Kiss in the Moonlight

 Story=20-----03
山の内部にある階段を、ただひたすらに上がり続けているだけの、一見単純作業で退屈な行動。
しかし、いくつか灯った壁のランプのおかげで、やや明るくなった内部が照らされ始めると、それらを見渡すことで気晴らしにはなった。

「黒いものがキラキラしてる。何でしょうね?」
「多分黒曜石じゃないかな?山の向こうの町は、黒曜石の産地で有名だから。」
「へえ…そうだったんですかー。」
平面にちりばめられた、黒い石の結晶。
外からの光がないこの場所では、わずかなランプの明かりも強く反射する。
「こうやってよく見ると、光に当たって綺麗ですねー」
町中を観光しているみたいに、腕を絡ませてあかねはきょろきょろしながら歩く。
まるで、ウインドウショッピングを楽しんでいるかのように。

だが、明らかにいつもとは何かが違うことが、徐々に友雅には分かって来た。
それは自分だけに起こっている変化で、他は一切何も変わっていない。
あかねだって、すっかりいつも通りに元気な顔を見せている。
何故か、自分だけがおかしい…。

ふたりきりでいることなど珍しくもないし、彼女に付き添って来た三年の間で、数えきれないほどあった。
この旅の道中だって、同じ部屋に泊まり、同じベッドで眠ったりもした。
その時も崩れそうな理性を相手に、ささやかなバトルを繰り返したが、難なく打ち勝つことが出来たはずなのに。
------やけに今日は、意識しすぎている。

彼女が発するいろいろな言葉や表現が、無意識のうちに本能へと繋がってしまう。
塞き止められるものがあったはずなのに、突然それが姿を消してしまったような、そんな感じだろうか。
楽しそうに話す彼女の唇を見ると、触れた時の柔らかさやぬくもりが蘇ってくる。
絡めた腕と、寄り添ってくる身体に、夕べ目にして、そして直に触れた白い肌が思い出されて来る。
あの時の葛藤。
抱きしめたいと思った衝動までもが浮かんで---------。

「あ、そういえば友雅さん知ってます?」
くるっとあかねが身体を翻し、友雅の顔を下から覗き込んだ。
大きく開いた澄んだ瞳に、一瞬どきっと心臓が震えたが…必死にそれをひた隠す。
「何だい?あかね殿のマメ知識は、どんなことなのかな?」
「あのですね、私が上級巫女に認められたら、現巫女様がオブシディアンのポイントを下さるんだそうです。」
太古の昔から黒曜石は、予言の儀式に使われるものとして崇められてきた。
上級巫女もそれらをアイテムとして、代々受け継がれてきているのだという。
「へえ、初めて聞いたな。」
「これは上級巫女にだけ受け渡されるものだから、あまり他の人は知らないんですって。」
手渡される本人と、彼女に永遠に付き添う選ばれし者が知るくらい。

「うーん、じゃあ私も知っていなきゃいけなかったのかな」
「大体は巫女様が受け取った時に、初めて知るみたいですよ。だから友雅さんは、まだ知らなくて当然なんですよ。」
三年以上もの間、彼女が上級巫女になるための努力を見てきたのに、知らないことはまだまだある。
それだけ上級巫女というものは、重要な意味を持って存在しているのだろう。
「これからも、いろいろ教えてくれるかい?知らなきゃいけないことが、まだたくさんありそうだからね。」
「はい!何か思いだしたら、すぐ教えますね!」
上級巫女しか分からないこと。教えられないこと。
この立場に着いて、初めて知ったことは多い。
それらを、ずっとそばにいてくれるその人に、伝えなくてはいけないこともある。

「友雅さんには、知って欲しいこといっぱいあるんですよ」
細い腕が絡んできて、身体がかすかに寄せてくる。
濃厚で強い草原の香りは……夕べ背中に塗ったオイルの残り香だ。
何なんだ、今まではセーブ出来ていたのに。
ここまで来て、どうしてこんなことに。
一番大切な時期なのに、己の本心に惑わされるなんてこと、あってはならない。
分かっているのに、どうして今になってこんなにも---------------------。

