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恋愛論理
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| 第14話 (2) |
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時が過ぎ、緩やかに流れる風が薄い雲を引き寄せてきた。明るい月が、ほんの少しだけかげりを始めている。
これくらいの明るさが丁度良い。あまりに眩しすぎては、ゆっくりと腰を据えて休むこともままならなそうな気がする。
月明かりに照らされた簀子の上で、友雅は夜の静寂を一人持て余していた。
何気なく向かい側の対へと目をやってみる。そこにはもう人影は映らない。
甘い宴のひとときを終えて、部屋に向かった見目麗しい二人の客人たちは、もう夢の中を彷徨っているに違いない。
普段と変わらない夜なのに何故か素直に寝付けないのは、違う空気を持つ人の気配があるからだろうか。
この屋敷に客人が来るということは、滅多にあることではない。ましてや泊まっていくなど皆無に近いことだ。
元々それほど深い付き合いをする方ではないし、かろうじて鷹通や左近衛府の親しい者が、酒を酌み交わす間借り場所として提供するというくらいが良いところである。
女人との逢瀬ともなれば、大概は男が向こうの屋敷に通うものであるし。彼女たちの部屋は知っていても、彼女たちが友雅の屋敷を知ることはまずないと言って良い。
人の気配を背に夜を明かすことは、友雅にとっては別段珍しい出来事ではないが、その気にぬくもりが伴わないのは初めてのことだ。
そのせいだろうか。眠る気になれないのは。
八葉になってから、今までの自分が遠い昔の幻想だったのではないかとまで思えてくる。
当たり前に過ごしてきた日常が変化し、しかもそれに気付かないまま時が流れ続けている。
違和感のない変化。
手を伸ばせば十分届く場所に女人がいるというのに、独り寝で朝まで過ごすなんて。
こんなことも、友雅にとっては十分驚くべき変化なのだ。
『だからと言って、まさか神子殿の部屋に忍ぶわけにも行かないしねえ…』
そんな戯れ事を思い付いて、友雅は自分に対して笑いがこみ上げてきた。
八葉と神子とは、見えない強い絆を持っている。
それらは縁よりも強靱で、彼女に宿る龍神以外は誰一人手を出すことなど出来ない。
だとしても、八葉は男であり神子は女。それは不変の事実であり現実である。
男は女に惹かれ、女は男に惹かれる。それもまた不変の事実。
この世に生まれた限り、その自然の掟は全ての生き物に通じるもの。誰もが知っている異性を求める想い。
それは例え龍神であっても、取り払うことの出来ない生きている証。
………友雅は、笑いを止めた。そして、気を紛らわすように、長い髪をばさばさと掻き乱した。
自分は何を考えてるんだろう?
冗談とはいえ、馬鹿げたことを思い付いたものだ、と我に返った。 八葉と神子が惹かれ合ったら…なんて、冗談で思い付くにも限度がある。
冗談……当然のこと。
恋を楽しむような相手ではないのに。
彼女は神子。龍神を携えた聖なる神子。
そして自分は彼女に仕え、そして護るために存在する八葉の一人。それだけの関係だろうに。 男と女ではあるけれど、そんな関係を紡ぐなんてことは……あるわけがない。
なのにそんなことを思い付く自体、自分自身の思考に驚かされる。
幼くて、まだあどけなさが残る少女。素直に反応するすべての感情が新鮮で愛らしくて、魅力的だとは確かに思うのだが…それとこれとは別だ。
恋愛なんてあり得ない。惹かれ合うなんてこと、あるはずがない。
「私も少し、酔いすぎてしまったのかな……」
隣の部屋で酔いつぶれている豊矩を思い出しながら、友雅は空に浮かぶ月を見上げた。
■■■
