Kiss in the Moonlight

 Story=23-----04
怖くて目を開けていられなくて、あかねは両手で顔を覆っていた。
一瞬のこと…だからこそ、その瞬間をこの目で見るのが怖かった。
でも、見なければ、彼らの勝敗は確認出来ない。
だけど………やっぱり怖い。

友雅さんに、何かあったらどうしよう…。
心から信じられる人だって、さっき迷わず答えたじゃない。
そんな人を失うことになったら…。
ううん、そんなことない!そんなこと、あり得ない。
………でも。
負の想像ばかりが沸き上がってきて、それらを払い除けようと、あかねは必死で頭を振り回す。
お願い…何事もなく終わっていて。
両手を祈るように組み、あかねはその場にうずくまった。
すると、周囲を包んでいた氷がするすると溶け始めた。
何かの熱が与えられているかのように、それらは水となり……地面に吸い込まれてゆく。



「あかね殿、大丈夫?」
大きな手が差し伸べられて、あかねは顔を上げた。
眩しい太陽の日差しを背に受けて、見下ろしているのは、笑顔。
「大丈夫だって言っただろう。この通り、何でもないよ。」
彼の手には、剣が握られていなかった。
見渡すとすぐ近くに、刃をえぐられた剣が横たわって放置されている。
刃の表面には、わずかだが鮮血がこびり付いていた。
「さ、起き上がって。」
あかねの手を引いて、友雅はその身体を起き上がらせようとした。

何だ、これは…。
今、初めて気が付いた。左腕に力が全然入らないのだ。
骨が折れているわけでもないのに、肩から指先まで感覚を失っている。
一体、どうした。龍にやられたのか…?
後ろを振り向くと、彼は友雅が斬りつけた傷を舌で舐めている。
「友雅さん、血…が…」
あかねの指先が、そっと頬に触れた。細い指の腹に血が付いていた。
「ああ、これくらいかすり傷だよ。他は何ともない。」
「ホントに…?」
友雅は首を縦に振った。
片腕くらい負傷したって、たいしたことはない。もっと酷い覚悟をしてきたのだから、この程度はかすり傷みたいなものだ。

「……っ!」
ぐらりと後ろによろけそうになる。
腕の中にあかねが飛び込んできて、堰を切ったように泣き出した。
「良かっ…た…友雅さん…無事で…」
「私は、君を護るための人間なんだよ。君を置いて、どうにかなるわけじゃないだろう?」
友雅の言葉が聞こえているのか分からないが、あかねはずっとしがみついたまま嗚咽している。
「大丈夫だよ」
左腕は動かないけれど、右腕で彼女を抱きしめる。
柔らかな髪を唇で触れて、気付かれないよう左手を後ろに隠した。


『見事な男だな』
龍の声がして、二人は顔を上げた。
『容赦はしなかったつもりだが、よく我の攻撃をはね除けた。』
それにも関わらず、その剣で反撃の跡を残したのだ。
致命傷とは行かなかったが、過去に反撃まで出来たのは…せいぜい2〜3人。
避けることは出来ても、同時に攻撃に成功した者は滅多にいない。
『認めざるを得ない力。橘友雅、そなたに、彼女を護る任を与えよう。』
「……有り難うございます。」
真摯な口調で、友雅は深く頭を垂れた。

これですべてが終わった----------。
彼女は上級巫女となり、自分はそれを護る者として認められた。
積み重ねた三年余りのものが、ひとつの形として新しく生まれる瞬間だった。
雲がゆっくりと晴れてきて、祝福するような眩しい光が降り注ぐ。
真珠色の輝く光の玉が、幻想的に辺りを浮遊し始める。
肩の力が抜けてゆく。
身体が浄化されてゆく。
新たなものが満たされて、世界が変わり始める。

『そなたらに、これを捧げよう』
浮いていた光の玉が、ひとつずつ友雅とあかねの前に飛んできた。
しばらく回転していたそれは、やがてコロンと石のように固まって、艶やかな緑の石に変化した。
『我の加護を示す、上級巫女とそれに関わる者のみが持つ、真実の石だ。それらがある限り、我が天からの力を通じて、そなたらを援護しよう。』
手に取った緑の石は、彼の言葉通り美しく輝いて、まるで彼の瞳を映したような色をしていた。

『二人とも、身体を寄せ合え。そなたらを、地上に戻そう。』
言われる通りに、友雅は右手であかねを引き寄せた。
雲が周囲に集まってきて、竜巻のように二人の身体を覆い尽くす。
「しっかりと捕まってね」
「はい…っ」
暖かな綿毛に包まれるように、雲はどんどん頭上を越えて視界を塞いでゆく。


『新たな世界を護る者--------二人の道に、幸あらんことを。』
その言葉が脳裏に響く。
そしてほんのわずか……意識が途切れた。





静かに意識が目覚めた時、遠くから話し声が聞こえてきた。
「二人が起きたら、町に戻りましょう。王宮には既に連絡を済ませてあります。」
「護衛団が向かっているそうですから、帰りの道は楽に進めそうです。」
鷹通と頼久の声か……。

「お、友雅、目が覚めたか?」
イノリが顔を覗き込んできた。
その後ろから、あかねが慌てて飛び出してきた。
「友雅さんっ…大丈夫ですかっ?」
「ああ…。あかね殿は、何も怪我はなかったかい?」
こくん、とうなづく彼女には、かすり傷の一つも見当たらない。
「よくぞ最後まで、あかね殿を御護り下さいました…。」
永泉の慈愛に満ちた穏やかな笑みが、友雅を讃えるようにこちらを見ていた。

最後ではないよ。これからも…私は彼女を護ってゆく。
彼女のそばで、この身を捧げて、ずっと-----------------

「…くっ…!」
突然、起き上がったばかりの友雅が、その場に倒れるようにしてうずくまった。
「友雅さん!?どうしたんですかっ!?」
彼は痛みを堪えるかのように、左肩をぐっと押さえて歯を食いしばる。
この痛烈なものは…なんだ。
腕の感覚がなくなったと思っていたけれど、急に痺れるような痛みが左腕全体に広がってくる。
…まずいな。ちょっとこれは…普通の状態じゃない。
一体、どんな攻撃をしたのだろう、あの龍は…。

「あかね、下がっていろ。これは尋常じゃない。」
泰明は頼久と天真を呼んで、友雅を馬車の中に連れてゆくよう指示を出した。
「泰明さんっ!友雅さん何があったんですか!?」
「…わからん。とにかく、早めに帰路に着く手配を進めるとしよう。ここでは、何も対処出来ぬ」

あかねが上級巫女の儀式を終えた、と円満だった空気が一転。
重苦しい雰囲気の中で、彼らは帰宅の準備を始めた。



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Megumi,Ka

suga