Kiss in the Moonlight

 Story=17-----04
「あの村で私が欲しかったのは、妖精の聖水と、森の湖の砂利だよ。」
妖精の聖水とは、守護妖精しか使うことの出来ない特別な水のことである。
森の片隅の岩場に湧き場所はあり、一日に数リットルしか湧き出ない。
守護妖精がいる限り、彼女たちにそれを利用されてしまう。
これでは、盗むにも盗めない。
--------だから、彼女を封印して聖水を持ち帰った。

「森の湖の砂利は、何に使うんですか?」
「あそこにある砂利は、白くて細かいんだよ。光を吸収しやすくて、浄化の作用がある。儀式には、そういうものが必要になるのさ。」
シリンの話に、かすかに泰明はうなづいた。
彼もまた、呪いや儀式のことに関してはエキスパートであるから、それらの必要性は理解出来た。

聖水に砂利をしずめ、月の明るい夜に祈りを捧げる。
月の力は、女性の身体に通じる波長を持っているため、そんな夜に呪いを唱えると効果が高い……というのは、常識だった。
「でも、まだ精気が足りないのさ。」
聖水の水面に浮き上がる波動は、新しい女性たちを連れてくるたびに大きくなる。
だけど、まだ足りない。まだ、完璧には程遠い。
それならば、霊感や特別な力を持つ生娘を見付けてみようか。
きっと彼女の持つ力が、元からの清らかな精気と相まって、大きな反応を示すのではないだろうか?
「とか考えていたら、丁度占いにお嬢さんのことが映し出されてさ。あんたなら使える!と思って、言いくるめようとしたのさ。」
旅で立ち寄っただけの娘と言っても、計画を立てようとした矢先での遭遇。
これこそ、チャンス
かも…と、シリンはあかねに近付こうとしたのだ。

「でも、残念だったね。彼女の力は、君の想像を遙かに超えるレベルなんだよ。手に負えるはずがない。」
友雅はシリンを見ながら、そう言った。
彼女の呪い師としての力は、それなりに高度なものを持っている。
けれど、こちらは聖なる巫女の力。しかも、上級巫女。
この数年に渡って、その要素がしっかりと濃度を増して、一人前の聖なるオーラを身に纏う日が目前に迫っている。
ただの呪いなどというものとは、あきらかにケタが違うし、相手にならない。


「あの…シリンさん」
あかねが顔を上げると、シリンや他のみんながこちらを見た。
「あの、もう…こんなことやめてください。これ以上続けても、悲しむ人が増えるだけです。」
「ははん!何を甘ちゃんなこと言ってんのさ。さっきも理由を言っただろ。儀式を完成させて、力を得なきゃならないんだよ!」
今も、古い国の名残が残る故郷で、病に伏せっているあの人を助けるためにも。
どんな方法を使ってでも、手に入れると決めたのだから。

「だったら、その人の病が治るように、色々な人にお願いして、治療法を見付けてもらいます。」
えっ!とみんなが驚いてあかねを見た。
いきなり何を言い出すかと思ったら…シリンの代わりに、治療法を見付けてやるというのか?
「あかね殿、そんなことを申されても…」
急な彼女の発言に、鷹通は少し戸惑いながらあかねを見た。
しかし、あかねの目は真剣に鷹通を見つめ直す。
「旅が終わって王宮に戻ったら…国王様や王宮の薬師さんたちに話せば、何とかなりませんか?」
王宮の薬師たちは、高難度の薬剤調合や医学知識を持った者たちばかり。
彼らの知識を集めれば、もしかしたら病の原因も掴めるかもしれないが……。

「ちょっと!あんた、何言ってんの?国王とか王宮とかって、どういう話よ?」
シリンには、話がよく分からなかった。
ここに来てそんなフレーズが、あかねたちの間で普通に交わされている。
まさか彼女は王女とかで、彼らはそのお付きとかって…のは、ちょっと考えにくいが、それなら何故。
「あかね殿は、近いうちに王宮に仕える巫女になる女性だ。それも、単なる巫女じゃない。一目置かれるほどの特別な巫女だよ。」
「巫女っ…?」
王宮の祭事に関わるため、常に多くの巫女が宮中にはいると聞いたことがある。
この娘も、その一人なのか?
いや、一目置かれる特別な巫女と友雅は言った。
それがどういうものか分からないが…だから、あんなに強い神気を感じ取ったのだろうか。

