Kiss in the Moonlight

 Story=20-----04
「スプリングは良くないけど、岩の上に横たわるよりはマシだと思うよ。」
息が掛かるほどの近さで、友雅がそう良いながら笑う。
寝そべるような姿勢の彼の胸に、引き寄せられたまま背中に手を回されて、抱きすくめられる。
「冷たい岩じゃなく、人肌に近いぬくもりもあるし。その方が、眠りやすいと思わない?」
「あ、のっ…でもっ…」
少し恥じらうあかねの身体を、友雅は自分の胸へと引き寄せる。
まるで、逃げないように捕らえるかのような、力強い感覚。
密着して、離れない身体同士。

「こうして抱いててあげるから、身体預けておやすみ。」
「え!!あの…そ、そんなことしなくても大丈夫ですって!」
戸惑っている間に、またその腕に力が込められた。
そのせいだろうか。身体がじわりと熱いような気がするのは。
「他に誰もいないんだし、恥ずかしがることないよ。」
「そ、それはそうですけど………っん?」
急に柔らかいものが、頬に軽く触れた。
続いてそれが、耳朶に移ってきて…思わずびくんっ!と肩が震える。
「こんなことしても、誰も見ていないんだから。遠慮なんかしないで。」
「……くうう…ちょっと、やめてくださいよう〜」
困ったように声を啜り、真っ赤な顔を胸にうずめる。
自分よりずっと小さな手が、シャツの袖を強く握りしめている。

「でも、おやすみの前にいつものコトも、忘れちゃだめだよ?」
「え?あ…ああ、そうです…ね」
あかねが顔を上げたとたん、友雅の指先がその唇を軽く弾いた。
おやすみのキス。
毎晩彼と交わす、互いの信頼を誓いあう二人だけの儀式。
どちらからともなく距離は近付き、唇同士は重なって…しばらくの間、甘いひとときは続く。


「ふっ…、あかね殿は本当に、相変わらず可愛いよねえ。」
「な、何ですか?急に…」
唇が離れたあと、そんな風に言って友雅が笑うと、赤い頬の彼女は友雅の腕の中で、瞳を上へと傾ける。
友雅の手のひらは、少し熱を帯びたあかねの頬を包んだ。
「昔よりずっと女性らしくなったけど、可愛いところは変わってない。」
細くて素直な髪の毛先を指に絡め、艶やかに光る瞳を友雅は見る。
出会ったときの面影は、まだここにしっかりと残っていて、時に惹き付けられる女性の何かを感じる時がある。

「近いうちに、素敵な女性になるだろうね。」
「はあ?どうしたんですかっ…友雅さん…」
照れながらも驚いたような顔。
彼の言葉に、あかねは鼓動を速らせる。
「上級巫女になれば、自由に恋も出来るようになるからね。そうすれば、もっと綺麗になるよ。」

------恋?
今まであまり実感のなかった言葉に、あかねは少し戸惑いを感じた。
「普通の巫女も上級巫女も、恋愛は規制されていないよ。」
「まあ、それは…そうですけど…」
世間的にはどうか知らないが、恋をして結婚することを巫女は許されている。
聖籍を出て一般人に戻る者もいるが、そのまま妻として母として同時に生きる者も少なくない。
実際、現上級巫女は皇太子と恋に落ち、正式に結婚することになった。
しかし王女となれば立場は特殊。
巫女を兼ねて努めるというのは、さすがに難しい問題である。
それで、実権は新たな上級巫女に譲与し、自らはサポート役として着く道を選んだのだった。

「今までの上級巫女様も、いろいろな相手と恋をして婚儀を上げたんだ。あかね殿にも、そういう時が来るよ、いずれね。」
「……結婚ですか」
「そう。相手に制限はない。一般の男性でも異国の者でも、王様だって君が選ぶ相手なら問題はない。」
極端に言えば、相手を決める権限はあかねにある。
彼女が恋愛をして、その相手と結ばれたいと彼女が意志を示せば、それを阻むものはない。
「自由なんだよ、あかね殿は。幸せになるための相手を、自分で決められる。」
気付くと友雅の小指が、指切りをするようにあかねの小指に絡まっていた。


