Kiss in the Moonlight

 Story=22-----04
あまりにも自然に求めてあってしまったから、唇を離すタイミングが掴めない。
こんなことしている場合じゃないと、分かっていながら…その甘美な唇を引き離せない。
仕方がないことだ。自分は彼女に惹かれている。
その相手とのキスを、止める方法なんて……思い付かない。

時折呼吸のため唇を少しずらし、それでもまた求めて。
激しくはないけれど、確実にこれは……恋に似た口づけだ。
「友雅さ……うっ…ん…」
甘い響きで名前をつぶやかれて、身体がそれ以上を欲しがるけれど、そこを堰き止める。
ギリギリのところで立ち止まることにも、哀しいかな慣れてしまった。
とはいえ…彼女への愛しさは増長してゆくばかりだ。

愛していてはいけないのか。
愛しているからこそ、自らを盾にしてでも護りたいと思うのは間違いか?
単に、忠誠を誓う騎士道精神ではなくて、男だからこその想いが伴うのはいけないのだろうか。
男が、愛する女を護ろうとする心もまた、尊いものではないか。
彼女は上級巫女になる女性で、自分は彼女のそばで生涯護るための男。
それに愛しさを加えても、力には何ら問題ないのでは。
むしろ、更に強くなる-------と、思ってはいけないのか?

駄目なんだよ。取り消せない想いが、ここにはあるんだ。
叶わなくて良い。そばにいて、この愛する想いを抱かせてくれれば良い。
それを糧にして私は護り人として、そして男として、彼女のそばにいたいんだよ。
--------------だめかい?


雲の変化は、突然に訪れた。
さっきまで雲海のように広がっていた頭上の雲が、まるで割れるようにして広がってゆく。
「…え、どうして…」
薄くなる雲の間から、山の頂上がうっすらと見えてきた。
そして天空が開かれて、太陽の光が二人の目の前に差し込んできた。
きらきらと何か、星くずのようなものが輝くベールの中、現れたのはガラスのような透明の階段。
「もしかして、昇れ…っていうことですか?」
「まるで天国への階段、って感じだね…。でも、こうして私たちの前に現れたのだから、そうなんだろうね。」
この階段は、どこに続いているんだろう?
まさかこれを昇っていけば、既に頂上だなんて…そんな都合の良いことがあるわけもないか。

『そこから我の待つ場所へ昇ってくるが良い』

「友雅さん?どうかしたんですか?」
辺りを見回し始めた友雅を、あかねは不思議そうに見た。
「今、何か聞こえなかったかい?」
「聞こえた…って、何をですか?まさかまた獣の声とか…?」
「いや、そうじゃないんだけれど」
獣の鳴き声じゃない。しっかりとした人間の言葉だったが、どこか反響しているような不思議な声だった。
だからと言って、この辺りに人がいるわけもない。
一体声の主は誰だったのだ?

『我の声はおまえにしか聞こえぬ。我は天帝の使い。おまえたちが来るべき、最後の地に留まっている』
再びその声は友雅の耳に入ってきた。
天帝の使い、自分たちが行くべき最期の地。
まさかこの声の主は……頂上の砦に棲む龍の声か?
『おまえの戦い振りは、しかと確認した。まずは合格だ。安心してその階段を上がって来るが良い。』
合格……。
私は彼女を護る器であると、認めてもらえたということか。
『安堵するのはまだ早い。最後に、もう一つ試練がある。それは………こちらに来てからだ。』

「友雅さん、あの…大丈夫ですか?」
「あ、ああ。何でもないよ。これはどうやら、頂上の砦に続く階段みたいだよ。」
真実をそのまま告げれば、一から全部打ち明けねばならないから、適当にここは少しごまかしてしまおう。
「空を飛ぶ獣は、自分より優れた相手を見付けると、天帝にそれを告げに行く…っていう言い伝えもあるし。どうやら私を、彼らは認めてくれたみたいだ。」
だからきっと、天帝が自分たちを知って近道を作ってくれたのだ、と友雅は思いつきで説明した。

「さ、行こう。これを上がれば…もう安心だよ。」
一段先に上がって、あかねの手を取る。
緩やかなカーブを描く美しい階段が、雲の先までずっと続いている。
上がってゆくたびに、綿菓子のような彩雲が流れていった。
いつしか、空を飛び回っていた鳥獣の気配も一切なくなり、眩しく美しい空の中に浮いているかのような、そんな光景が広がった。

『よくぞ耐えたな』
あかねの手を引いて階段を進む間も、時折龍の声は友雅に語りかけてきた。
…あれくらいの獣、耐えるほどでもないだろう。
逆に、あの程度のものしか扱えないと思われたなら、かえって見くびられたようで不満も残る。
『物理的なものに耐えただけではなかろう。精神的なものに耐えきったことを、誉めてやろう』
精神的なものに耐えた?
どういうことだ、それは。
『想う女への衝動、それが耐えられるかが、一番不安だったのだがな。』
…もしや山の内部を進んでいる間、やたらとあかねのことを意識してしまっていたのは…。
『それも我らが与えた試練』
道理で。
今まで何とか受け流せたのに、どうして突然心逸ったのかが不思議だったが、それも試練だったのか。

だからって、想いは消せないけれどね。
その試練のおかげで、気持ちに決着がついた。
彼女への想いは…もう戻れないのだと。
例え彼女が誰かを選んでも、この恋が実らなくても、気付かれなくても、最後までそばにいられれば良い。
……もう、決めたよ。どんな結末でも、私は彼女から離れない。
すべてを彼女に預けて、護って…そして、私なりに愛していく。
手を出さなければ、打ち明けずに想うだけなら…構わないだろう?

『最後の試練を乗り越えられたら、せいぜいおまえのやり方で励んでゆけ。』

龍の声が響くと、友雅は少し苦笑いした。
私のやり方で進んだら、すぐにでも何もかもを捧げてしまいそうだよ。
唇なんかじゃなくて、もっと激しくて熱くて甘いものをすべて……差し出してしまいそうだ。
でも、それは許されないからね。
一緒にいたいのなら、それは出来ないから。

「あかね殿」
足を止めて、友雅が振り返った。
「あと少しで……君が上級巫女として生まれ変わる場所に着くよ。」
あと数段先には、目映い光に包まれたドアが見えた。
聖なる扉が開かれたら------------一人の少女は尊い者となる。


そして、彼に最後の試練が待ち構えている。



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Megumi,Ka

suga