Kiss in the Moonlight

 Story=21-----04
どうしようもなく、衝動的になってしまうことがある。
以前はそんなことはなかったのに、恋をしてからは…時々そんな波が押し寄せて来て、あとから理由を探すのが一苦労だ。
こうして、素肌の彼女を抱きしめるのも…何のかんのでもう二度目。
あの時、船の中で転がって来た彼女を受け止め、そのぬくもりを感じて手放すことが出来なくなって。
そして今も、眩しい背中に目を射られて、気付いたら抱きしめていた。

…さあ、どうしようか。
いつまでも、この心地良さに浸ってはられない。
困惑している彼女に、どう説明したら良いか……本心をバラさずに。

「……ほんのちょっとの間だけ、恋人の真似事に付き合ってくれないかな?」
「ええっ!?な、何言ってるんですかっ!?」
いきなりの台詞に、びっくりしてあかねは振り返ろうとしたが、抱えていた腕が胸からずれ落ちそうなので、必死に首だけを後ろに傾ける。
「何かね、さっき話をしていたら、ますます自分が哀れに思えて来ちゃってねえ」
「そ、それがどうして、恋人の真似事ってことになるんですかっ!」
「…うん。だからせめて、ちょっとの間彼女の代わりをしてくれないかなあって」
彼女の代わり?
彼女って…まさか、彼が想いを寄せる…その人のこと?
その人の代役をしろというのか。そんな突然に。

「ただ、こうしてしばらく抱きしめさせてくれれば、それで良いよ。心の中で君と彼女を重ねて…少しだけ夢を見るから。」
友雅にとって、それはとてもリアルな、限りなく現実に近い夢。
現実か空想か分からない、境界線が見えるようで見えない、曖昧な夢。
「余計なところを触ったり、舐めたりしないから」
「あっ、あたりまえじゃないですかあ〜っ!!!」
思いっきり目を瞑って、ぎゅっと身体を縮めて…それでもあかねは、じたばた逃げることはしない。
抱きしめる腕は強いけれど、どことなく優しくて。
それに、背中に重なる彼のぬくもりが…妙に暖かくて気持ち良いから。
-----でも、改めて現状を思い返すと、恥ずかしすぎて顔一面が充血する。

あかねは、肯定したわけでもない。
友雅も、再度尋ねたわけでもない。
しかし彼はあかねを離さず、あかねも抵抗をしなかった。
気恥ずかしいと思いながら、それでもずっとそのままで……身体を寄せ、肌を重ね合ったままで。
時折、甘い吐息が頬と耳朶をくすぐって、びくっとあかねが身震いをする。
たった一言、好きだと言う言葉を紡げないで、抱きしめるだけが限界の現実に、友雅は憂いを帯びる。

友雅は、現実とシンクロさせながら夢に身を投じ、あかねは、そんな彼が思い描く女性像を、勝手に想像した。
二人の思想はごく近くにあるのに、決して相容れない。そして交わらない。
永遠にこのままなのかは……まだ何とも言えない。





「予定では、今日あたりに山肌に出るはずだ」
二日目の朝が明けようとしていた。
相変わらず他の者たちは、山の麓に居を張って二人の帰還を待っていた。
各自早くから起き出しては、朝食の支度や馬の世話などをしている中で、泰明だけが一人空を見上げて言った。
澄みきった透明感のある青い空。
うっすら掛かる雲が、山の頂上付近を隠す。

「そうなると…獣の危険がありますね。」
泰明の隣にいた鷹通が目を向ける方向には、小さな黒い影が宙を舞っている。
あれはおそらく、高山付近を飛び交う鳥獣類だ。
種類はいろいろあるが、大概長く鋭角な嘴を持っていて、それらで獲物を突き倒す習性を持つ。
以前も言ったとおり、背後から襲撃されれば背中を一突き。心臓を貫かれ、一瞬で死に至る可能性もある。
「でも、泰明がオイル渡したじゃん!魔除けの!あれがあるから大丈夫だよな!」
「そうですわ!とても強力なオイルと、お聞きしましたもの!きっとご無事で、頂上まで到着されますわよね?」
あかねが留守の間、イノリと詩紋のそばで眠っていた藤姫も、力強くそう確信して言った。

だが、泰明は表情を変えない。
そして、続いてこんなことを言い出した。
「あかねに危険は一切ない。問題は、友雅の方だ。」
「…どういうことですか?何故、友雅殿に問題があると言うのです?」
オイルは二人分、それぞれに充分な量を持参させたはず。
塗り方も上半身を丁寧に塗るように、と伝えてある。それなら二人とも危険はないはずだろう…と、鷹通は眉を顰めた。

すると泰明は更に、驚くべきことを口にした。
「魔除けのオイルを使おうが、友雅は頂上に行くまでの間、最低でも2匹の獣に襲われることになる。」
「ええっ!?な、何でですか!」
びっくりした詩紋が、石釜から離れて駆け寄って来た。
馬の世話をしていた天真たちも、ぞろぞろと泰明の周りに駆けつける。
「友雅が生涯あかねを護る。その任を受けた故の、必然的な運命だ。」
「ちょっと待てよ、どういうことなんだ?」
「この旅の意味は二つある。あかねが龍を通じて天に認めて貰うこと。そして、友雅が龍に試されることだ。」
全員は、顔を見合わせて声を閉ざした。
はじめてそんな話を聞いた。誰もが、だ。

上級巫女は龍京王国のみに留まらず、この世界の調和と穏便を保つための、重要な存在である。
そんな彼女を命を掛けて護る者は、半端な力では到底務まらない。
三年の月日の中で信頼を築きながら、彼ら護る者として力を身に着けてゆく。
そして本当にその者が、上級巫女を護る立場に相応しいのか。
あの山の頂上で、龍は目を凝らして伺っているのだ。

「獣はわざと仕掛けられる。友雅の武力を見極めるためだ。」
「そ、それ…友雅さんは知ってるんですか!?」
詩紋は旅立つ前の、彼の様子を思い出した。
イノリに手入れをしてもらった武器を、丹念に確認していたけれど…もしかして、自身に危険があるのを分かっていたのか。
「こういうことになる、というのは伝えてある。だが、どこでどんな、何匹の獣が来るかは不明だ。」
つまり、常に油断が出来ない…ということだ。

「上級巫女を護る者は、男性に限らず女性もおりますが…。女性でも、そのような危険を与えられるのですか?」
頼久が尋ねた。
昔、王宮内にある教会のシスターが、その任を与えられたという話を聞いたことがあったのだ。
「女の場合は、知力や知識、推測力などを試されるらしい。代わりに男は、力そのものだ。」
ただし友雅の場合、並はずれた洞察力を兼ね備えているため、知識も問われることだろう。
命まで奪われることはない…が、危険は常にある。
それをどうやって回避するか、友雅に科せられた問題だ。

「永泉、詩紋、出来るだけ効能の高い薬を、今から用意しておいた方が良い。」
泰明の言葉には、友雅が負傷してくる場合を想定している。
最悪の結果、深い傷を負う。
命は助かっても…奪われるものがあるかもしれない。
「奪われるって…まさか目が見えなくなるとか、腕を切られるとか…っじゃねえよなあっ!?」
「何とも言えぬ。どれだけ友雅が、本気で戦えるか…それ次第だ。」

天真は空を見上げた。
遙か空高い遠くの場所で、甲高い獣の声が聞こえる。

もうすぐ日が昇る。
-------試練の一日が始まろうとしていた。



***********

Megumi,Ka

suga