Kiss in the Moonlight

 Story=20-----02
「ん?何だ…これは」
どんどん道を下って行くと、目の前にアイアン細工の柵が現れた。
ランプを手前に翳してみる。わずかな明かりに照らされたのは、古い両開きの扉。
それはまるで、行先を遮るように設置されている。
「サビが凄いね。」
腐食はしていないが、手で触れるとサビの粉がついてくる。
揺さぶってみると、ギシギシ軋む音が響き渡る。
辺りを見渡してみても、他に行く道はない。
そうなると、やはりここを開けて先に進めということなのだろう。
友雅はきしむ扉を掴み、思いっきり手前へと引っ張った。
「開きますか?」
「うん、ちょっと硬いけれど…」
ギギギ…
鳥肌が立つ程の嫌な音を放ち、扉は左右に開かれる。
その下にはまた短い階段があり、下りてゆくとそこで地上が平坦になった。

「あっ、すごい…」
降り立ったそこは円形のホール状に整形されており、天に向かって高く吹き抜けになっている。
それらをぐるりと取り囲むように階段が作られ、暗くて見えない上階へと長く続いているようだ。
「話には聞いていたけれど、結構距離がありそうだね」
最上階あたりに行ったら、地上なんて見えなくなりそうな。
しかし吹き抜けと階段の間には、手すり代わりに柵が張られているので、万が一でも落下する危険はない。
「上級巫女様たちが無事に頂上に行けるように、しっかり作ったんですね。」
「そうだね。でも、ここから先は選ばれた者しか入れないと言っていたけど、誰が整備したんだろう?」
階段の壁には、小さなランプが一定の距離で、かなりの数が取り付けられている。
だが、それ以外は目立つものはない。

「ねえ友雅さん、何かここに書いてあるんですけど…読めます?」
柵の内側にぶら下がる銅板を、あかねが見つけた。
埃がかぶっていて、刻まれた文字も半分は消えかかっているが、読めなくもない。
「壁のランプを灯して、街灯がわりにして先に進め、って書いてあるみたいだね」
確か出発前の用意をしていたとき、泰明がいざという時に役に立つからと言って、油を多めに持たされてきた。
なるほど、こういう場合にも油は役に立つ。
ランプに油を差して火をを灯せば、明かりも長持ちするはずだ。

「全部灯すようにとは書いていないから、適当に付けて上がって行こう。」
さすがに、油の量にも限度が有る。
使い過ぎて途中から暗黒に襲われては、いくら柵があろうとも不安が付きまとう。
まずひとつ、友雅は近くにあるランプに火を灯した。
小さな明かりだが、手持ちのランタンとこの壁の明かりがあれば、割と辺りは視界が広くなる。
「さ、おいで。これから先が、本当の出発だよ。」
友雅はあかねの手を引く。
彼女が階段をひとつずつ、ゆっくりと上がるのを確かめながら、彼もひとつ階段を上がる。

「ふふっ、こんな大切な時に不謹慎ですけど…何だかちょっとだけ、ワクワクしてきました。」
「おや、それは良い傾向だね。心に余裕が出来たという証拠だよ。」
歩きながら笑顔を見せるあかねを、友雅は引き寄せて隣を歩かせた。
「何だか…、お城に上がるお姫様になったような気分です。」
「お姫様かい?」
あかねは笑いながら、うん、とうなづいた。

子どもの頃に読んだ童話の中の、お姫様がお城のパーティーに参加する場面。
真っ白な手すりの階段を、王子様に手を取ってもらいながら、一段一段上がって行く…そんな挿絵があった。
「洞穴の中だから、全然綺麗じゃないし。私だってお姫様なんてカッコじゃないですけどねー。」
いつものワンピースドレスに、丈が長めのケープコート。
足なんかは、歩きやすさだけを重視した造りの、まったく素っ気ないなめし革のショートブーツだし。
「でも、こんな道を歩くんですから、ドレスなんか着てられないですよね」
「まあ…そうだね。残念ながら綺麗な格好じゃ、ちょっと無理だね」
お互いに笑い声が上がり、重かったムードが和らいできた。
足取りも心なしか、軽くなったように思える。

「あ、見て友雅さん。すごく綺麗。」
途中であかねが立ち止まり、下の方を柵のすき間から指差して見せた。
彼女の後ろから覗き込んでみると、小さなランプがシャンデリアのように輪を描いて輝いている。
「少しここらでひと休みしようか。丁度良い眺めだし。」
「うん、そうですね。」
さっきはさすがに早すぎたけれど、なんのかんのであれから1時間以上は歩いているはず。
そろそろ一旦足を休めるのには、丁度良い時期だろう。



荷物袋の中から取り出したのは、飲料水の入ったガラスのボトル。
まずは彼女に飲ませてやろうとして、友雅はコルク栓を引き抜いた。
「ほら、あかね殿。すこし水を飲んだほうが良いよ。」
ずっと下の景色を眺めているあかねの肩を叩き、ボトルを手渡してから隣に腰を下ろした。
ちみちみと水を啜りながらも、彼女は景色を楽しんでいるようだ。

「この眺めが気に入ったみたいだね」
「何だか、ランプがゆらゆらして綺麗なんですもん。」
王宮には古い塔がいくつかあり、何度か所用で上ったことがある。
縦に高い建物には、小窓から外の明かりが差し込んでいたが、ここは完全に外界からシャットアウトされた世界。
しいんと静まりかえって、人の気配も全くない。ある意味、密室状態に近い。
けど、不思議に気持ちは穏やかだ。
出発前には、あれほど緊張と不安が渦巻いていたのに、中に入ったら嘘のように晴れた。

「ここは私たち以外誰もいないのに、全然寂しくも怖くもないし。逆にホッとしてる感じ…。不思議ですねえ」
もしかしてこれは、山から沸き上がる神気のせいなんだろうか?

「怖くないし、ホッとする…か…」
「え?どうかしましたか?」
無邪気な顔で振り返ったあかねが、飲み残したボトルをそのまま友雅に渡す。
次はそちらが飲む番なのだと、暗黙の了解で彼の手に戻された。
「いや、別に何でもないよ」
苦笑いを浮かべてしまいそうなのを、何とか友雅は耐えて水を飲み込んだ。

彼女からのこんな台詞、もう何度聞いたか分からないけれど…その度に空しさばかりが浮かぶ。
男として、一番聞きたくない言葉だよねぇ。
確かに、彼女を安心させてやろうと気を配っているが、それとこれとは別のもの。
肝心なところでは警戒してくれないと、ちょっと困る。
もっと意識してくれないと、やりきれない。

"私たち以外誰もいないのに"-------------
こっちは彼女の言ったその言葉のおかげで、むやみに胸が踊っているというのに。
胸に下げたペンダントも、ここでは通用しない。
外と連絡を取ることは不可能。
泰明の力を使っても、山の神気にはね除けられてしまう。
誰もいない。
君と、私と……しばらくこうして二人だけの世界に閉ざされて。
邪魔する者は、誰もないというわけか。

--------って、何を考えているんだ、私は。
目の前にいるあかねは、また飽きもせず景色を眺めている。
隣にいる友雅が、雑念を払うように頭を左右に振り、かすかについた溜息にも気付かないようだった。



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Megumi,Ka

suga