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恋愛論理
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| 第16話 (3) |
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見た目で判断できるものだけが、真実ではない。むしろ見えないものこそが、真実であることが多い。
「神子様と友雅殿の、お互いの醸し出す空気。一つに溶け合っているのですよ。それがとても自然な光景だと感じたのです。」
さっき見た二人の様子を思い出しながら、潮はそう答えた。
龍神の神子の神気と八葉の気という、似ているものがあるわけではなくて。彼の隣に彼女がいること、彼女が彼に寄り添っていること、それが当たり前のように感じた。 「華やかさではなくて、無理のない自然な雰囲気がお二人にはあるのです。それを、お似合いと言わずに何て表現すれば良いのかしら…」
恋愛につきものの、激しい情念の存在は二人にはない。それなのに、お互いを包むような暖かい気がそこには存在している。
それはもしかしたら、潮が、そしてこの世の女性がずっと思い描いていた、本当の恋というものである可能性が高いのではないだろうか。
「友雅殿がお嫌い?」 「………そういうわけじゃ……ないですけど」 嫌いではないけれど。好き……かと言われると……。 好き…?友雅のことが? ……………何だろう。無性に動悸が激しくなってきた。
明確な答えを探そうとしても、そんなことを考えている余裕なんてなくて。ただ、胸がどきどきしてきて落ち着かない。
「今度は、お二人の番かもしれませんわね」
潮がそう言ったとたんに、がしっとあかねの両肩が後ろから捕まれた。
「きゃああっ!!」
庭一面に響く悲鳴。広いからこそ、やけにその叫び声も反響する。
「そんなに大きな声を上げなくてもいいだろうに。」
あかねの様子に苦笑しながらも、友雅は平然として彼女の背後で足を止めた。
「随分と長い話が続いているようだから、少し退屈になってしまいましてね。それにそろそろ、日も暮れる時間ですしね。あまり遅くなると土御門の小姫殿にお咎めをされそうなので」
そういえば、日も傾いてきていたようだ。いつのまに、そんな時間が流れていたのだろう。
だが、そんなことよりも後ろが気になって仕方がない。両肩に触れている手の感触が、異常なほど神経に伝わってきて困る。
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車寄せの近くまで、潮は二人を見送りに付き添ってくれた。
「では、そろそろお別れですわね。また、遠慮無く遊びにいらして。」
軽く微笑んで答えただけの友雅と、深々と頭を下げるあかね。正反対の行動をしていながらも、やはりどこか似た雰囲気が漂う。そんな些細な仕草の中でも、二人が一つの形に出来上がっているのが目に止まる。
「その時は、どんなお二人の姿が見られるかしら?」 「……別れ際に、何やら意味深なことを言うね。それはどういう意味なんだろう?」
潮の言葉に、友雅は首を傾げた。彼には分からないかもしれないが、あかねにはその意味が何となく分かってしまった。
「柚芽達の様子を見ていて、お互いに何かお気づきになられているのではないかしら?」 「さて?さっぱり思い当たることがないんだけれども…神子殿はどうだい?」 「えっ!?わ、私っ…ですかっ!?」
ちらっと潮を見ると、彼女はいつものように微笑んでいる。
「神子様の方が、先におわかりになられているようですわね。友雅殿も、そろそろ自覚された方がよろしいのではなくて?」
「そう言われてもねぇ?見当の付かないことを言われても、どうしようもないが」
くすっと潮の苦笑する声がした。そして彼女の手が、あかねの肩にそっと添える。
「友雅殿をよろしくお願い致しますわ。」
「えっ!そ、そんなこと言われてもっ!!」
一体どうすればいいのか。よろしくと言われて、これからどうすれば?
