも藤姫が用意してくれる、この香のせいで…こんなに胸の奥が落ち着かない。 侍従。深くて濃厚で、それでいて落ち着いた………まさに、彼のような香りじゃないか。
ふざけ半分に抱きしめられて、その都度味わった香り。 「……もう、どうしよう……★」
疲れを癒すなんて、出来そうにない。これじゃ寝不足になりそうだ。 例え眠れても夢の中で彼に会ってしまいそうで……どうしよう?
次に会うとき、どんな顔で会えば良いんだろう。
少しずつ自覚してきた。この、特別な気持ち。 |
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