知って欲しいのは君の方だ。
ほんの少しで良いから、気付かせたいのに…。
ふう…。これじゃ、先が思いやられるよ。
出来るだけ急いで目的地に向かい、早く仲間のところへ戻らなければ。

誰か引き止めてくれなければ……ダメになる。
こんなにも切羽詰まったのは、生まれて初めてだ。
平静を装ってあかねに接しながらも、友雅は自分の本能と格闘を続けていた。


+++++


頻繁に小休止を挟んで進んだが、それでもさすがに疲労は蓄積された。
何しろ一日中階段を上り続けるなんてこと、今までそんな経験など一度もない。
段差はゆったりとしていて、整備もされて足場もなだらかだったが、長い時間歩き続ければ疲れは残る。

少しくぼんだ場所を見付け、今夜はそこで休むことに決めた。
ところどころにある雑草と集め、油を少し垂らして小さな火を焚く。
さほど冷えはしないが、明かりと暖を取るために夜の火は必要不可欠だ。
「疲れただろう、一日中歩き通しで。」
友雅が声を掛けると、あかねはブーツを脱いで足を投げ出し、足首を伸ばしたり回したりしている。
幸い靴擦れやくじいてはなさろうだが、足は棒のように疲労しているはずだ。
「水で少し冷やすかい?」
「い、良いですよ!大切な水を、そんなことに使えないですもん!」
湿布代わりに布を水で濡らそうとした友雅を、慌ててあかねは止めた。
ただ疲れているだけで、腫れていたり熱を持っているわけじゃない。
冷やす必要はないだろう。
「ゆっくり一晩ほど休めば、疲れも取れちゃいますよ。だから平気です。」
「そうかい?もし冷やしたいなら、遠慮なく言うんだよ。」
一日歩き通しだったが、あかねが終始元気そうだったのは何より。
気持ち次第で疲れの度合いも変わるから、今日は無事に終わったと言える。

地面にマントを敷いて、静かにあかねは横になった。
ケープコートは毛布代わりに、上から掛けてこのまま眠る。
パチパチと小さな火の粉が、静かに燃え続けている。
「ちゃんと眠るんだよ。少し寝過ごしても、大目に見てあげるからね。」
「…ん、は、はい…」
返事をしながらも、何故かあかねは落ち着きがなく、さっきから寝返りを繰り返してばかりいる。
右を向いたり左を向いたり。うつぶせになったり、横向きになったり。
あおむけになっても、どうもそわそわして。

「どうしたんだい?眠れない?」
「んと…あの、横になると背中が岩に当たって…」
歩くには平坦な地質なのだが、寝てみると小さなでこぼこが背中に当たる。
友雅の厚手のマントを借りて、二つ折りにして強いているのだが、丈が足りなくて背中か腰が直に地に着く。
「あー、やっぱり私も、友雅さんみたいに身体起こして寝ます!」
むくりと起き上がったあかねは、壁に背を当ててコートで身体を包み、彼の肩にこてんと寄りかかった。
身体を横たえて眠るより、こうした方が落ち着く。
「この方がよく寝られそうです。」
「背中が痛くなるよ、そんな姿勢で寝ていたら。」
「そうかなあ…。大丈夫だと思いますよ、一晩だけだし。」
さらっとあかねは答えるが、明日もまた一日中歩き続ける過酷な道のりだ。
きちんとした睡眠を取らせてやらないと、後々に響いては困る。

「それなら、私がベッドの代わりになってあげようか」
ぽかんとしているあかねは、彼の言った意味が咄嗟に把握出来ない。
そんな彼女の気持ちをよそに、友雅の手が伸びてきて腕を掴んだ。
翻るようにふわっとあかねの身体が浮き、そのまま彼の手の動きに沿ってゆく。
次に気付いたとき、友雅は半分身体を倒していて、あかねは彼の腕の中へ転がり落ちていた。



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Megumi,Ka

suga