Kiss in the Moonlight

 Story=22-----03
突然背後から襲われるより、真っ向から姿を現してくれる方が都合が良い。
何より相手の動きを推測出来るし、その隙を見極めることも可能だ。
一秒でも相手より早く踏み出せれば、勝ちはこちらのもの。
これまで経験してきた練習での対戦や戦闘の中で、友雅はそんな確信を自分の中に持っていた。

----他人が言うように、私は相手の胸の内を読むことに長けているらしい。
口でどんな言葉を発したとしても、どれほど和やかな表情で向かってくるにしても、その本心は確実に伝わってくる。
人間だろうが獣だろうが、それは変わらない。
ましてや相手が自分の敵で、我が身を狙うつもりならば、勝つためにすべての知覚を澄まして対抗しよう。
息を整え、友雅はまず一羽に刃の先端を向けた。
右足を一歩前に踏み出して、そのまま…相手の出方を待つ。
わずかな動きさえも見逃さず、意識を開く。

ギャアア!
耳を劈く複数の鳴き声が、騒がしく左右から聞こえて来た。
最初に狙った一羽が突進してくると、残りの二羽が外側から友雅に向かってくる。
だが、二羽が近付いてくる前に、友雅の握る剣先が最初の一羽の喉元にぴたりと突き刺さった。
----------ギエエエエエッ!!
悲鳴と共に、一瞬のうちに砂と消えた獣。
とたんに、他の二羽がぱっと宙にばらけて散った。警戒したのだ、
「何だ、君等は私を狙って来ないのかい?仲間の一羽が消されたくらいで、逃げ腰とは情けないね」
友雅は余裕だった。剣の先端を二羽にそれぞれ向けて、わざと挑発してみせる。
ここで相手を逃がしては、また後になって狙ってくることもあるだろう。ならば、今のうちに消しておくのが良い。
「さあ、おいで。先を急ぐけれど、ちょっとくらいなら遊んであげるよ。」
彼は笑いながら、光を放つ剣をかざした。

所詮彼らも生き物で、感情というものを持っている。
言葉は交わせなくても、挑発されているとか見下されているとか、そういうものは直感で分かるのだろう。
案の定残りの二羽は、風を切って友雅に向かってきた。
小振りだが鋭角な嘴は、まさに肉食という鋭さ。身体中えぐられて、命を奪われそうだ。
だが、易々と身を引き裂かれてたまるか。
シュッ!と右から左へと、円を描いて剣が宙を切る。
二羽の叫び声がユニゾンで響き、さらさらと細かい砂が地面に降り注いだ。

「…あっけないねえ。あんなに威嚇していたのに。」
数は多かったが、最初の一羽よりは楽勝の相手だった。
あの一羽でもまだ十分許容範囲だが、この小さな輩たちなら群れになっても容易いだろう。
…だからって、そう度々狙われても困るけどね。
ようやく落ち着いて、友雅は再び剣を鞘に納めた。


「あかね殿、お待たせしたね。そろそろ出発し…………」
友雅は振り向いて、木陰にいたあかねのそばにやって来た。
だが、彼が目の前にやって来たとたん、彼女は両手で顔を覆って、わっとその場に泣き崩れた。
「どうした?何か、君の方まで危害が飛んできたかい?」
随分と離れていたはずだが、風で塵でも流れてきただろうか…。目で見るところ、彼女に怪我はないようだが。
「……私のせい…かも…」
「え?何が?」
「私が…昨日、ちゃんとオイル…塗ってあげられてなかったのかも……」
何度指でこすっても止まらない涙をこぼして、あかねは声を上擦らせてうつむいている。

