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恋愛論理
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| 第18話 (2) |
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「それとも、豊矩さんの柚芽さんに抱いている気持ちは、本気じゃないんですか?」
「そんなことはありません!」
あかねの問いかけに、豊矩は即座に返答した。今までとは違ったそれは、はっきりと明確な声だった。
握りしめた両手の拳を堅く閉ざして、目を閉じたまま息を呑んで黙った彼の姿を、あかねと頼久は何も言わずに見つめていた。
豊矩が再び口を開いたのは、それから二〜三分後だったと思われる。
「私は……男女の色恋には疎い方だと思います。これまで、目立った経験など皆無に等しい。でも……」
もう一度、彼は息を呑む。そうやって、早まる動悸を押さえ込んで落ち着きを取り戻しているかのように見えた。 「柚芽殿にお会いしたとき、違う何かを感じたのです。目が彼女を追いかける、顔を見ると胸が熱くなる、顔を見ることが出来ないと寂しさが募る……いつも彼女のことしか考えられなくなる。そんな自分がそこにありました。」
他の誰かに対してなら平然と対応出来るのが、特定のその人だけは普通に対応できない。
指先に触れただけで鼓動が早まり、微笑み返してくれるだけで幸せを感じる。それが万人に対しての社交辞令であったとしても、自分にとっては特別な一瞬になる。
何もかもが、その人の存在で変化していく。そんな自分に気づく時こそ、恋に落ちたまぎれもない証。 「彼女が存在することによって、自分を感じる。これが本当の……恋だと自覚しました。ですから、自分の想いを否定することは、柚芽殿の存在をも否定することになります。私は、自分自身も、そして柚芽殿も否定するようなことはしたくありません。それは彼女に対しての侮辱に値することですから。」
頼久は、黙って豊矩の顔を見ながら思っていた。
---やはり彼は、そういう男だったのだ、と。
彼同様に恋愛など無知識に過ぎない自分が、あれこれ言える立場ではないのだが、時に恋というものは強い男を怯えさせてしまうほどの力を持っている。豊矩も、その罠にはまったと言える。
だが、本人の想いが誠実であり本心を貫く強さを持っているのなら、簡単に砕けるものではないのだ。
武士として、大切な何かを見つけたとき、忠誠という言葉で命をかけた誓いを立てる。それは、自分自身に対しての誇りでもあり、相手に対しての敬いでもある。 その人のために、自信を持つこと。大切な人のために自分がいること。自分の存在をその人のために生きていくこと………頼久自身も例外ではない。龍神の神子であるあかねに、忠誠を誓ったではないか。
豊矩は、柚芽を見つけた。そして彼女に誓いを立てた。忠誠と同じ意味を持つ、強い何かを。 止めることなど、出来ない。それは…彼が自分に誓った大切な想いに違いないのだから。
「豊矩……」
たまりかねた頼久が、ぽつりと彼の名前をつぶやいた。それが耳に入ったのかは分からない。
「私の想いは、軽々しいものではありません。祖父の形見であるこの刀と、柚芽殿、そして自分自身に誓って申し上げます。」
やっと顔を上げた豊矩の片手には、しっかりと彼の愛刀が握られていた。武士として、自らの刀に誓うという意味の尊さは、あかねにも何となく伝わってきた。
ぽん、と華奢な手が彼の肩を叩いた。
「豊矩さんのその言葉が、聞きたかったの。」
そう言ってあかねは、満足げな微笑みを浮かべた。
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「それにしても、恋というものは男も女も情熱的にしてしまうものだねえ」
こっそりと開けた戸のすきまから覗いていた友雅が、他人事のように笑いながらそう言った。すぐ隣にいる柚芽はと言うと、黙ったままでぽうっと放心状態という感じだ。 「豊矩…様が」
彼の名前を声に出して、目の前にある現状を確かめている。 はっきりと、今耳に入ってきたのは豊矩の声。彼が口にしたのは、間違いなく恋する熱い想い。その矛先が…まさか自分だなんて。
「どうだい?彼の気持ちを知った感想は?」 「…………」
