Kiss in the Moonlight

 Story=21-----03
「そ、そうです…ねっ」
あかねは友雅から、オイルのボトルを受け取った。
コルクの蓋をきゅっと開けると、薬草の強い香りが立ちのぼって来る。
その香りを嗅いだとたん、前回オイルを塗った時のことが甦ってきた。
すると友雅は、さっき広げたマントを、あかねの頭の上からはらりと掛けた。
「一応後ろを向いておくけれど、これを被っていた方が安心だろう?」
服を脱ぐにも、オイルを塗るにしても、ささやかだがこの一枚が目隠しになる。
「私が覗くんじゃないかって、無駄に心配されても困るしね」
「そ、そういうわけじゃないですよっ…」
彼はくすくす笑いながら、シャツのボタンに手を掛けている。
喉元から下がる緑の瑪瑙が、ランプの明かりに照らされて輝く。

友雅さんのことは信じてるし、その…変なことはしないって思ってるけど。
た、ただやっぱり恥ずかしさがあるから、心が戸惑いを隠せないだけで。

---だけど…友雅さんは別に、何にも意識してないんだろうな。
女性とのお付き合いには、かなーり慣れてる人だし。
背中なんて見ても触れても、別に…どうってことないんだろうな。
好きな人の背中ならまだしも、私なんてただの上級巫女候補だしね…。

…好きな人。友雅さんの好きな…人か。
夕べ彼が口にした話が、頭の隅っこに塊となって残っている。
どんな些細なことであっても、その人が行うことは友雅さんにとって、とても大切で意味のあることなんだろうな。
一生他の人なんて愛せない…と、そこまでの言葉を口にするほどに、彼の中でその女性は特別なのだ。

知りたい。その人のことが。
彼の心を掴んで離さないその人が、どんな女性なのか…。
背後で衣擦れの音がする中で、なんとなくあかねはそんな風に思い始めていた。



しばらく時間が過ぎて、先に友雅が振り返った。
マントに隠れながら、あかねはもそもそと身体を動かしている。
「あかね殿、私はある程度済んだけど、大丈夫かい?」
「えっ?あ…は、はい、大丈夫ですっ!」
声を掛けられて驚いたのか、小さな肩がびくっと飛び上がった。
まるで子鹿みたいだな、と笑いを堪えつつ、彼はあかねのそばへと歩み寄った。
「じゃ、この間みたいに背中を出して。」
少し錆びたような赤茶のマントが、彼女の頭から肩へ、するりと落ちて来る。
弛みの皺を作りつつ、肩までが露になると、あとは一気に背中が目の前に現れた。

手のひらにオイルを伸ばし、素肌に触れる。
曲線を指先と目で追いながら、滑らかな肌がオイルで一層艶やかに眩しく映る。
「ふふ…綺麗だね、あかね殿の素肌は。上質な陶器みたいだ。」
「ちょっ…へ、変なこと言わないでくださいっ…」
実際、肌を撫でられているのと変わりない行為。
ただでさえ意識してしまっているのに、そんなこと言われたら。
「正直な感想を言っただけだよ?本当に綺麗だから…」
「も、もう良いですー!早く手を進めて下さい〜っ!」
ややパニックを起こしているあかねの反応に、友雅は笑いながらも手を動かした。
本当に綺麗だと、そう思っただけ。
今にも抱きしめたくなるくらいに、その白い肌は目だけに留まらず心の中を射る。
どきどきして落ち着かないのは、こちらの方だ。

「と、友雅さんの好きな人の方が、ずっと綺麗でしょうっ!?」
背中を滑らせていた手が、あかねの言葉でぴたりと止まった。
「あんなに好きになるくらいの人だものっ、外見もきっと、すごく綺麗なんじゃないですかっ?」
「……そうだねえ。でも、こうして肌に触れるなんて、出来ないからね」
なんて言いつつ、今触れているのだけれど。
「言っただろう?そもそも私は、思いを打ち明けることさえ出来ない。肌どころか、抱きしめることさえ無理なんだよ。」
恋心を抱きながら、抱きしめることは…一方通行でしか出来ない。
何度強く抱きしめて口付けても、相手に伝わらなければ…ただの行為だ。

「友雅さんならっ、打ち明けたって受け入れてくれますよっ!」
その発言に友雅が少しうなだれたのを、後ろ向きのあかねが気付くはずはない。
-------可能なら、とっくにそうしているよ。
出来ないから今も、こんなに想いが募っているんじゃないか。
それを本人の口から言われるなんて、まったくついていない男だよ…と友雅は自分を哀れんだ。
「う、打ち明けてみたらどうですかっ?」
「無理だよ。そう簡単な人じゃないと、言ったよね?」
「でも、友雅さんが好きになってくれてるって知ったら…もしかしたら相手も喜ぶかもしれな…」

ぱちん。
彼の手が肩を少し強めに、それでいて軽く叩いた。
「ごめんね。彼女の話は…もう止めよう。ますます自分が不憫で、不毛になってしまうんだ。」
まるでそれは、これ以上踏み込むな、と言う合図のよう。
自分の抱く気持ちを、他人の視点で軽々しく見るな、と言われたような気がした。
そんな風に彼に弾かれたのは…生まれて初めてだった。

思っているよりも、彼の恋は深刻な問題を挟んだものなのかもしれない。
相手を強く思っていれば、尚更厳しくなるだろう。
それを、普段の彼ならば大丈夫だと、楽観的に口を挟んでしまったのだ。
真剣な想いを悩ませている彼に、それは快いものではなかったのか…。
…謝った方が良いかな。
余計なことを言い過ぎた…私。
怒っているわけじゃないだろうけど、失礼な態度を取っちゃったのには変わりないものね。
でも、どうやって謝ろう?
わざわざごめんなさいと言うのも、何だか気まずいし…。

「気にしなくて良いよ。逆に、気を遣わせてしまったみたいだね、ごめんね。」
耳元で穏やかな声が、そうあかねに告げた。
「この恋に関しては…悲観的なことしかないものだから。考え出すと気分が重くなってしまうんだ。だから、あまり話したくなかったんだよ。」
「…あの、ごめんなさい。私も適当に能天気なことばっかり言って…」
「ふふ…。謝らなくて良いよ。むしろ、こっちこそ悪かったね。」
仕方がないのだ。
彼女は何も知らないし…知らせてはいけないことなのだから。
だからこの恋は……そう簡単に成就できない。
素知らぬ振りして側にいて、さも他の誰かに恋しているように見せかける…そんな不毛な素振りで。

でも、どこかで気付いて欲しい気持ちは、いつだってある。
受け止めて欲しいと、その気持ちは今も強くここにあるからこそ-------ふいに本心は自分勝手に動き出す。

「…きゃあっ!な、なっ…ちょっ…!!」
思い掛けなくその両腕は、後ろから伸びて来てあかねの身体を抱きしめた。
マントは既に腰骨まで落ちて、露になった上半身を背後から友雅が強く抱く。
「と、とっ…友雅さんっ!!!」
肩に触れるのは、唇らしきもの。耳に聞こえる小さな吐息。
咄嗟のことで、あかねは両腕で胸を隠すしか術がなかったが、その上から組まれた彼の腕は、すっぽりと彼女の身体ごと包んでいた。



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Megumi,Ka

suga