恋愛論理

 第10話
とにかく、何か計画を立てなくては埒があかない、という意見は三人とも同じだった。どうにかして、柚芽と豊矩を出会わせるきっかけを作らなくてはならない。
さて、どうすれば良いだろう。

「合コンとか…?なんて、この世界じゃ無理だろうしなぁ………」

頭を掻きながらあかねがつぶやくと、友雅たちの視線がこちらに集中していた。ふとこぼしてしまった現代の聞き慣れない言葉に、いち早く反応したらしい。
「あ、あのー…お見合いっていうか!そんなのはダメですか?!」
慌ててあかねが言葉を言い直す。
「お見合い………?」
ああ、まだこの時代では少し意味合いが通じにくい言葉だっただろうか。何と言えば良いんだろう。
言葉と言うのは難しい。同じ日本人でありながらも、時代の中でどんどん変化をしてしまった言葉たちは、千年も過ぎれば意味さえも変わる。ましてやあかねのような現代っ子になれば、自分から新しい言葉を作ることだって可能なのだから。
こんなことになるなら、もうすこし古典を頑張っておけば……なんて、今更思っても仕方がないことだが。


「雨が降っているね。これからの時期は鬱陶しい…。」
遠くの庭に視線を流した友雅が、絹糸のように細い雨のしずくを眺めながら言った。
「だからこそ、たまにはしっとりとした宴を楽しんでみたいとは思わないかい?」
ゆっくりと顔をこちらに向けた友雅の方を、あかねと頼久は黙って凝視している。
「来週の宵にでも、私の屋敷で宴を開いてみようかと思うのだけれど。神子殿は来て下さるかな?」
「えっ?わ、私がっ!?」
友雅が『私の屋敷で』という事は、すなわち…友雅の自宅ということで。勿論友雅の家を訪ねること…しかも、夜に?いや、一人で行くわけではないけれど…でも、何だか、何というか。
「神子殿に来て頂かなくては、宴の意味がないのでね。客人をもてなすような屋敷ではないけれども、是非いらしてもらいたいんだけれどね」
ああ、そんな事を言って。しかもそんなに甘い瞳でこちらを捕らえるなんてズルイったらありゃしない。あかねは声に出さず心の中で愚痴りながら、友雅の笑顔を直視出来ずに、さらりと視線をずらした。
「…構いませんけど、別に。」
あかねがそう答えると、友雅は一度満面に微笑んでから頼久に顔を向けた。

「じゃあ、頼久。その夜の牛車の護衛は、申し訳ないが辞退して貰えるかな。代わりに豊矩に着かせてやってくれるかい?」
「豊矩に…ですか」
「そして、神子殿のお付きには、柚芽殿をお願いしたい。」

ここまで来て、やっと友雅の言っている意味が理解出来た。
宴を開き、あかねの付き添いに柚芽と豊矩を指名して、それをきっかけに二人を引き合わせようという魂胆だ。あかねが友雅と宴を楽しんでいる間は、お互いに時間を持て余してしまうだろう。それこそが良い機会なのだ。
「そのあと二人がどこまで親しくなれるかは本人たち次第だけれどもね。でも、きっかけとしてはなかなか良いと思わないかい?」
ほんの少し自負するような口調で、友雅はそう言った。
頼久はしばらく感服していた。よくも、とっさにそんな機転が回ったものだ…と、彼が自負する以上に感心せざるを得なかった。

しかし、あかねは違っていた。友雅の意図が分かったとたんに、何故か一気に緊張の糸がほつれてしまったような…そんな感じだ。
どうしてこんなに、気持ちがだらけてしまったんだろう。さっきまで、あんなにどきどきしていた鼓動の音さえ覚えていないほど、今は波ひとつ漂っていない。


■■■


「実は私、夜に出掛けることなど殆どありませんでしたの」
あかねの着付けを手伝いながら、柚芽がそう話してくれた。
「元々、あまり出掛けることがない幼少時代でしたし、こちらにお世話になるようになってからも、中でのお勤めが大部分でございましたから。ですから今日は、少々楽しみなのですよ。」
柚芽の言葉の雰囲気から、その気持ちは充分に取って分かった。夜の楽しみと言えば、屋敷から見える月を愛でる程度のもの。彼女としては新鮮な気持ちでいっぱいなのだろう。

