Kiss in the Moonlight

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町に戻ると、王宮から派遣された護衛団が既に到着していて、あかね達を出迎えてくれた。
だが、彼らは一人の姿を見たとたん、思わず声を失った。
泰明と永泉の術により、眠らされている男。
原因不明の症状が出たことで、安静を保つように催眠を掛けているのだ、と泰明は彼らに説明した。

一体どんなことが起こったのだろうか。
帰路に着くまでの間、護衛官たちがひそひそと噂する声が聞こえる。
国王の側近として、武芸に長けていた彼が負傷した…。しかも、どんな容態なのかも分からないという。
上級巫女の最後の旅に同行するのは、並大抵な者では務まらないと聞いている。
だからこそ、友雅の他にも優れた者が選出されたのだ。
「友雅殿は、どんな怪我をされたのだろうか…」
出発前に、王宮にはすべて連絡をしてある。
向こうに着いたら、すぐに別館の病棟に運べるように、特別室も用意させた。
果たして、彼の意識は戻るのだろうか。

そして、新たな上級巫女となったあかねはといえば…、意識のない彼のそばから離れない。
声を掛けても言葉少なく、食事もさほど喉を通らない。
一時も友雅の隣から離れずに、彼の様子をじっと眺めていた。
時折、ぐっと歯を食いしばっている表情が、何度も皆の目に止まった。
彼女を心配して永泉や詩紋たちが、代わる代わる側に着いて見守っている。

ようやく一行が王宮に戻ったのは、それから3日目のこと。
御衛団しか知らない内密な近道を使い、驚くほど早く到着できたのは、国王直々からの命令でもあった。


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王宮に戻ると、国王を始めとして現上級巫女たちがずらりと並び、あかねたちの無事の帰還を出迎えた。
「あかね殿、立派な旅を終えられて…そなたも真の上級巫女となった。本当に喜ばしいことだ。」
賛辞と祝福の言葉が、次々と掛けられてゆく。
その都度、あかねは軽く頭を下げて礼を言ったが、心はそれどころではなかった。
自分のことよりも……気になって仕方がない。
友雅の腕は、容態は、今どんな状態なのだろう…。

彼は出入口で護衛官に抱えられ、そのまま病棟へと運ばれて行った。
皆友雅の後を着いてゆき、あかねだけがここに残った。皆の祝辞を受けるためだ。
「……あかね様」
そばにやってきた上級巫女の彼女が、肩をそっと抱いた。
何も言わずとも、彼女にはすべてが分かった。
あかねの心は旅の疲れや達成感よりも、今は友雅の容態の方が心配なはず。
本当なら泰明たちと一緒に、病棟へ行きたかっただろうに。
「泰明殿や医師たちにお任せしましょう。きっと、今までと変わらず元気になりますよ。」
彼女の言葉が優しくて暖かくて、耐えて来た涙が我慢出来なくなった。
ぽろりぽろりと、声もなく雫を溢れさせるあかねを、彼女たちは包み込むように輪になって抱きしめた。



一通りの連絡事項が終わり、やっとあかねにも自由な時間がやって来た。
王宮の敷地内ならば、どこに行こうが咎められることはない。
もちろん、別館にある病棟に立ち入ることも、だ。
さっそくあかねは、友雅の容態を伺うために外へ出掛けた。
面会は出来なくとも、きっと泰明か誰かがそこにいるはず。尋ねてゆけば、何かしら教えてくれるだろう。

本館からずっと並木道を通り過ぎて、森を背に病棟は建っている。
白い石で造られた大きな建物は、重厚感もあるが明るい雰囲気で、暗い印象は全くない。
療養する者、治療を受ける者に精神面からも癒しを、というコンセプトで建てられたものなのだ、と教えてくれたのは……紛れもない彼だった。
まだ王宮に来たばかりの頃、あちこちを案内してくれて。
"これからはここが君の町だから、自由に歩き回って楽しく過ごせば良いんだよ。"
彼はそう言って、しょっちゅう連れ出してくれて。
おかげで、あっという間に王宮内の町に慣れたのだ。

「あ、泰明さん…」
病棟の門をくぐると、二階に続く階段から降りて来る泰明の姿があった。
あかねは慌てて駆けつけると、背後には医師が二人ほど同行していた。
「どうした、あかね」
「あの…友雅さんのことが気になって…」
彼女がそう言うと、背後にいた医師がそっと泰明に耳打ちをした。
聞こえないくらいの小声で何かを話すと、改めて泰明は、あかねを透明の瞳で真っすぐ捕らえた。

「あかね、良く聞け。友雅の左腕のことだが、原因は神経だ。」
「……神経…?」
「そうだ。あいつの左手は、神経を斬られている。」
腕の神経を斬られた…?
唖然として、あかねは言葉を失った。
何て答えていいのか…頭が動かなくなった。
言える言葉は、何故、どうして、それくらいの尋ねる程度のことだけ。
思考回路は……止まったままだ。
そんな彼女を前にして、医師の一人が深いため息の後で額を押さえた。
「私どもにも、さっぱり分からないのです。しかも肩から指先の一本一本まで、まるで焼かれたように酷く損傷しているのです。」
表面には外傷はひとつもない。なのに、内部が完璧なほどに破壊されている。
あれでは腕が動かないのも当然だ、と医師は答えた。
「な、治らない…んですかっ?」
「何とも言えん。まだ様子見だな。だが、命に別状はない。その点は安心しろ。」
泰明はそう答え、軽くあかねの肩を叩いた。

「とにかく、おまえは部屋に戻っていろ。継承儀式前の大切な時期だ。あまり歩かない方が良い。」
病棟の正門に、二人の看守がいる。
彼らを呼び寄せた泰明は、あかねを部屋まで送っていけと指示した。
そうは言われても、あかねはまだ後ろ髪が引かれるようで、ちらちらと何度もこちらを振り返る。
「何か異変があれば、おまえもすぐにここへ呼ぶ。今は部屋で待機していろ。」
相変わらずの無表情ではあるが、それでも出来るだけ落ち着かせるように、彼なりに口調は注意を払ったようだ。
果たして、あかねに通じたかは微妙だが。


呼び寄せられた従者たちに連れられ、あかねがその場を後にしてから、医師の一人が泰明に尋ねた。
「友雅殿の意識が戻るのは、あとどれくらい掛かりますか。」
「…おそらく、1時間後には戻るだろう。」
「では、その頃に病室に集まれば宜しいですね。」
国内で敏腕と名高い、各専門分野の医師たちが王宮内には揃う。
そんな彼らと、医学博士や多くの薬師、そしてそれらとは別の分野として、霊力を司る泰明。
彼らの力を駆使しても、簡単には解明が難しい今回の症状。

まずは友雅が目覚めたら……事の一部始終を聞いてみよう。
そうすれば、原因の糸口が見つかるかもしれない。



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Megumi,Ka

suga