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恋愛論理
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| 第17話 (2) |
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「この度は私的なことに、神子殿を巻き込んでしまいまして申し訳ございません。」
あかねに向かって、頼久は腰を屈めて深々と頭を下げた。 「良いんですよ。これくらいたいしたことないですから。それに……何とかなりそうなメドも立ってきましたし。」
そう言って、あかねはこれまでの経路を頼久にすべて打ち明けた。
豊矩の考えていることから始まり、柚芽の想い、そして彼女の母である潮のことまで、全て第三者である頼久の耳には入れておくべきかと思ったからだった。
「それでは、柚芽殿の母上殿には、豊矩のことを伝えて下さっているのですか」 「うん。実際に会っていないから何とも言えないけど、説明した感じでは好感を持ってくれたみたい。柚芽さんを大切にしてくれるなら、是非って…そういう感じでしたよ」 「そうですか……」
どことなく頼久は、その言葉を聞いてホッとしたようだ。他人とは言え、武士団の中では自分にとって優秀な部下である豊矩のことである。やはり心のどこかでは気になっていたのだろう。
手を貸してやりたくても、自他共に認める恋愛不器用ではどうしようもなかった。だが、幸せを掴んでもらいたいのは頼久の本心だ。 「あとは、気合いですね。柚芽さんも良い雰囲気なんだし、思い切って打ち明ければ大丈夫な気がするんだけど……」 「豊矩次第というわけですか…」
こくん、とうなづいたあかねに、頼久は少し困ったようにため息をついた。 「あの男は、自分が柚芽殿にふさわしいかどうか…それが気がかりで口に出せずにいるのです。柚芽殿の家は遠縁と言えど、辿れば皇室に続く家系。豊矩は私と同じ武士の家の出。私とて、そのような御方にはとてもお近づきになれるとは思っておりません。ですから、豊矩の心は分からないでもないのです。」
やはりこの時代は、そういった家系や家柄がどこかで恋愛にも隔たりを作ってしまっている。あかねが生まれ育った現代は、比較的自由な恋愛が出来るようになったとは言え、やはりそういう場所ではこんな風潮が続いているところもあるのだろう。
千年という時間が流れても、変わらないものは確かにある。この京なら、それは尚更に厳しい。
だけど。
どの時代でも変わらないものがあるならば、それは悪いものばかりではない。
潮があかねに言った言葉が、まだ色あせずに残っている。
「頼久さん、そういう家系とか家柄とか、気にしない人もいるんですよ?」
「言ったじゃないですか。柚芽さんは、そんなことを気にする人じゃないです。お母さんの潮さんも同じです。自分のことだけを大切に想ってくれる、そんな人を求めてるんですよ。」
どんなに高貴な人であっても、おざなりの恋ならしたくない。家柄が低くても、官位なんかなくても、自分だけを瞳に映してくれる人だけに全てを捧げたい。
そんな人と幸せを共に築いていくこと自体が、幸せというものなのだ。
女性はいつだって、そんなことを考えている。柚芽も、潮も、そして、現代で育ったあかねも。
口に出さなくても、女性は願っている。自分をさらってくれる、その人の手の力を待っている。
「豊矩をここに呼んでも構いませんか?神子殿のお話を、直に聞かせたいのですが」 「………良いですよ。」
頼久はあかねの承諾を得てから、その場を一度立ち去った。
あかねはと言うと、一人になったとたんに部屋を出てから、近くを通りかかった侍女を捕まえて、しばらく柚芽をこちらに通さないようにと伝えた。
柚芽に対しては、あとから説明すれば良い。豊矩が立ち上がってくれるだけで、歯車は動き出すに違いない。
まずは、彼の背中を押すこと。それが先決だ。
■■■
「失礼致します」
頼久の後に続いて、豊矩はあかねの前にやって来た。
警護のせいだろうか。以前見かけた時よりも、肌が薄黒く灼けていた。
「忙しいときに呼んじゃってごめんなさい。でも、大切なことだから、どうしても豊矩さんに聞いてもらいたくて」
あかねは立ち上がって、高欄を一段ずつ庭に向かって降りた。そして、最後の一段を残したところで腰を下ろして、頼久たちに『隣に座れ』と告げた。
そう言ったところで、すんなり承諾するような二人ではないのだが、自分が見下ろしているような視線は堅苦しいし、上下関係をアピールしているみたいで好きじゃない。
しばらく問答を続けてしまったが、最後には渋々であるが頼久の方が折れてくれた。
「やっぱり目線は同じにしないとね、話ってしづらいですから」
身分など関係ないのだ、ということをこれから告げるつもりなのだから、やはり同一線上で向かい合わなくては意味がない。
「昨日、柚芽さんのお母さんに会ってきて……豊矩さんのことを話してきました。」 「……は、はぁ?」
突然の言葉に、豊矩は状況が一瞬で把握できないようだった。どことなく、ぽかんとしている。
