Kiss in the Moonlight

 Story=18-----01
朝日がうっすらと辺りを照らし始めた頃。
頼久の馬にシリンを乗せ、背後に天真を乗せた馬が続く。
一行は町に向け、山の麓を後にした。
遠くに鳥のさえずりが聞こえるだけで、まだまだ辺りはしんと静かで。

「なあ泰明、あのユニコーン、そのまま放しちまって良かったのか?」
一頭の馬に詩紋と共に乗ったイノリが、前を進む泰明に尋ねる。
せっかく捕らえることが出来たユニコーンだったが、泰明の指示で野山へと逃がしてしまった。
「構わん。ユニコーンたちが暴れていた理由は、もう分かった。今更捕らえておく必要はない。」
すべての問題の元凶は、シリンが関わっていた。
ユニコーンの気を乱したのも、彼女がやったのだと自白しているのだし、それさえ分かれば捕らえなくても良い。
聖獣である彼らを、人の手で捕らえることは許されない。

「あの人…シリンさん、連れて帰ってどうするんですか?」
頼久に背後を塞がれ、先頭を進む金色の髪の後ろ姿を見て、今度は詩紋が尋ねた。
「詳しいことは、戻ってから話し合わねばならんが、当分は我々が監視せねばなるまい。挙動不審なことをされても困る。」
友雅が睨んだところでは、彼女はあかねの言葉に対して、一応納得したようだ。
が、いつ再びその考えを翻し、向かって来るか分からない。
油断して逃げられたら、また今回のような問題が土地を変えて、再び繰り返される可能性もある。
とにかく王宮に事情を伝え、答えを待たねば。

「あかねちゃんはあんな風に言ったけど…国王様は良いお返事を下さるかなあ…」
「おおむねは問題ないだろう。あかねの意志は、筋が通っている。」
他の者なら、そう簡単には行かない。
しかしあかねは、次期上級巫女となる者。彼女の地位は、国王も一目置く。
私的な問題ならいざ知らず、自国・異国問わず世の民に関わることならば、最優先で考慮してくれるはずだ。
一見は普通の女の子。
でも、その両肩は大きな任を背負っている。
そんな彼女は友雅の馬に揺られ、彼の胸に抱かれながら軽い寝息を立てていた。



町に戻れば一安心…とは、いかなかった。
これまで、あの山麓に連れ出された娘は数多くいたが、誰一人として戻って来る者はいなかった。
なのに、今回はかすり傷ひとつ負っていない。
それどころか、同行した男たちも全くの無傷なのだ。
心の中では無事を祈っていても、過去を思えば悲観的にならざるを得なかった彼らに、あかねたちの帰還は想像を覆す現実だった。
「怪我はなかったのかい!?」
「ユニコーンは捕まったのか!?」
凱旋する戦士を迎え讃えるように、明け方だというのにあかねたちを取り囲む。
その気持ちも分からないではないが、こちらは一戦を終えて帰還したばかり。
まずはしばらく、ゆっくりと休ませてもらわなくては。

「こんなに朝早いのに、すごい人でしたね」
部屋に着くと、友雅は四方の窓をしっかりと閉めて、カーテンを下ろした。
宿の外は大勢の人々が集まり、騒然とした状態が続いている。
「でも、鷹通と永泉様が事情を説明に行っているから、じきに落ち着くんじゃないかな。」
まるまる真実を伝えられないが、とにかく皆を納得させなくてはならない。
若干の割増やらも交えて、ここは交渉上手の二人に任せるとして。
「頼久さんと天真くんは…教会の周りに待機ですか。」
「国王殿からの返事が来るまではね。」
現在泰明が、王宮との連絡を取っている最中。
王から許可がもらえれば、すぐに護衛官を手配する。それまでは、頼久たちが見張り番だ。
「でも、シリンさん…もう逃げたりはしないと思いますけど。」
「そうかもしれない。でも、万が一という心の準備は、常に持っておかないといけないからね。」
「ええ、そうですわ。もしものことがあって、あかね様に危険があっては大変ですものっ!」
あかねの膝に座る藤姫は、ぱたぱたと羽根を動かしながら、彼女の顔を見上げる。


どんどん外は明るくなるのに、そんな陽射しを完全に遮って。
外界の動きに逆らって、あかねたちはこれから身体を休める時間。
「だけど、あかね殿があんなことを言い出した時は…正直私も驚いたよ。」
窓際のソファに腰掛けて、友雅は思い出し笑いをする。その表情は、苦笑いだ。
まっすぐで慈悲深い彼女が、シリンに対して情けを掛けたくなるのは、安易に予想が出来た。
けれど、まさかあんなにきっぱりと、"必ず救ってやる"だなんて言い切るとは。
「すいません…後先考えないで、つい…」
「いや、ただ驚いただけだよ。君が、突然上級巫女らしく見えたものだから。」
かと言って、今まで全然見えなかったというわけじゃない、と友雅はフォローを入れたあと、もう一度あかねを見た。

「何だか妙に立派で、堂々としていて…ちょっと眩しかったよ。」
「そ、そんなことないですよ!!別に私はいつもどおり…」
あかねは慌ててそう言うが、彼は静かに微笑む。
「別に謙遜することじゃないよ。むしろ、いよいよ君が一人前に近付いた、ってことなんだからね。」
「そう…ですか?」
照れたように顔をうつむかせる、初々しさはあの頃と変わりないのだが。
けれど彼女は、確実に本来なるべき自分へ、少しずつ近付こうとしている。
「上級巫女になるための、最後の旅だからね。当然なのかもしれないけど。」


「友雅さん、どうかしたんですか?」
しばらく、彼との会話が途切れた。
視線はやや傾いて、遠くの何かを眺めているような…。
まるで、心ここにあらずという感じで、常に隙を見せない友雅にしては珍しい。
「友雅さん」
自分の名を呼ぶ声が、目の前で聞こえた。
顔を上げると、真正面からあかねが覗き込んでいて、その横で羽のはばたく音も。
「ああ、悪かったね。何か用事かい?」
「別に用事はないですけど…、呼んでもぼんやりして返事してくれないから、どうしたのかなって…」
あかねは汚れるのも気にせずに、友雅の前に跪いた。
そして彼の膝に手を乗せ、もう一度大きな瞳で顔を覗く。
「いや、多分ちょっと疲れてるのかな…。夕べはいろいろあったから。」
友雅は目頭を少し擦り、座ったばかりのソファから立ち上がると、あかねの手を取って引き上げた。

「お部屋で休んだ方が、良いんじゃないですか…?」
「そうだね、そうしようかな。」
一晩中緊張を解くことが出来なかったから、心身共にやや疲れを感じているのは事実だ。
ちゃんと横になって、眠ることも必要かもしれない。
そう思いながら、友雅はドアの方へと歩いていった。

「君も今日は、一日ゆっくりお休み。」
柔らかな頬を何度か撫でて、いつものように互いの唇を重ねて、パタンと部屋のドアが閉まる。
同時に、彼の姿が室内から消えると、奥の方から、藤姫がぱたぱたと飛んでくる。
「あかね様、さあベッドへどうぞ。枕元にバラ水を用意しましたから、きっと心地よくお休みになれますわ。」
小さな手で袖を引っ張りながら、藤姫はあかねをベッドへと誘導する。
ナイトテーブルの上にある、小さなガラストレイからふわりとバラの香りが漂う。

「おやすみなさいませ。」
「…うん、藤姫ちゃんもおやすみ」
パチン、とランプの明かりが消えて-----------、部屋の中は夜のような闇が訪れた。



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Megumi,Ka

suga