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恋愛論理
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| 第16話 (1) |
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牛車の中は、当然だが二人きりの空間になる。外には従者が二人ほど着いているのだが、この中では他人の気配など全く入り込む隙間がない。 同じ空気を吸っているのは、あかねと友雅の二人だけのようがしてくる。それが何となく息苦しい……ような、それでいてどこか和らいだ雰囲気に包まれているような。
だが、どこにいようとあかねの現状は変わることがない。
ずっと頭の中でこだましているのだ。さっき豊矩が言った、あの一言がずっとこびりついて離れてくれない。
『神子殿は、橘少将殿を好いておられるのでしょう?』
思い出しては、また混乱してくる。
どうしてそんな話が出てきたんだろうか。何故、柚芽はそんな風に思ったんだろうか。 彼女には……あかねの様子がそういう風に映っていたのか。友雅に惹かれているのだと、そう思われていたのか………。
友雅のことを……………。
見上げれば、目の前には張本人が座っている。ことこととゆっくり進む牛車の振動が体に浸透したのだろうか、いつのまにか瞳を伏せて眠ってしまっているようだ。
一緒にいるのは龍神の神子であるし、余程のことがなければ外部から攻められるようなこともないだろう。もし、そのような状況になったとすれば、いくらなんでも彼だって目が覚めるに違いないし。 だからと言って、こうして無防備に眠りにつかれてしまうと………。そう思いつつ、何となくホッとしている。
こんな状態では、友雅と普通に会話なんて出来る雰囲気ではない。言葉までどもってしまってマトモに話せないかもしれない。
今、こうして寝顔を見ているだけでもドキドキしているのに。
胸が熱い。鼓動がやけに大きく聞こえている。
そうしてまた、あの言葉が蘇ってきた。熱を帯びた頬を両手で押さえつつ、あかねは一人ためいきをついた。
■■■
静かな竹林から流れてくるひんやりした空気が心地良いのは、多分必要以上に上がってしまった体温のせいだろう。かすかに聞こえる水の音も涼しげだ。
以前来たときよりも木々の色は鮮やかさを増し、深く濃く屋敷全体を包むように広がってきていた。
「又、お会い出来て光栄ですわ、神子様」
優しい物腰で、潮はあかねの前に三つ指をついて頭を下げた。あかねが龍神の神子であることは、多分友雅からどことなく聞いて知っていたのだろう。 「あ、こちらこそ…あの…柚芽さんのお母さんだとは知らなくて…。いつも柚芽さんにはお世話になってばかりで…」
「まあ、そんな。神子様にそのようなことをされては困ります。さあさ、お顔をお上げになって。柚芽も神子様のお世話が出来て嬉しいと思っているはずですから。」
困ってしまうほど何度も繰り返し頭を下げるあかねを、苦笑しながら受け止めている潮のそばで、友雅は静かにその情景を見て笑みを浮かべた。
戸の向こうに開けた庭には、相変わらずの杜若の花が一面に咲いている。萌ゆる緑と紫苑の花弁のコントラストが美しい。
遠くで聞こえる小鳥のさえずりが、広い庭に響いている。
彼女は友雅とあかねを一つとして眺めたあと、にっこりと穏やかに微笑んで見せた。 思った以上に…良い光景に仕上がっているのではないか?。年令は少し離れてはいるが、なかなかしっくりおさまっているような。
この京の人間にはない、軽やかな雰囲気の澄んだ瞳を持つ少女と、華やかな容姿を持ちつつも、どこかつかみ所のない彼と。良い意味でも悪い意味でも、足が地に根をはっている常人とは違うものを持つ二人。 龍神の神子と八葉が、お互いに想いを寄せることを許されているのであれば……そういう絆を深めてもいいのではないだろうか。
こんなにまで、周囲の空気を同化させてしまうほどの二人なのだから。 「……何か気に掛かることでも?」
その微笑みの意味が分からず友雅が尋ねてみたが、彼女は『何でもない』との一言だけでその場を切り替えてしまった。
まあ、それは追々二人が自らの想いに気付くときが来るだろう。こういった男女の関係は、自然に任せることが一番だ。 きっと多分…さほど遠くないだろう。その時が来るのは。
「それはそうと。今日おいでになられたのは、どんな御用があってのことでしょう?少将殿ならまだしも、神子様までお連れになるなんて何事かしら?」
背筋を伸ばして姿勢を正した潮は、今度はしっかりとした口調で友雅を見た。 「まあ、他でもない…柚芽殿についてのことで、少しお話をしたいことがありまして。ね、神子殿?」
軽くあかねの背中を叩いて、彼女に同意を求める。 「は?あ、は、はい!そうです!柚芽さんの…お相手のことでお話したいことがありましてっ……!」
