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Kiss in the Moonlight
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| Story=24-----03 |
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それから1時間ほど過ぎた頃、再び泰明たちが友雅の病室を訪れた。
しかし今回は、ギャラリーの数がさっきとは比べものにならない。
何故ならそこには、現上級巫女の姿があったからだ。
「ごめんなさい。安静にしなければならないのに、大人数で押し掛けて。」
「いいえ。貴女様が参られるのですから、これくらい当然のことですよ。」
現上級巫女の背後には、護衛官が4人。
彼女のすぐ隣には品の良い老紳士が立っている。
彼が、彼女を護る者だ。
「この度は、大変でしたね。試練とはいえど、あの龍と一対一で戦うのは苦労なさったでしょう。」
与えられる試練は、人それぞれに違う。
あらかじめ決められたものではなく、その場で龍が決定するため、用意も何も出来ないのが難しい。
まあ、突然のことがあっても咄嗟の判断と機転を利かせられるようにと、それを試される意味は同じである。
「ですが、それでも龍を認めさせたのですから、ご立派です。次期巫女のあかね殿も、あなたがいれば安心してお過ごしになれるでしょう。」
「はは…なら良いけどね。」
上級巫女を護る者同士、気軽な雑談を交わす。
そして隣にいる現上級巫女は、ずっと友雅の腕を見つめていた。
「友雅、あなたのご容体については、泰明殿と永泉殿からお聞きしましたよ。」
上級巫女の彼女が口を開くと、ぴしっと空気が一瞬で張りつめた。
皆が喋りを止め、姿勢を正す。
それほどに上級巫女の存在は大きく、国王や王族たちと大差ない。
「龍から与えられた傷を治すため、私の力が必要ということですね。喜んで協力させて頂きましょう。」
優しい慈愛に満ちた微笑みは、聖母のように暖かい。
さすがに何十年もの間、世界の民に平穏を導くために尽くした結果故か。
「ですが、こういうことは護る者と護られる者の、信頼が厚いほど効果は高いものですよ。私よりも、あなたにはあかねの方が良いはずなのですけど。」
と言いかけると、黙ったまま友雅は首を横に振った。
…やはりダメか。
永泉たちも、本当なら友雅にはあかねの力を使いたかった。
現上級巫女からの言葉であれば、彼も聞き入れてくれると思ったが、やはり無理だった。
しかし、彼女も友雅の本心が分かるだけに、あまり強く言えない。
……あかねに、心労を掛けさせないためだ。
自分に同行したために龍と戦うことになり、そのため彼が腕を負傷した。
あかねの性格なら、それを友雅に詫びるだろう。
同じ場所で、その一部始終を見ていた者として、護れなかったことを彼女もまた悔やむに違いない。
だから、黙っていろと。
彼女にそんな負い目を抱かせたくないから、と。
そのためなら、長い時間を掛けて薬でごまかしながら生きても構わない、と……。
そんなにまで自己犠牲をするのね、あなたは。
あかねのために、見返りなんて抱かずに…。
本人にも気付かれないように、その愛情を注ぎ続けるつもりなのね…。
華やかな話題には常に事欠かなくて、そのくせこれと言って情熱を傾ける女性もいないまま、ただ毎日をふらりと過ごして。
……そんなあなたが、そこまで無償の愛に身を委ねることを、自ら選ぶのね。
現上級巫女の彼女は、自らを護る者である老紳士と目を合わせ、黙って静かに頷き合った。
自分たちには、恋愛感情はなかった。
彼が選ばれたとき、既に彼は結婚して家庭を持っていたから、あくまでも保護者として信頼を築いた。
けれど、友雅の場合は……。
あかねが自らの本心で、自然に選んだ相手に関しては、どんな身分の男性でも否定はされない。
その選択肢の中には、友雅の名前ももちろん含まれている。
だけど、"自らの本心で、自然に選んだ相手"しか許されないわけだ。
彼女が友雅を選ぶ保証はない。
けれども彼は護る者として、一生を彼女の側で生きていく。
---------それでも構わないよ。
友雅の心は、そうつぶやいている。
「分かりました。国王様には許可を頂いております。鎮静剤の薬投与と併せて、私の力をお貸ししましょう。」
彼女はそう言って、老紳士の前に手を差し伸べた。
白い手のひらの上に、彼は黒い革の袋から取り出した緑の玉を乗せる。
おそらくそれは、上級巫女と護る者が龍に認められた証。
友雅たちもつい先日、あれを授かったばかりだ。
「左肩を出してごらんなさい。」
言われるがままに友雅はシャツの袖を払い、全く感覚がない左腕を彼女の前に差し出した。
呪文のような言葉を唱えつつ、緑の玉をすうっと腕の上に滑らせてゆく。
泰明や永泉も、彼女になぞらえて手を組み、祈るように瞼を閉じる。
これじゃあ治療というよりも、悪魔祓いされているようだな。
いや、龍が付けた傷を悪魔呼ばわりしては、かえって罰が当たってしまうな…と、心で苦笑いをする。
その儀式は、約1時間ほど続けられて終了した。
がっしりとしたドアに、コンコン、とノックの音が響く。
駆けつけて鍵穴を覗くと、外に立っていたのは現上級巫女の彼女だった。
「み、巫女さま…。どうかなされたんですか?」
「どうしているかと思って、ちょっとあなたの顔を見に来たのよ。」
入っても良いかしら?と尋ねられて、すぐに鍵を開ける。
外には彼女と、彼女を護る老紳士が立っていた。
まるで親子みたいな年令差だけれど、博識で落ち着いていて、あかねにとっても話しやすい相手だ。
「お茶は、私がご用意致しましょう。巫女様はどうぞ、あかね様とソファでくつろいでいて下さい。」
部屋の間取りや造りは、現巫女も次巫女も同じである。
勝手知ったる彼は、部屋の隅に置かれたティーセットで、彼女たちの紅茶を用意し始めた。
お茶の用意は彼に任せて…あかねたちはソファに座った。
今日は西日が強いので、昼過ぎからレースのカーテンを引いているので、少しだけ部屋が薄暗い。
それでも上級巫女である彼女の眩さは、聖なる光として明るさを保っているように思う。
「あかね、さっき友雅に会って来たわよ。」
一瞬ぼうっとしていたあかねは、彼女のその言葉に、はっとして顔を上げた。
「と、友雅さん…気付いたんですか!?」
「ええ。まだ腕は痛むみたいだけど。でも、泰明達が話を聞いて治療法を見つけてくれたから、もう大丈夫よ。」
「じゃ、治る…んですか」
「もちろんよ。少し時間は掛かるけど、ちゃんと治るわ。だから、彼…あなたに、安心してって伝えてくれって……」
かくり、とあかねは首をうなだれて、張っていた肩を落とした。
昼頃病棟を訪れたときは、彼も意識が戻らなかったから返されたらしい。
それまでの間、1人この部屋で随分心配していたんだろうに。
恋愛感情の有無は無関係でも、二人の信頼は確実に築かれているのだ。
でも、これで少しは安心しただろう。
「……っ」
「あかね?どうしたの?」
ティーカップとポットを用意して、リビングにやってきた彼の目に映ったものは、声を潰して泣き崩れるあかねと、その肩を抱く彼女の姿だった。
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