魔除けのために、夕べお互いの身体にしっかりとオイルを塗った。
彼は自分の背中を、丁寧に塗ってくれていたけれど……。
「私、友雅さんに塗るとき…塗り足りなかったのかも…。だからっ…こんな風に友雅さんだけが、獣に狙われてるんじゃないですか…?」
子どものころに、異世界にある東国の物語で、そんな話を聞いたことがある。
怨霊から身を隠すために、経文を身体に書いてもらったけれど、書き忘れていた耳だけが怨霊に気付かれ、耳を奪われた僧の話だったか。
もしかしたら、友雅が狙われたのも、そのせいかもしれない。
自分ではしっかり塗ってあげたつもりだったが、どこか適当に済ませてしまったのではないか。
だから魔除けの効果が足りなくて…こんなことに。
「ごめんなさいっ…。ちゃんと塗れなくって…」
ぽろり、と伝う滴が膝元を濡らしてゆく。
ブラウンのワンピースの裾が、涙の染みを作る。

「違うよ。そういうわけじゃないから。」
両手を背中にまわし、友雅は震える肩を引き寄せた。
「さっきも言っただろう。私は君と違ってただの人間だから、オイルの効果もそれなりなんだよ。だから、私だけが狙われているだけだ。」
「でもっ…」
びしょ濡れの頬に手を掛ける。
そっと静かに持ち上げると、潤んだ瞳がこちらを見つめている。
「最初の獣も今の獣も、私にはたいしたことない相手だ。むしろ、あかね殿がオイルを塗ってくれたおかげで、それ以上の強敵に会わずに済んでいるんだよ…そう考えなさい。」
本当のことは言えない。彼女を不安にさせるだけだ。
オイルを使おうが、自分は獣と戦わねばならない運命であること。
それはすべて、君と生涯………いや、生涯君のそばにいるためのことだから。

「それとも、全身にオイルを塗って貰った方が、効果あったかな?」
「…えっ…?」
泣き顔のまま、びっくりした大きな瞳であかねがこちらを見る。
「背中だけじゃなく、身体中お願いした方が良かったかと思って」
「そっ、そ…それはちょっと…」
かあっと染まった真っ赤な顔。恥ずかしそうな表情が、目線を反らす。
「そうだね。私も塗られるよりは、塗ってあげる方が良いしね」
「は、はあ?」
くすくす笑いながら、友雅はあかねの耳元に唇を近付けた。
「背中だけなんてねぇ…。全身くまなく塗ってあげたかったよ…どこもかしこも、丁寧にしっかりとね」
ひゃあっ!と奇声をあげて、彼女がしがみついてきた。
こんな甘い台詞を囁いたあとでしがみつくなんて、その気なのか?と思ってしまうけれど、残念ながら彼女はそういうタイプじゃない。
「次回、恋人の真似事をお願いする時は…それを頼もうかな」
「じょっ、冗談はやめてくださいよっ…もうっ!」
本音をオブラートした冗談を言えば、こんな風にあかねは取り乱しては、そのうちに涙を忘れる。
それで良い。真実を隠しても、不安と涙が消えれば……。

「これからも、私は大丈夫だから。心配しなくて良いよ。」
子どもを宥めるように、そっと抱きしめて背中を撫でた。
初めて出会った頃も、こんな風に慰めたことがあったな…と、記憶が甦る。
まだあどけなさの残る少女で。それでも、暖かな笑顔に一目で惹かれて。
今となっては、一目惚れのようだったな…とか、そんな風に思ったりする。
そしてあながちそれは、間違いじゃなかったのだと……彼女の顔を見ては思った。

想いは消えない。隠しても…白紙にはならない。
叶わなくても、一度惹かれてしまったら…このまま彼女しか見えなくなる。
もう、一生その人しか愛せないと言ったのは、自分自身だ。それが本音だ。
だから------------------

寄せ合った頬が少しずつずれて、互いの唇を探し当てる。
当然のようにふたつの唇は、もうひとつの唇を求めて…そして重なり合った。
「…んっ…」
くわえ込んで、唇を取り押さえる。
甘い味が広がるのは、さっき舐めた飴が口に残っているからだろうか。
でも、それだけじゃないような気がする。
もっと何かが……どちらかの唇から沸き上がってきて、何かを伝えようとしているかのようで。

何を?どんな意味がある?
このキスにはどんな理由があって…こんな風に、唇を重ね合っている?
……おやすみの前の誓いでもないのに、何故。



***********

Megumi,Ka

suga