いきなり友雅に言葉を向けられたものだから、びっくりしたのと同時に何を話して良いやら戸惑ってしまったが、一気に思い付いたことを口走ったにも関わらず問題はなかったようで安心した。
それとは逆に、潮の方は少し首を傾げている。
それはそうだろう。いきなりやってきて、自分の娘について話したいことがあると言われたら、気にならない親などいるはずがない。 ましてや年頃の娘、しかもその相手についての話と言うならば…内心は複雑だろう。関係を裂くという無粋なことはしたくはないと思いつつ、やはり相手の素性については知りたいのが当然だ。 「心配なさらずとも、私たちが知るその相手の男は…真面目でなかなか立派な武士でありますよ。悪い男では決してありません。」
友雅がそう答えた隣で、あかねもこくんと黙ってうなづいた。 「彼は…本気で柚芽殿を深く、真剣に思われている様子だ。だから、彼女の母である貴女にも、その存在を知って頂きたいと思いましてね。」
潮はしばらく物思いに耽るような瞳をして、竹箒を手から離した。
「少し、ゆっくりとお話を致しましょう。どうぞ中へお上がり下さいませ」
塵一つ無く磨かれた床板の上を上がっていく潮を、二人は後ろから追いかけた。
■■■
庭に面した戸を開け放った奥座敷には、外からそよいでくる風が流れ込んできていた。一枚絵のような竹林と杜若の風景が、戸枠全体に広がっている。
三人で腰を下ろすと、友雅はさっそくこれまでのいきさつを潮に話し始めた。
豊矩という男の基本的な生い立ちから、彼が土御門家でどのような立場であるかということ、日常の立ち振る舞い、そして柚芽を思う気持ちがどれほど真剣であるか。
時折さらけ出してしまう、ちょっと抜けたところについても隠すことはなく伝えた。そんな行動もまた、彼女を思うが故の照れ隠しに似た感情から生まれた行動なのだから、決して欠点とは言い難いものだ。
友雅たちが見てきた豊矩の姿を、潮は興味深く聞き入っていた。
自分の娘を、心から想ってくれている人がいる。手が届かない母の代わりに、彼女を護ろうとしてくれる人がいる。その存在が、何と頼もしくて嬉しいことか。 階級や家柄に流されるのではなく、本当に娘を護り続けてくれる人がいてくれたら……と、彼女を手放してからも思い続けている。そして、今、その存在を友雅たちによって伝えられることになるとは。 「……頼もしい御方ですわね。」
そう答えた潮の微笑みは、どことなく幸せそうに見えた。 「あの娘も年頃です。もしも、お互いを良いと想い合っているのであれば………私は母として、あの娘をお願いしたいと思います」
潮がそう言ったとたん、思わずあかねはガッツポーズを取ってしまった(もちろん、友雅たちがそのポーズの意味を知っているはずがないのだが)。
『やった!これで柚芽さんのお母さんからお墨付きを貰った!』 親の了解は得た。あとは二人の背中をぐっと押し出すだけだ。というよりも、豊矩の背中を…と言ったほうが正しい。 「私も、柚芽さんにはお世話になっているので…幸せになってもらいたいんです。だから、豊矩さんならきっと、一生柚芽さんのことを想い続けて…護っていってくれるって思います!」
「神子様にまで、そうおっしゃって頂けるのなら安心ですわね」
本当に幸せになって欲しいと思う。
この世界にやってきた時から、ずっと親身に向かい合ってくれたのは彼女だったから。
他の侍女のように、腫れ物に触るような態度で接されることが多かった中っで、歳が近いせいもあって彼女だけは同一線上で物事を考えてくれていた。その態度に気を楽にしてもらったことは多い。
だから、そんな彼女には幸せな結末を迎えてもらいたいと願っている。 永遠に途切れない、本当の恋愛の絆をつかんでもらいたいと。きっとそれは…豊矩となら出来ると信じている。
「友雅殿、ちょっと…神子様をお借りしてもよろしいかしら?」
突然、潮がそんな事を言いだした。我に返って顔を上げると、彼女はあかねの方を向いて、優しい笑顔を浮かべている。 「えっ?私…ですか?」
「ええ。柚芽といつも一緒にいて下さる神子様と、女同士で少しお話をさせて頂きたいの。お願いできるかしら?」
いきなりの事で、あかねは一瞬戸惑ってしまった。だが、彼女の様子を見ている限りでは深刻な内容の話、という感じでは無さそうな気がするし、何よりも穏やかな口調の彼女の声に耳を傾けているのは心地よい。
快く承諾をしようとする前に、友雅が先に口を開いた。
「神子殿が良いのであれば、私は構いませんよ。その間はここでのんびり過ごさせて頂いても構わないかな?」
「どうぞ、ご遠慮なく。では、ちょっとお付き合い頂けるかしら?」 「あ、はい……」
潮は先に立ち上がって、庭へと降りていった。あかねが立ち上がって外に向かおうとすると、通りすがりに友雅が軽く微笑んで手をかざした。 |
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