恋愛論理

 第15話 (2)
友雅はそんなあかねの様子にも気付かず、その向こうにいる豊矩に目を移した。

「豊矩、昨日の酒の味は如何だったかい?麗しい姫君の酌を頂いて、さぞかし美味かったのだろうねえ」
ドドッと音を立てるようにして、昨夜の記憶が豊矩の頭の中に押し寄せてきた。はじめて手が届くほど近くに寄り添った柚芽の姿と、自分だけに微笑みかけてくれた瞳の輝きと、そして……酔いつぶれた自分の失態までもが一気に駆け抜けていった。
そんな豊矩の表情の変化を、友雅は面白そうに眺めていた。紅潮したかと思うとがくっと青ざめたりして、彼の中の記憶に左右される様子がなかなか見ていると楽しい。
なんて、本人に言えば怒りそうなことではあるのだが、所詮第三者の立場なのだから仕方がないといえば仕方がない。
「まあまあ、そんなに気に病むことはないよ。男が酒に酔うことくらい、当然のことなのだからね。亡くなられた柚芽殿の父上殿も酒が好きでね、随分と豪快に楽しんでいたようだよ。だからあまり気にすることはないと思うけれどね」
とはいえ、好きな女の前で酔いつぶれるのは、あまり格好の良いモノではないと思うのだけれど、それはこの際だからあまり突っ込まないでおこう。それでなくても結構豊矩の方はまだ凹みがちだ。

「せっかく柚芽殿が良い印象を持ってくれているのに、そんな頼りなさげにうなだれているようでは、これ以上の進展は望めないよ、豊矩?柚芽殿は、もっと堂々としている殿方を好いておられるようだ。厳しいかもしれないが、今の豊矩では期待など出来るはずがないね」
そんなこと聞いたことがあったか?初めて聞いたような気がするが…と思ったら、友雅がちらっとこちらを見て人差し指を口に当てて微笑んだ。つまり、ハッタリということか?。
「自分からそろそろ想いを伝える覚悟を決めてはどうだい?いつまでも私たちの橋渡しに流されているわけにもいかないだろうに。柚芽殿がそういう殿方を好いていると分かったのならば、それに合うように君も努力しなくてはね。それが出来なければ、君の恋の成就は難しいよ」
友雅の口から言われた言葉を、豊矩は強く噛みしめた。
好きだから、彼女の好むような男になりたい。ずっとずっと、そう思い続けている。それなのにいつも空回りして、しかも気合いが入りすぎて失敗してしまったり。なかなか格好良く立ち振る舞えないのが悔しくて。

「神子殿」
耳元で囁くように呼ばれた声に、ひくっと肩が震えた。
「神子殿も何か言ってあげると良い。豊矩の気を高めるためだからね、少しくらいの嘘も使いようだよ」
友雅にそう言われて、あかねはやっと少し足下が落ち着いた。
そうだ、ここで何とか豊矩を盛り上げなくては。いつまでもへこたれていては、仲介者であるあかねたちの苦労も水の泡になってしまう。

「そ、そうですよ豊矩さんっ!私、昨日柚芽さんにさりげなく聞き出したんだから!豊矩さんのこと、どう思っているか……」
まあこれはホントのホント。
「柚芽さん、豊矩さんのこと素敵な人だって言ってた。尊敬できる素敵な殿方ですわね、って、そう言ってたものっ!」
ほんの少しだけ誇張はしたが、さほどかけ離れてはいない。柚芽は豊矩のことを悪くは思っていないようだったし、彼女が実際に豊矩のことを誉めていたのは事実なのであるから、問題があるほどの誇張はないだろう。
「だからっ…もっとしっかりして。この機会に直接打ち明けちゃったらいいのに」
「…ゆ、柚芽殿に直接ですかっ!?」
「当然だろう。それくらい君の想いは真剣なものなんだからね。だったらそれを自分で告げることだよ。相手のことはある程度聞き出してあげたからね。あとは本人である君と、そして柚芽殿との問題だろう?」
豊矩は黙って、友雅の言う言葉を思い返した。