「国王や王妃とも、あかね殿は懇意な関係を築いている。そして……」
友雅がシャツの下から、瑪瑙のペンダントを取り出して見せる。
「私は国王の側近だ。それと同時に、彼女を永遠に護る役目を担っている。」
はっきりと見えるように、シリンの前に近付けた。
国王の側近…!この男が!?
どこか上流社会の物腰を漂わせていたが、まさか龍京王国の側近だなんて…。

「だから、あかね殿がそうしたいのならば、全面的にサポートする。君の愛する人の病を、完全に治すと約束するよ。」
-----どきん、として、急にシリンの頬が少し赤くなった。
何となく分かっていた。
彼女の大切な人というのが、どんな立場の者であるか。
女性である彼女が、そこまで必死になる相手-----それはおそらく、恋する男のことだろう。

「お話聞いてて、お国が大変だったことを始めて知りました。生活するのも、いろいろご苦労があったと思います。だから、もうこんな苦労しないでください…」
「分かったような口を利くんじゃないよ。護られてるお嬢さんに、私のことが分かってたまるもんか!」
確かに、完全に理解するのは難しい。
あかね自身、幼いうちに両親は亡くなってしまったけれど…随分と恵まれた生活をしていたと思う。
叔父や叔母も優しかったし、仕事も苦労というほど大変じゃなかった。
そのうちに、上級巫女候補として王宮に上がって……それからは、ずっと友雅が自分を護ってくれている。
あらゆる危険もはね除け、常に穏やかに過ごせるように、友雅はいつも隣にいてくれる。
護られているお嬢さん……そう言われても仕方ない。

でも、だからと言ってシリンのことを、見過ごしてはおけない。
上級巫女として生きる意味の中に、万人の穏やかな日常を祈り、目指すことも重要だから。
すべての人を、一度に助けられる方法はない。
けれども、まず目の前にいる人が、一番良い方法で穏やかに向かえることに、自分が協力出来るのなら、じっとしていられない。
お節介であっても、偽善者と言われても、黙ってはいられない。

「この女の人たちを氷漬けにしたのは、身体や肌が一番傷つかないから…なんでしょう?」
眠り姫のように、ただ眠らせておくだけでも構わなかっただろうし、泥や岩に閉じ込めることも可能。
敢えて氷で覆ったのは、美しいままで衰えずにいられるから、じゃないか?
いつか儀式がすべて終わったあとで、家族の元にそのままの姿で帰れるように…という、意味で。
「…はははっ…そんな甘いこと、考えてると思ってんのかい?私が?」
「友達とか、好きな人を助けたいって思う人です…。心の底から、悪い人じゃないと思っています。」
そう話すあかねの瞳は、聖水のように澄んでいる。

「だから、絶対に約束します!もうすぐ王宮に戻りますから、そしたらすぐに手配します!約束します!」
友雅のそばから離れて、あかねはシリンの目の前に座った。
「約束しますから、もうこれ以上女の子を連ないって、約束してください!」
シリンは黙っている。
しかし、彼女がうなずくまであかねは引き下がらない、と心に決めた。
「お願いします!絶対に治療法を見付けますから!」
人を傷付けずに、理論的で完全な治療方法を見付けて、彼女の大切な人を助ける。
「約束してください!お願いします!」
あかねは跪き、シリンの前で土下座しながら何回も頼んだ。

「私も…そしてここにいる者たちも、約束する。君の恋人を救ってあげるって。」
友雅はそう言って、あかねの背中をそっと抱いた。

それから数分経っても、あかねは必死に嘆願し続けた。
さすがに根負けしたのか、シリンは何も言わなかったが、小さく一度だけ首を縦に振った。



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Megumi,Ka

suga