Kiss in the Moonlight

 Story=22-----02
いつか来るとは思っていたが、予想より早く動いてきたようだ。
実際に目の当たりにしてみると、敵は随分と巨大な獣であることが分かる。
大きな翼は宙をはためかせるたびに、強い風が沸き起こる。
本気を出されたら、あの翼で吹き飛ばされてしまうのではないか。

「ま、そう簡単に倒されたりしないがね」
引き抜いたソードの刃は、敵の睨みに対抗するかのようにぎらりと光る。
見た目でたじろぎそうな相手だが、友雅にとっては想定内の域を超えてない。これくらいの敵ならば、容易に決着出来るはず。
「先を急ぐからね。ここは大人しくしてもらうよ。」
柄を握りしめ、友雅は剣を頭上へと振り上げた。
それとほぼ同時に、獣が大きく翼を広げて動き出そうとする。

-----嫌!お願い!助けて……っ!!!
直視出来ずに、あかねはマントを被ってうずくまった。
激しい羽音と獣の叫びが、山の頂に響き渡る。
時折風を斬るような音がするのは、友雅の剣が宙を走る音だろうか。
お願いだから、友雅さんを助けて…!
あかねは震える両手を組んで、必死にそう祈った。


祈り続けてどれくらい経っただろうか。
そっとマントが摘み上げられて、あかねの視界が明るく照らされた。
「あかね殿、怪我はないかい?」
上から見下ろす友雅の顔は、いつもと変わらない穏やかな面持ちだった。
少し髪が乱れてはいるが、傷らしきものは見当たらない。
辺りを見渡してみると…何故か獣の姿はどこにもなかった。
「……け、獣…逃げたんですか…?」
「いや。一応倒したよ。でも、ここは霊山だからね。獣だろうと血を流す行為は、出来るだけ避けないといけないんだ。」
そのために、ソードの刃には特殊な呪いが掛けられている。
この刃で斬りつければ、流血もなく敵は砂となって消えるのだ。
泰明殿と永泉殿が、二人掛かりで呪いをかけてくれたおかげだよ…と、友雅は言いながらソードを鞘へ戻した。

ぎゅっ。
マントを払い除けて、あかねがしがみついてきた。
「ああ、怖かったんだね…可哀想に。大丈夫だよ、あれくらいの獣なんて。」
小刻みに震える手と肩を、包むように優しく抱きしめてやる。
急に獣が襲ってきたのだから、さぞかし驚いたし怖かったのだろう。
「大丈夫。あんなもの、私がまた片付けてあげるよ。心配しないで…もう大丈夫だから。」
「違うの…違うんですっ…私…」
あかねの手は友雅の背中に回り、ぴたりと身体同士が重なり合う。
同時に、少し涙声が耳に伝わった。
「友雅さんに何かあったら…どうしようかって……」
「私のことを心配していたのかい?この通り、何ともないよ。」
友雅は、手のひらや顔を近付けてみせる。どこもかしこも、確かに傷ひとつもなかった。
でも、安心したら更に気が抜けてきて…涙腺の筋肉までが揺るんだ。

「心配してくれて有り難う。でも、もう大丈夫だから……そろそろ先を急ごう。」
彼女を抱き上げると、睫毛の間際で止まっていた滴を指先で払った。
危険はないと言われてはいたが、あかねが無事で本当に良かった。
獣に襲われないにしても、弾みで怪我など負っては困る。
そのために、余裕を持って敵に対応しなくてはならない。
今回は突然だったが、反応はこちらの方が早かったのが功を奏したと言える。
これからも、相手より先に動けるように心がけなくては。



しばらく歩き続けていくと、ようやく緑の木々が現れた。
貧相な枝振りで、木陰でひと休みという優雅な雰囲気は全くないが、単に休憩を取るには丁度良かった。
「友雅さん、大丈夫ですか…」
「ん、別に平気だよ。」
友雅は鞘から再び剣を抜き、念のため刃を確認してみる。
さっきの戦いで刃先が綻んでいないか。いつまた襲われるか分からないため、武器の管理には目を光らせておかねばならない。
あかねが飲み水のボトルを差し出した。
さすがに軽く一暴れしたせいで、少々喉の渇きが増していたようだ。
身体に流れ込む冷たい水が、ひんやりとして気分が良い。

「でも、どうしてあの獣…友雅さんのこと襲ったんでしょうか…」
不思議そうに、あかねはつぶやいた。
魔除けのオイルはしっかり塗っていたし、効果があれば獣を寄せ付けないはずだ。
それに、獣は一切あかねには目もくれずに、友雅一人だけを狙っていたのも妙な気がする。
「所詮私は普通の男だからね。人間の匂いを隠し切れなかったのかな。」
「そんな…。私だって普通の人間ですよ…?」
「いや、君は聖なる上級巫女だからね。おそらく清らかなその神気が、オイルの効能を更に高めたんじゃないかい?」
彼は笑いながら言うけれど…そういうものだろうか。

神気がある、と皆は度々言うのだが、あかね自身は全く自覚がない。
幼い頃から霊感とか超能力みたいなものは、一切無縁だったし感じたこともなかったし。
王宮での三年間を経ても、未だにそのようなものなど得られた様子はないし。
確かに現上級巫女であるその人は、柔らかで暖かなオーラに包まれている。
あんな女性ならば、神気も漂っていそうだが…。
正式に認められたら、少しは"らしく"なれるのだろうか。
目の前に近付いているゴールを思うたび、あかねはそんな物思いに耽った。


グェェ。グェェ。
さっきの鳥獣らしきものが、また雲の間を飛び回っている。
今度は姿を現している。三羽ほどいるだろうか。
「…また飛んでますね…」
「そうだね。」
水のボトルを傾かせながら、友雅はあかねと共に空を見上げた。
再び彼らが自分を狙ってくるか…まだここからの様子では感知できそうにない。
一刻も早く、彼女を頂上にある龍の砦に連れて行くことが先決だろう。
あそこにさえ入ってしまえば、すべてが終わる。龍の力に護られて、一切の危険を受け付けなくなる。
早く送り届けなければ…。
「行こう。あまりゆっくりしない方が良い。」
友雅は立ち上がり、再び鞘に入ったソードを腰に差した。
あかねもそれに続き、立ち上がって出発の身支度を始めた------時だった。

バサバサバサッ!
激しい羽音の群れが響き、黒い影が木陰の向こうに降り立った。
まさかさっきの獣がまた!?と、二人は警戒を強めて目を凝らす。
確かに似たような黒い翼の鳥獣であるが、さっきの獣よりはずっと小さい。
小さいが、今度は六羽の集団だ。
しかも目の鋭さや嘴の鋭角さは、そのままである。

「…まったく、しつこいな。」
友雅の手が、腰に差したばかりの剣の柄を握る。
そろそろ進もうと思っていたのに、そのとたんにまた目の前に立ちはだかってくるか。
しかも-----自分を狙って。
「友雅さん…!」
駆け寄ろうとしたあかねを、友雅は背を向けたまま呼び止めた。
「私に近寄らないようにして。彼らを片付けるまでは------離れているんだよ。」
大きなコウモリにも似た鳥獣たちに、虹を映した剣の刃が向けられる。
言葉もない睨み合いの威嚇攻撃が、あかねの目の前で始まった。



***********

Megumi,Ka

suga