Kiss in the Moonlight

 Story=23-----01
パールホワイトのドアには、金色の錠前が掛かっている。
中央には、龍京王国の刻印。
古くから上級巫女に仕え、支持してきた由緒を持つこの国の印が、ここに記されているのは当然でもあった。
友雅はその錠前を手にした……が、どこを見ても鍵穴が見当たらない。
「おかしいな。」
ドアを動かしてみるけれど、開かない。
やはり、この錠前がしっかりとロックされていて、扉を閉ざしているのだ。

鍵なんて持っているわけがないし、思い当たるものもない。
それに、何より例え鍵を持っていたとしても、こうして鍵穴がないのだからどうにもならない。
簡単な鍵くらいなら、ピンひとつで開けることも可能だけれど、こうも構造が謎に包まれていては、どうすれば良いか…。
自分たちを、踏み込ませないつもりか?
いや、そんなはずはないだろう。そもそもこの先にいるであろう龍が、向こうから『ここに来い』と言ったのだ。
何らかの方法があり、それらを使えばここから向こうへ行けるはず…なのだが。

「開かないんですか…」
「ああ。ここまできて、これじゃあ…ね。どうすれば良いかな…」
もしやこれが、さっき言っていた"最後の試練"?
カチャン、と錠前から手を離した友雅は、静かに溜息をつく。
隣にいたあかねが、ふと扉に手を伸ばした。

----とたんに。
ドアの表面から放たれた、眩しい閃光。
扉の輪郭を一瞬のうちに走り抜け、直視出来ないほどの輝きを放出する。
「な、何っ!?」
「…私の後ろに下がっておいで。取り敢えず様子を……」
あかねの前に立ちはだかろうとしていると、その光はあっと言う間に治まって、再び静かな扉に戻った。

もしかして……。
再び友雅は、錠前を手に取った。
もしや、と思い留め金を動かすと……カチッと音がして、ロックされていた錠前が、いとも簡単に外れた。
「うそっ…何で…?」
「あかね殿が触れたから、かな。」
元々、ここに立ち入ることが出来るのは、上級巫女になる者自身と、その彼女を護る者だけだ。
だとしたら、その二人だけに許可証が与えられれば良いことである。
てっとりばやいのは、上級巫女本人が鍵となること。
その手で触れ、存在を伝えることが何よりの証となるはず。これ以上の正確なセキュリティシステムはない。

ゆっくりと奥へ扉を押す。
ごつごつした山道とは比べものにならないほど、その先に広がる床は艶やかな乳白色の大理石。
周囲には、見たこともない木々が並んでいた。
鮮やかな緑の葉を豊かに生やし、その枝は金色に輝く。それらがずっと奥まで、街路樹のように続いている。

天国…楽園…そんな言葉が似合う景色だ。
降り注ぐ柔らかい日差し。きらきらした木漏れ日。
空からは、天使の羽根が舞い降りてきそうな。
あかねの手を引きながら、友雅は歩み進んでゆく。
時折振り向いて彼女の表情を伺うと、美しい光景に目を奪われている。
…ここまで来た。
もう、心配することはない。
道は確実に、ゴールにつながっていて、そこに向かって歩いている、
一歩、また一歩。
三年余りの時間の結果が------------今ここで結実する。



『次期上級巫女、並びにそれを護る者。』

同時に、二人の足が止まった。
「今の声……」
あかねにも、今度は聞こえたようだ。
その声は、真正面から響いてくる。
白い道の果てにある、白い岩が積み重なった砦。
「友雅さんっ…あ、あれ……っ!」
指差したそこに、巨大なシルエットが浮き上がった。
大蛇のようで、それでいてもっと雄々しい牙と髭を持つ。
鋭い爪に、波打つ大きな身体には、緑の鱗がみっしりとはめ込まれている。

エメラルドのような緑の瞳が、ぎらりと輝いてあかねたちを見た。
気圧されるほどの神気。
強力なそれは、向かい合った者を一瞬のうちに硬直させる。
それほどに------希有な存在感。
地上に生きる普通の生き物には、到底こんなものあり得ない。
間違いなく彼こそが、この砦の主。そして、天の使い。聖獣の中の王……。

『さあ、来るがよい。眩き聖なる巫女よ。』
緑の瞳が、あかねをじっと見下ろした。
後ずさりしてしまいそうな龍の威圧感に、あかねは少し足がすくんでいたが、後ろから友雅がそっと背中を押した。
「行きなさい。彼に逢うために、君はここに来たのだから。」
三年を費やして目指したのは、ここを訪れて天啓を受けることなのだ。
「……はい。」
おそるおそる、あかねは龍の元へと歩いてゆく。


距離が狭まるにつれて、徐々に龍の顔が近付いてきた。
すると、不思議なことにさっきまでの威圧感が徐々に薄らいできて……あの鋭い牙も瞳も、全く何とも思わなくなった。
むしろその瞳の色が、とても澄んでいて美しい緑であると気付いた。
ああ、綺麗…。
まるで友雅さんの首飾りの瑪瑙を、初めて見たときみたい。
でも、もっと透明感があって…。
それに、よく見てみると…割と優しい眼差しにも思えてきて………。

…不思議。どうしたんだろう、私。
あんなにも凄まじい龍を見ているのに、もう全然怖くない。
足がすくんで動けなかったのに…どうしてだろう。足が、自然に動いてゆく。

『そなたが次期上級巫女になる者だな。名と年を述べよ。』
共鳴するような声が、あかねに問い掛ける。
「元宮…あかね、です。18歳です。」
『修行は何年勉めた』
「三年です」
どこからか、ほのかに輝く雲のような薄い煙が、龍とあかねの周りに漂い始める。

『そなたを護る者の名を述べよ』
………。
振り返ると、友雅の姿が見えた。
「橘…友雅…さんです」
『その者はそなたにとって、心身ともに、心から信頼すべき者か』
信頼とは、文字通りの意味。信じ、そして頼る。
心から信じて、頼るべき存在であるか--------------彼が、そうであるか、龍は尋ねている。

そんなの、迷うわけないでしょう。
上級巫女に選ばれた時から、ずっと…護ってあげると言ったその言葉は、破られていない。
どんな時も、どんなに悩んだ時も、彼はこの手を引いて歩いてくれて、時には後ろから背中を押してくれる。
さっきみたいに…そっと。
そして今も、後ろで見守ってくれている。
彼以外に……心から信頼できる人なんて………。

「誰よりも信頼できる人です…。誰も代わりにはなれません。」

目を閉じて、そう告げた。

それから瞳を開けるまで、ほんの数十秒。
……えっ。
辺りに広がるのは、雲だけ。足元は…何もない。
宙に浮いている。なのに、不安定さは全然感じられない。
たった一人。友雅の姿はない。
いや、その代わりに……目の前にうねる龍の身体があった。
それらが渦を巻いて、あかねの身体を包むように波打っていた。



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Megumi,Ka

suga