Kiss in the Moonlight

 Story=18-----03
その日の夜遅く、あかねたちは教会を訪れた。
中に入り礼拝堂へ足を踏み入れると、祭壇の前にシリンと頼久たちが待っていた。
清らかな白い花に彩られ、ステンドグラスの窓からは月が見える。
荘厳な雰囲気の中、彼女の元へと近付いてゆく。

「約束通り、話が着いたよ。」
友雅の言葉のあとで、あかねが白い革の袋をシリンに差し出した。
表面には"龍京王国"の国王の印。
麻の紐で口をしっかりと結ばれているが、彼女の前であかねはそれを解いた。
中から取り出したのは、一枚の羊皮紙。
シリンの手に、そのまま渡される。
「国王様からの、全面的な援助許可を記した文書です。」
あかねの顔をちらっと見たあと、シリンはその紙に目を移した。

内容は、十分な保護を受けていない元フローネイル国民すべてに、龍京王国が全面的なサポートを約束すること。
そして更に、原因不明な病に侵された者がいれば、その原因を徹底的に解明させ、治療を施すということ。
-------------昨日、あかねが力強く断言した内容が、ここには全て記されている。
間違いなく、国王の許可印も捺印されて。

「…あんたって、一体何者なんだい?」
まだ十代そこそこの、普通の女の子にしか見えないのに、王の側近だという男と、王宮に仕えるという男を数人も連れ歩いている。
王宮に仕える巫女だとか言っていたが、国王をこんなに早く納得させることが出来るなんて、尋常じゃない。
すると友雅が、シリンとあかねの間に手を翳した。
「だめだめ、彼女のことは国家機密。これ以上は何も言えないけど、とにかく特別な子なんだよ。」
そう言って彼は、あかねを引き戻した。

「ちゃんと読んだかい?。約束したことは、すべて承諾出来たと思うけれど?」
もう一度シリンは、ざっと目を通す。
何度も何度も文章をなぞったが、あかねが言ったとおりのことが、間違いなくここに記されている。
「外に、我々の国の護衛官が数人いる。私たちが町から発ったあとは、彼らが君の要望に全て応えるから。」
必要なことがあれば、王宮にも連絡してくれる。
一切手落ちがないように、完璧な援助が出来るパイプラインも整えてある。
「文句はないだろう?」
シリンは黙っている。というか、呆気に取られて言葉が出てこない。
あんなに苦労して、いくつかの犠牲を伴いながらやって来たことが、あっと言う間に目の前で叶おうとしている。

「だから、約束してください。あそこにいた女性たちの呪いを解いて、町に連れて帰ってください。」
あかねの声が、礼拝堂に響いた。
「あなたが不利な立場にならないよう、町の人たちには説明してあります。」
原因がシリンにあることは、わずかたりとも漏らしてはいない。
凍てついたまま倒れていた女性たちを、見付けることが出来たのだ---と、そう言って戻してあげれば、それだけで良い。
ユニコーンも大人しくなり、女性も皆戻ってくる。
「もう、あなたが手を汚す必要もないですから…。」
シリンは真っ直ぐに、あかねの瞳を見た。
はじめて、彼女の顔を真正面から、しっかりと見る。
今まで気付かなかったが、何て澄み切った綺麗な瞳をしているんだろう。
彼女から放たれる聖なる力…それは、この瞳の奥から溢れてくるのだ、おそらく。

「信じて構わないんだね」
「もちろん。王の捺印の目の前で、側近が嘘なんて着かないよ。」
友雅は答えると、ペンダントの裏をひるがえして、刻印をシリンに見せる。
「分かった。あんたたちが約束を守ってくれたんだ。こっちもそれに従うさ。」
正直ずっと半信半疑だった。
が、こうして形になったのなら、文句のつけようもない。
そろそろ潮時かと思ってはいたし、好転が期待出来ない現状に悲観的にもなっていたが、もうそんな不安を抱かずに済む。
…あの人が、また目覚めてくれるのなら。
待ち望んでいたその時が、やっと来るかもしれない。


「では、私はそろそろ出発しようか。」
あとは護衛官たちに任せるとして、今夜の夜行船で町を出る。
もうこの町に用事はないし、あまり長居すれば面倒なことも起こる。
そろそろ、旅も先を急がねば。
「ちょっと待ちな。確かアンタたち、龍胱山に行くって言ってたね?」
護衛官と入れ違いに頼久たちが出て行くと、慌ててシリンが後を追いかけて来た。
「先を急ぐんだったら、近道を教えてやるよ。」
「近道?危険なことはごめんだよ、天災も人災も。」
少し皮肉を込めて友雅は返事をしたが、幸い彼女からは以前のような不穏さは消えている。
本当に改心できた、ということか。

「ユニコーンがいる場所の近くに、古い山道があるんだ。そこを通り抜ければ、龍晄山の麓に着く。」
そういや以前、レストランの店主がそんなことを言っていたような。
「ただしそこは古い道だし、それほど凶暴じゃないが獣もいる。最近はユニコーンを恐れて近付く者もいないから、道も荒れていて綺麗じゃない。」
目的地には最短で着けるけれど、道程は楽観的じゃないということだ。
どちらを取るか?
遠回りしても、別の危険や面倒事に巻き込まれる可能性は、ないとは言えない。

「山道を行く方が適していると、私は思う。」
泰明の言葉に、皆が振り返った。
「あの辺りに出る獣なら、魔除けの調合薬でも使えば、ある程度は避けられるだろう。例え襲われても、我々なら難は無い。」
「だと思うよ。昨日の様子を見たところ、あんたたちなら心配なさそうだ。」
シリンもまたそう言って、山道を行くことを勧めた。



「あかね様!」
教会から出ると、見張り番の護衛官のポケットから、藤姫がすぐに顔を出した。
妖精である彼女は、夜になると簡単に飛び回ることが出来ない。
それに、教会の中にいるシリンは、藤姫にとって辛い想い出を作った元凶。
あかねの懐に隠れて中に入るか?と尋ねたが、やはり顔を見るのも苦痛なようで、しばらく護衛官のポケットを借りて待機していた。
「お話は済みましたの?もう…大丈夫ですの?」
「心配はないよ。彼女の保護と援助も許可を貰っている。本人も納得している。」
友雅が答えると、少し藤姫はホッとした表情をした。

彼女をポケットから出してあげようと、あかねはそっと手を差し出す。
「あとね、藤姫ちゃんたちがいた村のこともね、王様が援助部隊を早めに送ってくれるって。」
以前に報告は済ませておいたが、準備が整ったとの連絡が返って来た。
これから毎月人員を派遣し、救援物資と復興に手を貸して行く予定だと、書簡には記されてあった。

ひらりと腕づたいに羽根を少し動かして、藤姫はあかねの肩に移動した。
小さくうずくまり、あかねの耳元でくすん、とすすり泣く声が聞こえ始める。
「私…中にいるあの方のこと、やっぱり許すことは出来ませんわ…」
藤姫がそう思うのも、無理はない。
何せ村の混乱や衰退と、主である守護妖精を一時期失うという、悲惨な日々を経験したのだ。
「でも…あかね様のことは、信じておりますわ…」
そう言いかけて、彼女はあかねのフードをぎゅっと握って、頬にそっと近付いた。
「あかね様が、あの方を助けて差し上げたいとのお気持ちなら…私はそれを受け入れますわ」
「ありがと、藤姫ちゃん。」

いつか、彼女の辛い記憶が薄れてしまうほど、豊かな村が戻りますように。
藤姫を手のひらで包みながら、あかねは心からそう願った。



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Megumi,Ka

suga