「豊矩さんのこと、良い感じに思ってくれてるみたいですよ。柚芽さんのこと、本当に思ってくれているなら嬉しいって、そう言ってました。」
確か彼女たちには、柚芽との距離を狭められるようにと頼んでいたつもりなのだが。話はいつのまにか予想を超えた方向に広がっているようで、当の本人である豊矩は話に着いていけない。
「だから、この際だし豊矩さんも柚芽さんに想いを告白してみて下さいよ?」
「こ、告白ですかっ!?」
唐突に今度はそんなことを切り出されたので、思わず豊矩は立ち上がってしまった。しかし頼久に『非礼』と後ろから窘められて、すぐにまた腰を下ろした。
そう簡単に想いを打ち明けられたなら、こんな苦労をすることもない。頼久やあかねに頼み込むことなんてしなかった。
それが出来ないから、モヤモヤした気持ちを抱えて毎日を過ごしているのだ。
豊矩は少し首をうなだれて、足下の地面をぼんやりと見つめた。 「私はただの武士ですから。彼女に見合う男であるか…自信が持てません。」
その言葉には、さっき頼久が口にしたものと同じだった。あかねには理解出来ないことも、彼らにとっては日常的なこと。身分を気にすることなどない、と言ったところで、すぐに受け入れられるようなことではないのは分かっている。
でも、それでは何も変わらない。状況を変えるためには、どこかで壁を突き破るほどの覚悟が必要になってくるものだ。
あかねの手が、豊矩の肩をぐっと掴んだ。顔を上げると、彼女の瞳が目の前にある。
「自分に自信を持てないような人じゃ、柚芽さんだって好きになってくれないですよっ!?」
強くそう言い放ったあかねの瞳はどこまでも透明で、思わず呑み込まれそうになって豊矩は我に返った。
■■■
「熱心だと言われても仕方がないかな」
土御門の前で牛車を降りた友雅は、門を見上げながらぽつりと独り言をこぼした。
こうやって土御門家に通い詰めるのも、ほぼ毎日と言って良いほどの周期なのだから、傍目から見れば随分と熱心だと思われて当然だろう。 自分でも違和感がまるっきり感じられない。ごく当たり前のように流れている毎日のはずが、実際に立ち止まって冷静に自分を見直してみると…これまでとは違うことに気付く。
「今日もお早いですわね、友雅殿」
幼い姫君が、友雅を迎え出た。
「神子殿は今日も元気にしておられるかな?先客がいなければ、本日もご一緒させてもらえるとありがたいのだけれどもね?」
「ええ、まだどなたも見えてらっしゃいませんので。」
藤姫から答えが返ってきて、どことなく友雅はホッとした気分になった。
他愛のない会話を少しだけ交わしてから、いつものように友雅は藤姫に先導されながらあかねの部屋に向かった。
その途中、渡殿を超えたぐらいの所だっただろうか。あかねの部屋が見えるほどの距離にさしかかった頃、こちらに向かって歩いてきた柚芽と会った。
「本日も早くからお務めご苦労様です」
「柚芽殿も元気そうだね。ところで、神子殿のお支度は済んでいるのかな。これから部屋の方に伺おうと思っていたのだが」 「あの、それが……」
突然に、柚芽の表情が困惑した。 「どうしましたの?まさか神子様に、何かあったのでは……」
心配性の藤姫の顔がこわばると、慌てて柚芽は姿勢を正した。 「いえ、神子様は何も変わったことはございません。ええ、何もないと…思うのですが………」
歯に物がはさまったような、柚芽の微妙な言い回しが気に掛かる。
「実は、しばらくお部屋には入らないようにと言われておりまして。」 「……神子殿から、かい?」
柚芽は首を横に振った。ついさっき、侍女の暮葉からそう言われたという。理由はあかねから聞いたわけではないので不明だが、取りあえずしばらく部屋には誰も通さないように、とのことらしい。 「神子様のご容体に問題がないのでしたら、よろしいのですが……如何致します?友雅殿」
藤姫が振り向いて尋ねた。
あかねに会いに来たのに、会えないのでは意味がない。しかし、部屋に入らないようにと言っても、まさか一日中閉じこもっているわけでもないだろうし。
それにしても、柚芽でさえも通りを禁じるとは、少々不可解な展開だ。藤姫と同様に、この土御門の者の中ではあかねの近くにいつもいるはずの彼女をも、そばに来ることを許さない意味とは何だろう。
「しばらく、お待ちになられます?」
そう尋ねる藤姫に、友雅はうなづいて答えた。
「そうするとしようか。そうだな、せっかくだから今日は頼久か豊矩か、話し相手もなってもらいたいのだが、二人とも空いているかな」
あかねを待っている間、彼らの方にこれまでの話をしてやるのも良いだろう。豊矩本人ではなくても、頼久ならば上手い具合に伝えてくれるだろうから。
すると藤姫と柚芽が、揃って笑いながら友雅を見てこんな事を言った。
「まあ、友雅殿が女人ではなく殿方をお側に呼ぶなんて、珍しいこともあったものですわね」
「天もさぞかし驚いて、雨でも降らせるかもしれませんわねえ」
苦笑しながら、友雅は前髪をざっくりと片手で掻き上げた。 「…随分なことを言ってくれるねえ、この姫君たちは」
そんな会話をしながら、友雅たちは今し方やってきた道を振り返って、元の方向へと戻っていった。
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