わたわたしているあかねの手を、友雅が軽く引き上げる。既に彼は、牛車の中にいた。
「さあ、早く上がりなさい。あまりのんびりしていると、日が暮れてしまうからね。」
そのまま手首をつかまれて、あかねは車の中に乗り込んだ。姿勢を正して、中から一度だけ顔を出してみると、優しく微笑んで手を振る潮の姿が見えた。
■■■
町は暮れゆく。牛車の中の小さな灯りが、ぼんやりと中を照らしていた。
大通りの人数は減り、夜がすぐそこまで近づいている。
「取り敢えず、柚芽殿の母上殿には豊矩の存在は伝えた。様子を伺うところでは、彼に対して悪い印象は持っていないようだし。あとは彼ら次第ということかな」
今日潮のところにやって来た目的は、ある程度果たせたことで肩の荷が下りたと感じた友雅は、少しだけ気が楽になった。
柚芽は友雅にとって他人であっても、世話になった男の娘でもあるし、そうなれば少しは幸先を願う気も出てくる。
他人の恋愛のことなど真剣に関わる気はないが、ここまで付き合ってしまった手前上もあって引くに引けないと言うか、まあそんなこんなで珍しく他人にこんなに関わってしまった。 「豊矩が何と言って想いを告げるか、柚芽殿は何と答えるか…どうなるだろうね?」 「…………」
「神子殿?」
てっきりあかねからあいづちが返ってくるかと思っていたのだが、何故か反応が全くない。それどころか、自分のことを呼ばれているのにも気付いていないようだ。
よく見ればどこかぼんやりしていて、目線もこちらには向いていない。すぐそばにいるというのに、心ここにあらずという感じだ。
何かあったんだろうか。そういえばさっき、潮が妙なことを最後に言ったのを思い出した。
『友雅殿も、そろそろ自覚された方がよろしいのではなくて?』
自覚とは、一体何を差しているのだろう。自分の中に、気付いていない何かを潮は知っているというのだろうか。
それは何なのか? 自分のことを知っているのは自分だけだと思っていたのだが、他人の方が知っている…?それもおかしな話だ。
それに加えて、あかねの方が既に何かを自覚しているらしいと、そんなことも言っていた。あかねが自覚していて、友雅が自覚出来ていないこと。それは何なのか。
ふう、と溜息をついて、目に掛かる前髪を面倒くさそうに掻き上げた。いくら考えても分からないことは分からない。たった一つ、手がかりくらい与えてくれても良さそうな気がするが。
あかねは相変わらず、こちらの存在さえ気付いていない。何も考えていないのか、それとも何かを考え込んでいるのかのどちらかだろう。
「神子殿」
返事は戻ってこない。友雅はゆっくりと近づいたが、それでもまだぼんやりとしているままだ。 「ひゃ…」
小さな声が牛車の中に響いた。友雅の指先が、あかねの顎をくっと掴んでいる。
「さっきから呼んでいたのだけれど、心はどこか遠くに行ってしまっていたようだね」 「あ、そ…その…あの…」
触れる指先と、近づく瞳。いつもよりも間近で、侍従の香りを感じる。顎の位置を捕らえられて、反らせなくなった瞳には友雅の顔が映る。
「物思いにでも浸っていたのかな?」 「…そんなんじゃ……」
その時、あかねの変化に友雅は気付いた。
かたかたと震えている唇と声。うっすら潤んだ瞳からは、今にも雫がこぼれそうで。
ほのかに頬は染まっているにも関わらず、彼の触れる指先には彼女の震動がしっかりと伝わっている。
「悪かったね。疲れていたのを邪魔してしまったようだ」
ふっと友雅は、自分から身をひいた。そうせざるを得ないような、そんな感覚に捕らわれたからだ。
こんな悪ふざけは、いつも日常茶飯事のことだったはずだ。抱きしめれば子供のように騒ぎ立てて、それでいて顔を真っ赤にするあかねが可愛くて。
その表情が見たくて、そんな悪戯を繰り返してきたけれど。
冗談まじりに頬に触れるのも、軽く唇を寄せるのも、何て事はないからかい半分の悪戯に過ぎなかったのに。
今になって、何故彼女の瞳に胸を締め付けられたんだろう。
澄んだ水をたたえる泉のように、深く透きとおった彼女の瞳を見ていたら、吸い込まれそうな感覚に陥ってしまった。震える唇の色に、見とれるように心が無になった。
そんな気持ちを感じたのは、生まれて初めてのことだった。
女が涙を流す姿を目で捕らえつつ、背を向けたこともあった。そんな場面に直面したのは、一度や二度ではなかった。だから、何て事はないことだと感じていたのに。
今になって、何故こんな気持ちを覚えたのだろう。
あかねの姿を見て、何故こんなに心が動揺しているのだろう。
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