確かに、彼女と会う機会が増えるたびに彼女の新しい姿を知り、そうして更に惹かれていく自分が確かにここにいる。
近寄れなかったのは、彼女のことが気になっていたから。彼女に心に誓った相手がいるのか、いないのか。彼女はどんな男が好きなのか。そして自分は、そんな彼女の理想の男に、どこまで近付いているのか。
それが気になって先に進めないでいた。でも、今はほんの少しだけ目の前の扉は開いて、向こう側から光が差し込んできている。

友雅が、あかねが言うように、自分のことを少しでも気に入ってくれているのなら。
自分という男を彼女が認めてくれているのなら。そう確信があるのならば…………。

「……か、考えてみます」
豊矩は握った拳に誓うようにそう答えた。
「そうそう。あとは君の心次第だよ。取り敢えず、上手くいったら報告くらいはしてもらいたいものだね」
そんな友雅の言葉を背中に受けて、豊矩はその場をあとにした。


◆◆◆


「神子殿が力説してくれたおかげで、豊矩もその気になってくれたようだね」
背中を優しく押されて、あかねははっと気付いた。今まで隣に豊矩がいた場所に、今度は友雅が腰を下ろしていることに。
「『打ち明けちゃえばいいのに』、ね。神子殿からそんな直球の言葉が出てくるとは思わなかったけれど、効き目はなかなかだったみたいだ」
あれは、もう勢いだけの発言だった。これ以上何も言うこともなくて、とにかくあとは告白するだけの度胸が豊矩にあれば、全てなんとか行きそうな気がしていたのもあった。
そうそうすんなりと事が運ぶとは思ってはいないが、せめて『お友達から』という感じにまで持って行ければ成功と言えるだろう。
柚芽も豊矩も、あかねにとっては大切な知人の一人だ。幸せになって欲しいと心底願っている。


「今日はどこにも出掛けないのかい?」
友雅の声が、驚くほど至近距離で聞こえた。それも当然、目の前から顔を近づけて、鼻の先が当たるくらいの接近距離でそんなことを言われたら驚かないはずがない。
「えっ、あ、今日は…帰ってきたのがお昼過ぎだったんで……もう出掛けるには遅いってことで……っ」
自分から腰を浮かして、慌てて後ずさりしながら友雅との距離を確保する。あのままの距離を維持していたら、ふいにどこかが触れてしまいそうでじっとなんてしていられないだろう。
「なら丁度良い。これからちょっと一緒に出掛けてみるかい?」
「……出掛けるって、どこにですか」
先に立ち上がった友雅は、少し身体を伸ばして降りしきる太陽の方を眩しそうに見上げた。その影がぴったりと、あかねの全身を覆うように重なる。

「この間出掛けた、柚芽殿の母上殿のところだよ。」
差し伸べられた大きな手に、そっと触れると強く握りしめられた。その力にどきっとしながらも、引き上げられるようにあかねも立ち上がった。
「ここまで来たのだから、彼女の母上殿にも豊矩の存在を知っていてもらおうかと思ってね。是非、神子殿にも同行してもらいたくてやって来たのだよ。」
「私も、って…何で私が?」
豊矩たちの恋の仲介役だからか?だったら頼久の同行だってあっていいと思うのだが……と考えたとたんに友雅から突っ込みが入った。
「頼久はね、恋愛関係には疎いから。申し訳ないが同行してもらっても、あまり意味がなさそうなんでねえ」
まあ、友雅のその言い分は正しい。だが、それならあかねだって同じようなものだし、友雅のように恋愛に手慣れてなどいないのだから経験談なんてことも言えるわけもなく、それじゃあまり存在の意味もなさそうな気がするのだが。
と不思議がっていると、友雅は笑いながらこちらを振り返った。

「神子殿は、恋に関しては私よりも遙かに誠実な心を持っているようだからね。多分私の言うことよりも、神子殿の言葉の方が説得力ありそうな気がしたのだよ。」

本当の恋をしていないのなら、何も知らないのと同じだ。逢瀬の数が増えて行っても、恋が出来ないのなら何にもならない。
それなら純粋な心を持つ彼女の方が、きっと答えは正解に近いのかも知れないと友雅は思った。
経験だけが積み重なっても不透明な心のままであるなら、恋に憧れる彼女の方が本当の恋を知っているのではないだろうか、と最近は考えたりする。
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Megumi,Ka

suga