友雅の声は聞こえていたけれど、それに答える余裕がなかった。まだ、豊矩の言葉が頭から離れずにぐるぐると回っている。そして反復しながら、その言葉の意味を色濃く変えていく。
ふっ、と友雅は声もなく微笑んだ。どうやら色恋沙汰に馴染みがないのは、こちらの彼女も同じらしい。
「何せ頼久の部下だから、不器用なところも似てしまったのかな。面と向かって君に想いを打ち明ける勇気がなくて、なかなか背筋を伸ばすことが出来ないようだったけれど、今の様子ではそうでもないみたいだ。やっと気持ちに整理がついたようだね」
ここまで随分と手間取ったけれど、一度踏み込めばあとは早い。ようやく終着点が見えてきたようだ。
そしてこれからは、完全に当人たちに任せた方が良い。
「私と違って、真面目な男だ。それは保証するよ。君にとっては、どうだい?」
ゆっくりと友雅を見上げた柚芽の頬が、とっくに季節を終えた梅の花のように初々しく染まっていた。
「神子殿、部屋に入ってもいいかな?」
いきなり戸の向こうから聞こえてきた友雅の声に、はっとしたあかねは我に返った。『入ってもいいか?』と尋ねたくせに、振り返ったそこにはすでに友雅の姿があった。
「随分と力説していたようだね。頼もしい声が聞こえてきていたよ。」 「そんな…別に、ただ豊矩さんに頑張ってもらいたくて、つい…」
はっぱをかけていたら止まらなくなって、確かにかなり熱弁を振るってしまったみたいだ。改めてみると、少しムキになりすぎただろうかと思ったりもしたが、まあ豊矩の気持ちに整理をつけさせることができたのだから、結果オーライと考えて良いだろう。
友雅も、それには同意だったらしい。
「そうだね。いつまでたっても相手に気持ちが伝わらないのでは、その真摯な気持ちももったいないよ、豊矩」 「は、はあ…確かにまあ、そうなのですが」
三人の座っていた高欄までやってきた友雅は、改めて豊矩の顔を見た。 ………良い目だ。真摯という言葉がよく似合う視線の流れも、濁りのない輝きも良い。彼そのものが、この瞳に描かれていると言っても過言ではないだろう。
こんな時代に、こんな瞳を持つ男にはそう会えるものではない。だからこそ、彼に思い焦がれた女性は幸せを掴むと信じて良い。
「あ、友雅さん…柚芽さんと会いました?」
あかねが慌てて尋ねた。
「ああ、会ったよ。でも、こういう状況だと言うことで部屋には寄せ付けないようにと言っていたらしいね」 「一応…豊矩さんを説得してから、と思って。」
確かに。本当なら彼自身から想いを告げることが出来たなら、何も問題ないはずなのだ。
が、そうは巧くはいかないのが恋の魔力である。そういう時は、誰かが少しだけ手を貸さなくてはいけない。あかねが豊矩に手を貸すのなら、柚芽の方は友雅の役目ということになっても不思議じゃない。
「私も仲介役を仰せつかった立場上、ちょっとした勝手をしても許されるかなと思ってね。」
「え?」
友雅が後ろを振り返った。緩いウェーブの長い髪が、体の動きと共に揺れ動いた。
「もう入ってきても良いよ」
その声のあとに、静かに戸が開いていく。
そしてそこに立っていたのは-------------------------。
「ゆ、ゆ……柚芽殿っ!!」
「柚芽さんっ!?」
ほんのり紅をさした頬をして、少し潤んだ瞳を輝かせて。ややうつむきがちにそこにいた柚芽は、いつもとは雰囲気が違っていた。
「しばらくの間部屋の外で、聞かせてもらったよ。豊矩があまりに大きな声を出すものだから、ここにいる彼女の耳にも届いてしまったようだ」
友雅は柚芽に、こちらへ来るようにと言ったのだが反応がなかった。ただ、その艶やかな瞳を潤ませながら、夢見がちな少女のようにそこに立っているだけだった。
それでもその瞳は、たった一人の姿をずっと焼き付けていた。
と、鈍い音が庭に響いた。続いて、頼久の叫ぶ声がした。
「豊矩っ!?」
ばたんとその場にひっくり返って気を失った豊矩は、柚芽の頬の色など比べものにならないほどの顔色をしていた。
いきなりの展開に驚いて、失神でもしてしまったか。
果たしてこの状況が見栄え良いと言えるかは分からないが、彼が倒れたとたんに慌てて走ってきた柚芽の姿を見れば、今後の展開には少し期待を持てそうだ。 |
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