夜風が丁度良くなびいてくるから、寝苦しさというものは感じられないのだけれど、寝返りを打っているうちに、一滴の水でも良いから乾いた喉を潤したくなった。
隣の柚芽は静かに寝息を立てている。起こして水を持ってきて貰おうかと思ったが、夢路を遮るのも気がひけたあかねは、そっと一人起き上がって部屋を抜け出すことにした。
多分厨房あたりにいけば水を溜めた瓶でもあるに違いないし、どこかに井戸もあるだろう。
幸い外はまだ明るいし、足場は灯がなくとも何とか歩いていける。
静かに足音を忍ばせ、あかねは慣れない他人の屋敷の中を歩き出した。
しかし、甘く見すぎていた。
普段過ごしている土御門家でさえも、まだ間取りを完全に理解していないというあかねが、初めてやってきた屋敷ですんなりと部屋を行き来できるわけがなかった。
入り組んでいる寝殿造の渡殿をつたって、部屋から部屋へ通り過ぎているつもりなのだけれど、全く厨房らしき場所にはぶつからない。
「おかしいなぁ…確か土御門家でも、厨房はこんな感じのところにあったと思うんだけど……」
少し薄暗い場所に入り込んだあかねは、辺りを見渡して独り言をつぶやいた。
そこは厨房と言うよりも土間か物置に近い。とても食卓の支度をするような場所には見えなかった。勿論水瓶も井戸もない。
「しょうがないなー…。部屋戻って寝よ…」
喉の渇きを我慢することを決意し、あかねは自分の部屋に戻ることにした。
のだが、既に来た道は全く分からなくなっていた。どこの道をどうやって歩いてきたのか、夜だから尚更に記憶も視界も不鮮明になっている。 「…あれ?ここ…じゃない?」
そっと覗いた部屋には、この屋敷の侍女らしき女性が数人眠りについている。自分の部屋ではない。
振り返ってあかねは、逆の方向に向かう渡殿を通り過ぎた。その通り道にある部屋から聞こえてきたのは、男と思われる寝息。
「あ、ここは……」
覗いた部屋で睡魔にすっぽり覆われて眠っていたのは、紛れもなく豊矩だった。 明日目が覚めたら、今夜の自分の失態を知ったら…多分彼は自己嫌悪に陥ってしまうだろう。せっかく柚芽との距離が狭められるチャンスだったというのに、そこで自分だけ酔いつぶれてしまったとなっては、悔やんでも悔やみきれないと嘆く姿が思い浮かぶ。
『でも、そんなこと気にすることはないんですよ、豊矩さん。』
鼾をかいて眠りについている豊矩を見下ろしながら、あかねは胸の中でそうつぶやいた。
『柚芽さんは、ちゃんと豊矩さんのこと理解してくれてますよ。そんなことであれこれ気にするような人じゃないですよ。』
男にとって、柚芽のような女性がそばにいてくれたら、どれだけ幸せだろう。どんなときでも、黙って理解してくれる穏やかな女性と一緒に未来を築けたら……幸せに違いない。 そして女にとっても、自分一人を真剣に想ってくれる男性がそばにいてくれたら…幸せだと思う。あかね自身もそう思う。
だからこそ、どうにかこの二人の心がめぐり逢うことが出来るようにしてあげたい。
お互いのこれからが幸せであるように。
その二つの手が重なり合うきっかけを作ってあげたいと思った。
そんなことを思いながら、あかねは静かに戸を閉めて豊矩の部屋を後にした。
随分とぼんやりしてしまった。水が飲みたかったからと言っても、他人の家の中を一人で放浪するなんて、あまり良い雰囲気とは思えない。妙なことにならないうちに、早く部屋に戻らなくては。
そう思ってはいるのだけれど、相変わらずあかねの足の矛先は右往左往の状態のままで、最初のスタート地点に近付く気配がない。 このまま明け方まで廊下で座り込むわけにもいかないし、どうしようか……。
少し灯りの漏れている部屋があった。誰かまだ起きているのだろうか。
この際だ、正直に事の状況を説明して部屋まで連れて行って貰うのが一番だろう。
あかねはそっと部屋の主に気付かれないように、その戸を開けた。
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