「失礼致します」

庭先から、若い男の声が聞こえた。あかねが御簾から顔を出すと、そこには腰に刀を差した青年が佇んでいた。まっすぐ伸びた背筋が、きりっとしていていかにも好青年という印象だ。
「今宵は頼久に代わり、私豊矩が橘少将殿のお屋敷まで付き添わせて頂きます」
はっきりとした言葉遣いは、頼久にも負けず劣らず真面目な雰囲気がする。
この人が、柚芽さんを好きなんだ……。彼を面と向かってじっくり見たことはなかったが、なかなか良い感じの人かもしれない、と思った。それはあかねの個人的感覚なのだが。
すると、あかねの後ろから問題の彼女が顔を出してきた。

「今宵はお付き添い、よろしくお願い致します。もうすぐ神子様のお仕立てが済みますので、もうしばらくお待ち頂けますか?」

まさに夜の闇を照らす、黄金色の満月の輝き。柚芽の笑顔は、彼にとってそんな存在だったのかもしれない。その証拠に、彼が返事をしたのはワンテンポずれてからのことだった。
……ホントに柚芽さんのこと、好きなんだなぁ。
彼の一途な恋心が何となく微笑ましくて、その場に居合わせていたあかねもどことなく心の中が暖かくなった。



久々にあかねは、袿に袖を通した。
普段は着ることがないのだが、やはり他人の屋敷の宴に招かれるという手前上は、いつもの身軽な格好で出掛けるわけにはいかないとのことで、半泣きになってすがる藤姫の願いに折れるしかなかったというわけだ。
出来るだけ簡単なものに、と頼んではいたのだが、それでもやはりあかねにとっては盛装という感じが否めない。
相手は友雅なのだから、いつもの姿であっても文句など言わないと思うのだけれど。

それに……今回のことは、柚芽と豊矩を引き合わせるだけの、単なるチャンス作りで出来上がった宴に過ぎない。
二人が出会うことさえ出来れば、その立会人は別にあかねではなくても良いのだ。
別に、自分はそのきっかけ程度の存在で…………。あかねの気持ちが緩んでしまったのは、そう気付いてしまったからだった。


でも、何だか妙に鏡に映る自分の姿が気になってしまう。特に、目で確認出来ない後ろ姿など神経質になってしまった。
「ねえ、柚芽さん?後ろの帯、しっかり締まってる?髪の毛、乱れていないかなぁ?」
じっと鏡を何度も覗いているあかねを、柚芽が静かに微笑んで見ていた。


■■■


月明かりが足下を照らしている。どこかから水の流れる音が聞こえていた。庭先に池でもあるのかもしれない。
手入れが行き届いているとは言い難い屋敷ではあるが、自然に任せて花を付けている草花は風景に彩りを添えるのに丁度良い。気取らずに、自由にその景色を愛でる事が出来る。多分、それは友雅の趣味なのかも知れない。

「本日はお招き頂きまして、誠に有り難う御座います」
まず柚芽が屋敷の主…友雅の前に深々と三つ指を付いて頭を下げた。後ろに従えていた豊矩が、それに続く。
「そんなに気を遣うような屋敷ではないのだから。二人とも気楽にしていると良いよ。」
主からの言葉を聞き入れたあと、やっと柚芽たちは揃って顔を上げた。


「神子様は、車の中にいらっしゃいます。」
「それじゃあ、一応この屋敷の主の私がお手を貸さなくては失礼だね。」
そう言って友雅は、綺麗に装飾が施された牛車へと近付いた。ほのかに甘い香りが、側に寄ると漂ってくる。愛らしくて清々しい、彼女によく似合った香りだ。
「さあ、姫君。こちらに………」
差し出した友雅の手に伸びる手は、まだ幼さの残る柔らかで小さな手のひら。隙間からするりと衣擦れの音がして、淡蘇芳の裾がこぼれ落ちた。
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Megumi,Ka

suga