Kiss in the Moonlight

 Story=21-----01
最初はほんの気紛れから、試したことだ。
それがいつしか、離れられなくなっているのはこちらの方で。
夜毎のキスも、そんな始まり。
唇を寄せることに慣れた彼女は、迷いもなく自分に口づけをするけれど、その一瞬に胸が高鳴ることなど気付いていないだろう。
……それに、今だって。

「んっ…うう〜……ん…」
友雅の腕の中で、もぞもぞとあかねが身体を動かす。
元からあまり寝相が良いとは言えず、ベッドでも落ち着きなく寝返りを打つ。
こうして抱いて眠らせている時も同じ。
まるで人懐っこい小動物のように、身体をこすりつけてくる。
「うー…ん…ふう〜ん」
伸びてきた手は背中に回り、友雅の胸にぎゅうとしがみつく、
時々首を伸ばして、頬の近くまで顔を寄せてくるのだが、本人はまだ目覚める気配がない。

…困ったな。
少しでも彼女と触れ合っていたくて、こんな風に胸を貸してあげただけなのだが、ここまで無防備に身を寄せられると…色々と気まずい。
押し付けられる身体の、ふわりとした柔らかさ。
弾むような女性の肉感が胸板に伝わり、愛らしい寝顔の一瞬の中に、女性の面影を見付ける。
ただでさえ意識し過ぎているのに、こうして身体が触れ合うと…。
「…ん」
すやすやと聞こえる寝息。
こんなにも素直に熟睡されるなんて、複雑だし鼓動が速まる。
思いを寄せる女性を腕に抱き、何一つ手も出せずに聖人君子を貫く。
----男のやることじゃないよねぇ。
彼女に気付かれないよう、小さく友雅は溜息を吐きだした。

「あかね殿、そろそろ…目を覚ました方が良いよ。」
細い背中をそっと揺する。
再びもぞもぞと身を動かし、彼女は目を擦りながらぼうっと顔を上げた。
「おはよう…と言っても、ここじゃ朝日は分からないけれど、一応時計の針は朝を差しているようだよ。」
旅の前日に泰明がくれた懐中時計は、丁度午前7時半を差している。
夕べ彼女が眠ったのは9時過ぎ頃だったから、10時間たっぷり眠れば体力は回復しただろう。
「足はもう、疲れていない?」
「…ん、はい…大丈夫です…」
「具合は?どこか気分が悪いとかは?」
「別に何も…ないです…。ただ、ちょっとまだ眠…いくらい。」
身体を起こしたあかねは、両手を広げてふわぁ、と欠伸をしながら身体を伸ばす。
そんな姿を微笑ましく思いつつも、やっぱり複雑な心境は残る。

「さ、食事を済ませて少し休んだら、また今日も歩くだけの旅だよ。」
まだぼんやりしている彼女を腕から下ろし、友雅は荷物袋の紐を解いた。

+++++

堅めのパンと少しのチーズ。干した鶏肉を煮た薄いスープ。
昨日と同じ、そんな素っ気ない食事を終えてから、二人は今日もまた歩き始めた。
ゆっくりと上に続く道。時々羅針盤を覗いて確認をするが、距離はようやく半分くらいを過ぎたところ。
「昨日の朝に出発して、半分…か。上手くいけば、今日ラストスパートを迎えられるかな?」
あかねの手を引きながら、友雅は静寂の続く道を進む。
完全に外部から閉ざされて、わずかな風も頬をかすめては行かない。
空気は黒曜石などの天然石に浄化され、清らかなほど澄み切っているため、呼吸は楽だ。

けれど。
「……ふう」
後ろから溜息が聞こえて、友雅の足がその場で止まった。
「疲れたかい?」
「え?別にそんなことないですよ?」
顔を上げた彼女の表情には、それほど疲労らしい顔は浮かんではいない。
だが、その溜息が重苦しかったことを、彼が気付かないはずはなかった。
「休む?」
「大丈夫ですよ、全然疲れてないですから。」
友雅の手からすり抜けて、あかねはどんどん自ら前に進んでゆく。
その歩き方を見れば、元気が良さそうに思えるが……。

「あかね殿、ちょっと待ちなさい。」
呼ばれた声に振り向くと、柔らかい力であかねは引き寄せられた。
「口、開けてごらん」
「え?」
何だろう?と口を開くと、ころんと玉のようなものが転がり込んできた。
舌の上を動くそれは、甘いけれどもどこか塩気を感じる。
「これ、飴玉ですか?」
「そう。塩を混ぜて作ってある飴。疲れに効くから、次の小休止まで舐めていると良いよ。」
ポケットの中から、小さなケースを取り出した友雅は、それをあかねに手渡した。
中身は飴玉がいくつか入っているようで、揺れるとカランカランと音を立てる。
「私はいいから、君が持っていて良いよ。でも、食べ過ぎは逆に身体に悪いから、ほどほどにね。」
そう言って友雅は、彼女の背中を押した。

ほんの少しの塩辛さのせいで、元の甘さが濃厚に口の中に広がる。
深みのある甘みはずっと舌に残って、喉の渇きを抑えてくれている。

……さっきの私の溜息、気付いたんだ。
疲れていたわけではないが、変哲もない歩くだけの行動に、少し気怠くなっていたところで、つい、溜息をこぼしてしまった。
それを、友雅は即座に察知したのだ。

友雅さんは、どんな小さな事でも私の変化に気付いてくれる。
そしてすぐに立ち止まって、振り返って手を差し伸べてくれる。
たったふたりきりで、薄暗い洞穴を歩いていくのは不安だと思っていたけれど…今は全然そんなことない。
一緒にいてくれるから…。
そばにいてくれるから…不安も寂しさも、今は何にもない。
上級巫女になったあとも、ずっとそばにいてくれるって、そう言ってた。
それが一番、私を安心させてくれてるんだ…。

足早にあかねが後ろから着いてきて、友雅の腕に自分の腕を絡ませた。
寄り添うみたいに身体を近付け、隣を一緒に歩き出す。
「ん?突然元気になって、どうしたのかな。さっきの飴の効き目かな?」
「ふふっ、そうかもしれません。おかげで元気になりました。」
なら、良かった。
彼はそう言って笑うと、またあかねの歩幅に合わせて歩き出す。
この距離感が、心地良い。


「……おや?」
歩き出して間もないというのに、友雅の足が突然止まった。
ランタンを高めに翳して、ごつごつした岩壁を照らす。
「何か、あったんですか?」
彼は手のひらを壁に当てて、じっとそのまま立ち尽くしている。
耳を澄ましているのか、それとも手に何か異変を感じているのか…。
どちらにせよ、普通とは違うものに気付いたに違いない。



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Megumi,Ka

suga