Kiss in the Moonlight

 Story=23-----03
彼の力を、信じていないわけじゃないのだ。
見た目が艶やかで飄々としすぎていて、剣なんて扱えるのかと最近まで思っていたけれど、旅の中でその力を見せつけられ、武芸に長けている人なのだと改めて気付かされた。
ユニコーンを相手にしたとき、山道で獣を払い除けたとき。
だから信じているのだが、だからこそ…黙っていられなかった。

今回の相手は、龍だ。
普通の獣じゃないし、人間相手でもない。
その龍が、手加減をせずに攻撃すると言っているのだ。
いくら友雅でも、あんな大きな…そして強力な力を持つ龍が本気になったら………
どうすればいいの!?どうやったら止められるの!?
何とかして…戦いの前に、友雅さんを助けてあげられない?
怪我に倒れる友雅さんなんて、見たくないのに…。
…怪我なら、まだ良い。
本気の戦いにもし、本当の意味で倒れたとしたら。

-------------いや!考えたくないっ!!!
「友雅さん!お願い!やめてぇっ!」
この声が聞こえているはずなのに、彼も龍もこちらを見ようとしない。


ぐっと剣の柄を握りしめ、友雅はゆっくりと呼吸を整え始めた。
逃げるわけにはいかない。この試練も、また自分にとっての重要な儀式でもある。
これに勝てば、本当の意味で彼女の側にいることを認められるのだ。
確かに、今回ばかりは覚悟が必要だが。

全身の神経をすべて働かせて、友雅は龍の姿をしっかりと目に焼き付けた。
相手の心を読んで、行動のリズムを読み解こうとと思ったが…やはりどうやっても無理なようだ。
となれば、カンに任せて動くしか方法はない。
ほんのわずかな動きでも、先に相手が動けば……あとは、こちらの対処次第。
手強いだろうが、やらないわけにはいかないな。
もしかしたら、何かを失うかもしれないけれど、命だけを守り切れれば------彼女のそばで生きられるから。

龍の呼吸のリズムは、常に一定だ。
この緊迫した空気の中でも、乱れなどなく平然と腰をすえてそこにいる。
いつ、動くか。
それまではこちらも、身動きせずに伺うだけに止めておく。
最初の一発が肝心。そこで動きを読めればチャンスがあるかも………。

その時。
グワッ!……と、まさにそんな感じで、目の前に白銀の鋭い牙が迫っていた。
「……っ!」
掴んだ剣を手前に広げ、友雅はそれを龍の牙に押し付けた。
間一髪というのは、このことか。
全く気配を感じさせずに、突然彼は襲撃を開始してきた。
「くうっ…!」
力の限りで押し払おうとしたが、さすがに相手の力は生半可ではない。最初から手荒い攻撃だ。
思い切り反動を使い、剣で牙を払い除けた。
一瞬何とか作り出せた隙を利用し、即座に友雅は身をよじる。
とにかく、まず形勢を立て直さなければ。
この揺るんだ状態では、相手の思うツボ。急所をピンポイントで狙われる。

ひゅっと身体を翻し、友雅は龍の背後に移動した。
しかしその首はくるりとすぐに振り返り、またも友雅の姿を捕らえて離さない。
どう逃げても、どう動いても、追い掛けてくる。
……思い切って、このままでこちらから攻撃するべきか。
いや、力の差は相手に分があるはずだ。早まって動いたら負けてしまう。
我慢を繰り返しながら、諦めずにさっきのような隙を探していくしかない。
それまでは、自分の命を護ることに専念すべきだ。

持久戦に持ちこんだ時のため、体力を温存しながら身をかわす。
『しぶといな』
「お互い様だろう」
まだ、剣を向けてはいない。
攻撃の証になってしまうから、交戦しないように時間を稼ぐ。
だがそれも、そろそろ限界か。
神の化身でもある龍と、たかが一人間である自分とでは、力も戦闘力も比べものにならない。
このままでは埒が開きそうにもないし、この際…作戦変更を提案してみるか?

「ひとつ、提案があるのだけれど。」
友雅がそう言って剣を下ろすと、龍はふっと気を緩めた。
物分かりの良い相手だ。というか、芯の通った誠実な生き物である証拠だろう。
聖獣の王である威厳。卑怯な攻撃はしない信条でもあるのか。
「ずっとこの調子じゃ、決着が着くまで時間が掛かる。私の力は、それなりに認めて貰えたはずだし…。だったらいっそ、一発で決着を付けてみないか?」
『………』
「西の方の話で、背を向けあって数歩進んで、最後のカウントで振り返って…早く撃った方が勝ち、なんて話がある。ま、そういう感じでどうだい?」
同じ数を数え、最後のカウントが攻撃の合図。
フライングさえしなければ、割と正当な戦い方だと思うのだが?

『ふん、それも良い。我も、長い時間戦いに付き合うのも疲れる。そなたの提案、受け入れてやろう。』
「感謝するよ。では、その方向で。」
友雅と龍は、それぞれにもう一度体勢を整えた。


これが、最後の戦いになるだろう。
王の側近として、戦闘能力もそれなりに得ていなくては。
そう思って始めた一連の武芸だが、まさかこんなことで実用する日が来るとは。
あかね殿に会えなかったら…。
彼女を護る者として選ばれなかったら、こんな機会はなかっただろう。
でも、彼女と会えなかったら…。今はそちらの方こそが不憫だと思う。

再び剣の刃先をじっくりと眺め、ほころびがないことを確認する。
ふと視線を感じて目を遣ると…氷の中で、今にも泣きそうなあかねの姿があった。
「ああ、そんな顔しないで。心配しないで良いから。」
「そんなこと、出来るわけないじゃないですか!!」
つうっと一筋の涙が、堪えきれずに彼女の頬をこぼれて行く。
「今すぐやめて下さい!本当に…もしものことがあったらっ……」
「大丈夫。もしも、なんてないから。」

口では言うけれども、はっきりと確信は出来ない。
だが、彼女のために命を懸けようと誓ったばかりだ。
そのために、ここで私は落ちるわけには行かないんだよ。
「背を向けるか、目をつむるか、しておいで。次に目を合わせるときは、笑顔を見せてあげるから。」
「友雅さんっ!」
両手で剣の柄を握り、友雅は龍の姿を隅々まで瞳に映した。
……緊迫が走る。
さっきの一連の交戦とは比較出来ないほど、張りつめた空気が広がってゆく。

『始めるか』
「そうだね。じゃあ、長いのもアレだから…5カウントで済ませよう。」
龍は軽く首を振り、背を向ける代わりにその瞼を閉じた。
友雅も同じように首をうなだれ、そのまま静かに目を閉じる。
跪いた地上からの熱。視野を塞いだ代わりに、強まってくる聴覚で耳を凝らす。


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猛獣のような牙を剥きだした龍。
ソードを振り切って、宙を斬り裂いた友雅。
二人の姿が一瞬重なりあい、そのまま左右へと流れてゆく。

まるで-------時が止まったかのように思えた。



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Megumi,Ka

suga