Kiss in the Moonlight

 Story=23-----02
『そなたの三年の勉め、努力、今、すべて確認させてもらった。』
龍の声が、あかねに向けて響いてくる。
改めて耳を澄ますと、割と穏やかな声だ。険しさや、威圧感などは全然ない。
「すべて…って、どうやって分かったんですか?ずっと、見ていたんですか?」
『そなたの中にある意識を、覗かせてもらった。これまでの取り組み、何もかも申し分ない。』
意識を覗いた…?いつのまに。
想像も出来ないことばかりが、あっさりと進んでゆく。

『そなたは、天から上級巫女として認められた。これから王宮に戻り、現上級巫女より引き継ぎの儀式を終えれば、そなたが上級巫女となる。』
彼女たち自身にしか伝えられない、重要機密はまだまだ多い。
それらは継承儀式の時まで、門外不出となっている。
すべてが受け渡されたときに、いよいよあかねの代が始まるのだ。
「私は……上級巫女として相応しいですか?」
『勿論だ。もし、自分に欠けているものがまだあるとするなら、今後も努力をしてゆけば良い。これからも、成長することは可能だ。』

何だか、その言葉を聞いてホッとした。
まだ自分は未完成なんじゃないか。まだまだ世間知らずで、こんなことで世界を背負う巫女をやっていけるのか。
そんな風に思ったこともあったけれど……これからも歩き続けることが出来るのなら、更に上を目指してゆこう。
「分かりました。もっと立派な人間になるために、今後も頑張ります。」
あかねがそう答えると、ほんの少し龍の瞳が眩く細くなったような。



地上でひとり、友雅は天空に浮かぶ龍の姿を見上げていた。
あの彩雲の中で、どんなことが行われているのだろう。
上級巫女を認める龍からの天啓……それは一体どんなことなのか。
言い伝えも何も残っていないし、もしくは口外されていないのかもしれないが、まったく見当が付かない。

だが……彼女がようやく、上級巫女となったことは間違いない。
こうなるために、自分はあの日彼女を見付け、王宮に連れて帰り……ずっと護り続けてきた。
それは今後も続く。永遠に。
護る者としての任務は…彼女のそばで、これからも続いていく。

優雅に宙を泳ぐように、龍がうねりながら再び砦に下りてきた。
すとん、と柔らかい震動で、あかねもまた地上に舞い降りてくる。
『橘友雅。そなたは、生涯この巫女を護る者として、全身全霊を捧げることを、我の前に言葉で誓え。』
---龍が、問い掛けた。

いまさらだけどね。
そう思いながら、友雅はあかねの前に跪いて頭を垂れた。
「私、橘友雅は、新上級巫女となられた元宮あかね殿に、我が身の全てを捧げて永久にお護りすることを、天と王に誓います。」
初めて会った時にも、こんな風に彼女の前で跪いた。
あの時から忠誠心は変わっていないけれど、もっと今は強い意味で彼女を護りたいと、心からそう思う。
それは、間違いなく真実だ。

「こんな感じで構わないかい?」
立ち上がった友雅は、顔を上げて龍に向かって言った。
しばらく沈黙を保っていた龍に、一瞬だが緊張感が走ったけれど、それも取り越し苦労だった。
『そなたの誓い・忠誠、認めよう。』
二人はホッと胸をなで下ろしたが、実はそれだけでは終わらなかった。

『では-----最後の試練、受けてもらうとしよう』
再び、緊迫が走る。
龍の瞳が、じっと友雅を凝視する。
最後の試練とは、さっきの扉を開けることではなかったのか。
果たしてその試練、どんなことを自分に突きつけてくるというだろう。

「きゃあっ!」
突然あかねの叫びが聞こえて、友雅は振り返った。
「な…っ。何のつもりなんだ…これは」
友雅の目に映ったものは、大きな氷壁の中にいるあかねの姿。
しかし、氷漬けになっているわけではなく、氷に覆われた球体の中に閉じ込められている、と言った方が良いか。
「あかね殿!?大丈夫かい?」
「わ、私は平気ですけど……っ」
氷に閉ざされているのに、何故だか寒さは全く感じない。
呼吸も出来るし身体も動く。身に異変をもたらすようなことはないようで、それはホッとした。

「どういうつもりなんだい、これは…。君の言う試練とは、どんなことなのか教えて欲しいものだよ。」
あかねを氷に閉じ込めて、何をするつもりなのだ。
何故、そんな必要があるのか…龍である彼の考えは、友雅が意識を凝らしてもガードが強くて読み取れない。
すると龍は、ぎらりとした両目に友雅を映した。

『我と、一対一で戦え。』
「……何だって?」
咄嗟に剣の柄を握っていた友雅を、龍はじっと見ている。
『その剣を、どう使おうと構わん。刃を立てようと、斬りつけようと、おまえの自由。我に、全力で向かってこい』
龍と戦えと言うのか。
天に仕える聖獣の王である彼を、この剣で傷つけても構わないと。
------許されないだろう。
そんなこと、普通だったら死を持って刑に服すに値する重罪だ。
だが、彼自身からそれを勧められたとしたら、どうだろう。
引き受けるべきなのか。

「ちょっと待って下さい!いくらなんでも、そんな危険なこと、だめですっ!」
ガンガン!と氷の壁を懸命に叩いて、あかねが中から叫んでいる。
すると龍は、ゆっくり彼女の方に首を向けた。
『この男が獣を払い除けたのは見ている。だが、あの程度の敵ばかりではない。』
時には荒くれの人間どもかもしれないし、術を使う魔術師かもしれない。
宙を舞う獣や、凶暴な牙を向く獣。あらゆるものが、一瞬として敵になる可能性はある。
『それらすべてに対応出来る力がなくては、そなたを護る者としては不足。それを、この戦いで確かめさせて貰う。』
だからこそ、最後に私が相手となろう------と、龍は答え、再び友雅と向き合った。

戦わねばならないのだろう。彼に、本当に認めて貰うためには。
『おまえの中の、本当の力を知りたい。巫女の存在を別として、純粋におまえの力を見せろ。』
「…分かった。そちらが本気で向かってくれるなら、むしろ光栄だよ」
再び、友雅は剣をぐっと握りしめた。
鞘からしゅっと引き抜かれた刃が、輝く残像を残して彼の手に翳される。
「自分の身を護るためにも、私は攻撃だけを考えて、誠意を込めてお相手するよ。だけど、もし負傷することになったら……」
『それはお互いさまだ。お互いが、その程度のものでしかないということ。』

見つめ合うというより、にらみ合うと言う方が正しい。
龍と友雅が決意を固めて、強い眼光を相手に投げかけている。
「やめて!お願いだから……やめて下さいっ!!!」
何度壁を叩こうと、氷もびくともしないし、彼らの反応も変わらない。
それでも何とか止められないか…と、あかねは拳を使って壁を叩き続けた。



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Megumi,Ka

suga