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恋愛論理
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| 第15話 (1) |
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「はあ……」
溜息がふたつ重なる。 「神子殿、本日は随分とお疲れのご様子で…」 「…そういう豊矩さんこそ」
日当たりの良い高欄に腰を下ろして、暖かい太陽の恵みを浴びながら午後のひとときを過ごしている。庭先には留守の頼久に代わって、豊矩が今日は付き添ってくれている。 「疲れてはおりませんが…ただ、夕べの失態を思うと溜息しか出てこないのです…」
そう言っているそばから、また溜息をこぼした。 「神子殿と柚芽殿をお護りする役目を与えられながら、しかも他家の屋敷にて酒に溺れて眠りこけてしまうとは…何たる失態をしでかしてしまったのか。思い出すと情けなくて…」
豊矩はブツブツとそんなことを繰り返して、自分の頭をくしゃくしゃと掻きむしった。
護衛の任を命じられて付き添ったはずなのに、よりにもよって柚芽の目の前で泥酔してしまうという、とんでもない大失態だ。気付いた時には母屋の客間に寝かされていて、自覚出来た時はもう穴があったら入りたいくらいの自己嫌悪に陥ってしまった。 「武士とあろうものが、任のひとつもまともにこなせないとは情けなくて…。私はもう柚芽殿に顔向け出来ません…。」
これはかなり深刻らしい。頼久もかなりの生真面目な性格をしているが、豊矩も負けず劣らずと言った感じだ。
自分自身に与えられた努めというものを、自らの命を引き換えとしてでも貫き通す覚悟は彼にもある。それだけ自分の仕事に対して真摯で、誇りを持っているという証なのだろう。
決して悪くはないと思うのだが、人間であるのだし少しの気の緩みがあっても自然なのでは、とあかねは思っているのだが。 それに。彼にとっての大問題は……柚芽が自分をどう思っているかということなのだ。 「神子殿、大変申し訳ございませんでした。私の身勝手な柚芽殿への想いの為に、このようなご迷惑をお掛け致しまして何とお詫び申し上げれば良いか…」
はたっと我に返った豊矩は、地に両膝を付いてあかねの目の前にひれ伏した。
こんなことをされたあかねの方は、かえって恐縮せざるを得ない。 「と、豊矩さん…!そんなことしないで下さい!別に私は迷惑だなんて思ってないですから!!」
慌てて高欄を駆け下りると、彼の肩を引き上げる。立ち上がった豊矩は、頼りなさげな表情をしてあかねを見下ろしている。
背は頼久よりも少し低い。だが、彼も武士の心を抱きながら心身ともに鍛えられた男である。凛とした逞しさが全身から湧き上がるようだ。
だから尚更にこんな表情をされると気抜けしてしまう。
「ダメですよ、もっとしっかりして背筋伸ばして!」
くたっとした豊矩の背中を、あかねはポンと強く叩いた。わずかな衝撃ではあったが、それのおかげで少し豊矩の姿勢がぴんと伸びた。
「そんな風にくよくよしてたら、余計に柚芽さんに呆れられちゃいますよ?もう少し堂々としていなくちゃ。男なんだから!」 「…はぁ。それは充分承知しておるのですが……」
そうしてまた、首がしゅんとして爪先の方を向いてしまう。
決して悪い男ではないのだが、こうも好いた女性のことになると様子が豹変してしまうものだろうか。酒に酔うくらいは当然、ぐらいに大きな気になっていれば良いのに、と思う。
まあ確かにしょっちゅう酔いつぶれているようでは困るけれど。
「柚芽さんは、そんなに気にしてませんよ?」
頬杖をついて高欄の隅に腰掛けていた豊矩に、あかねがそう言うと瞳だけがこちらの方を向いた。 「あのあと、ちょっと尋ねてみたけれど…別に豊矩さんのこととか呆れたりしてなかったですよ?それに、豊矩さんがお部屋で眠っていたときも、しばらくそばについて様子を見てくれていたくらいだし……」
「わわわわわわ」
あかねが話していると、突然豊矩がパニック状態に陥った。両手で頭を抱えてどもりながら、ついでに顔の熱まで上昇しているように見える。 「そ、それ以上はおっしゃらないで下さい!思い出すと情けなくて恥ずかしくて……!!!」 「豊矩さ〜ん……☆」
隣に腰掛けて背中を何度か叩いたのだが、今度はどうにも立ち直れる様子がない。
「豊矩さんがそんな調子じゃ、良いところまで行ってもお流れになっちゃいますよぅ?男の人はもっと、余裕があるくらい堂々としてないと女の人は振り向いてくれませんよ?。柚芽さんが『頼れる』って思えるくらいの人じゃないとダメですよ」
呆れながらあかねが言うと、こっそり顔を上げた豊矩がこちらの様子を伺うように覗き込んできた。 「確かに…だからこそ橘少将殿は、どんな女人でも憧れるのでしょうねえ…」 ………うん、と声を出すでもなくあかねはうなづいた。
?ちょっと待て。なんだかおかしくないか。 「……豊矩さん、何でそこで友雅さんが出てくるの?私、別に友雅さんのことなんて言ってないんだけど」
別に友雅の名前など、一言も口にしたことはないのだが。何故そこで友雅の例えにつながってしまうのか脈絡が全く分からない。
すると、今度は豊矩の方が不思議そうな顔をして答える。 「いえ、神子殿がおっしゃるものですから、てっきり橘少将殿のことをおっしゃっているのかと…」 「え?私?私が…何か?」
いきなり何のことを尋ねられたのか、全く分からないあかねは豊矩の顔を不思議そうに見る。 「神子殿は……橘少将殿を好いておられるのでしょう?」
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「ええーーーーーーーーーっ!!??」
思わず怯んで震えて動揺して困惑して……とにかく今度はあかねの方がパニックを起こした。もう少しで高欄の隅から転げ落ちそうになったくらいだ。慌てて姿勢を整え直したが、それでもまだ何となく膝が震えている。 「ど、ど、ど、どうしてっ…そ、そんなこといきなりっ!!!」 「いえ、昨夜柚芽殿がそう申されておりましたので…てっきりそうだと思っていたのですが…違うのですか?」
「ゆ、柚芽さんがっっ!?」
柚芽がそんなことを言ったって?自分が友雅のことを好きだって!?何でまた!どうしてそんな突然にそんなことをっ!どーしてそんなことを言い出すなんてどーして!? 思い当たるようなことを彼女に言ったことがあるか?……いや、そんな覚えは全くない。だって、自分が友雅を好きだなんて……好きだなんてそんなことは…………。
好きだなんて。
「そ、そんなこと…ないですっ絶対にそんな…」
口で何度も繰り返し否定する。でも、何故かどこかしっくりこないのは何故なんだろう。言葉と気持ちがずれている気がする。
でも、それ以上に思い付く言葉がないから。 「別にな、何とも思ってないですっ…と、友雅さんのことは…何とも……」
じたばたしているあかねとは正反対に、目の前にいた豊矩は何故だか硬直していた。しかし、パニックまっただ中のあかねには、そんなことまで気付く余裕などない。
と思ったら。
次の瞬間に、びくっとしたのは突然背後から肩を掴まれたから。
そして二度目にびっくりしたのは、すぐ近くで声が聞こえたから。
「会話の中に私の名前が出てきたとなると、素通りするわけにもいかないね。一体どんな話をしていたのかな?」
声にならない悲鳴のような叫びが、あかねの中にだけ反響する。
響き渡る自分の声に対して、また自分が驚いたりしている。
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