「羨ましいね、好きな相手を自由に選べるなんて。」
少し物憂げな面持ちで、友雅がつぶやく。
それは彼が口にするには、まったく相応しくない言葉だった。
「そんなの…友雅さんの方が、ずっと…じゃないですかっ!」
あかねは言い返す。
誰が見たって目を奪われる、その艶やかさと華やかさを兼ね備えた容姿に、エスコートされるには申し分ない物腰。
彼が望めば、落ちない女性なんて滅多にいなさそうなのに、そんな彼から羨ましがられる筋合いはない。

「いくらでも綺麗な女の人が、向こうから寄って来るじゃないですかっ。初めて会った時も、そうでしたもん!」
「ん?覚えてたの?そんな昔のこと。」
「ちゃんと覚えてますよっ。」
酒場の路地裏で、歌姫と抱き合いながら唇を重ねていた彼。
引く手数多の美人の歌姫で、簡単には落とせないと噂だったのが、ふらりと立ち寄った彼が連れ出してしまうのだから、どこまで腕利きなのか。
「友雅さんなんか、よりどりみどりじゃないですか〜っ!」
恋愛で悩むことなんて、彼には縁のないことだろう。


「でも、本当に好きな人には、何も出来ないからね、私は。」
あかねの背中を支える手。
そんな言葉をつぶやいたあと、キスが出来るほど近い位置で、彼の表情は寂しげに映る。
「好きな人って…友雅さん、そんな人がいたんですか?」
「いるよ。かれこれ長いこと、ずっとその人だけを想ってる。」
意外にこれでも私は一途なんだ、と言った友雅はやはりどこか遠い目で。
今まで、あまり見たことのない一面を見たような、そんな感じがする。
「だけどね、身分がいろいろと難しい相手でね。私がどれだけ想っても、決めるのは彼女だから…。彼女が選ばない限りは、私の恋は実ることはないんだ。」
身分が難しいということは、家柄が高貴なだとか?
だが、王の側近である彼ならば、普通でもはね除けられるとは思えないが。
そんな彼でも簡単に近付けないような、そんな相手なんて…。

「……あの、もしかしてその人って、王家の人とかですか?それとも、お家同士が敵対してるとか?」
「違うよ。詳しいことは言えないけどね。」
言えない。自ら言葉にするのは、許されていないから。
想うことなら自由だけれど、彼女に心を告げてはならない。
自然に彼女がこの心に気付いてくれて、彼女の本心から振り向いてくれることしか、この恋が実る方法はない。

------でも。
「それでも、私はこれから死ぬまで、その人しか愛せない。」
一度だけ目を伏せて、再び彼は瞼を開いた。
そして、彼女の姿を徐に瞳に映す。
このままその映像が、永遠に消えないでいて欲しいと…心で願いながら。


「そろそろ、ちゃんと寝よう。叶わない恋の話なんかより、大切なあかね殿のことを考えていた方が、私はずっと良いよ。」
友雅はそう言って、改めてあかねの身体を抱きしめた。
心臓の音が聞こえるくらい、身体同士は重なっている。
けれど…彼の本心は全く読めない。

……友雅さんがそんなにも好きな人って…誰なんだろう。
どんな人なんだろう。でも、綺麗な人なんだろうな……。
……死ぬまでその人しか愛せない…って。
そんな風に言えちゃうくらい、その人のことが好き…なんだ。
あまりにも情熱的な言葉と態度が、いつもの彼とは全く違っていて、妙にどきどきしてしまった。
彼の心の中に住むその女性のことが、何だかすごく気になるけれど……。
いつか落ち着いたら、教えてくれるかな。
その恋が実ったら-------------?

「どうしたの?寒いかい?毛布もう一枚掛けてあげようか」
「だ、大丈夫です!ちゃんと寝られます、おやすみなさいっ!」
あかねは友雅の腕の中に潜り込み、ぱっと毛布の中でうずくまった。
胸のぬくもりと、大きな彼の手に護られてる。
そんなあかねの中に沸き上がった、不思議なもやもや感。
少し速まった動悸を落ち着かせようとしながら、あかねは何とか眠ろうとして瞼を閉じた。



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Megumi,Ka

suga