Kiss in the Moonlight

 Story=17-----03
「ここまで来たら、もう悪あがきは諦めた方が良いよ。」
ぐるりと前後左右を取り囲まれ、シリンは歯を食いしばりながら、腰を据えて座っている。
初めて会った時のような、丁重な雰囲気は微塵も感じられない。
今、ここにいる彼女は…自分の策が失敗に終わったことの悔しさと、それらを押さえ込んだ友雅たちへの、いまいましさに顔を歪めている。

「観念して、あらいざらい白状しろ。おまえが、この事件の元締めなんだろ?」
背後を抑えながら、天真が威圧ぎみに尋ねると、不服そうにシリンは振り向いた。
「…ああ、そうだよ、おまえたちが思っている通り、これは全部私がしくんだことだよ!」
「そこにいる、女たちを生贄にするってのも、おまえの計画なのかよ?」
「今言っただろ。」
ふん!と顔を背けたシリンに、イノリは今にも飛び掛かりそうになったが、すぐに詩紋がそれを抑えて事なきを得た。

「おまえの望みは何だ。この岩の呪文から見て取れるのは、強大な力を欲していることだ。何故、そんな力が欲しい?」
差し出された、池に沈めておいた岩。
古代言語で刻まれた呪文には、強い念を感じる。
「順を追って、全部説明をしてもらうよ。全て打ち明けるまでは、手加減はしないからね。」
友雅がそう言うと、後ろにいる天真がぐっとシリンを締め上げた。
「……や、病を治すために力が必要だったんだよ!」
「病〜?おまえ、全然どこも病んでいないみたいだけど」
色は白いが肌の血色は良いし、貧相な体付きどころか充分恵まれたスタイルを保持している。
目の色も濁っておらず、どう見ても健康そのものに思えるが。
「私じゃないよ!私のっ……大切なっ…大切な人が患っている病のことだよ!」
大切な人の病…。
そう答えた時、あかねはシリンの目がどこか懐かしそうで、そして寂しそうに感じられた。

「あの、大切な人って…家族の方とかですか?」
友雅の腕に護られながら、あかねはシリンに話し掛けた。
だが彼女はキッとして顔をあげ、睨むようにあかねを見た。
「家族なんて、とっくの昔に誰もいないよ!20年前の戦乱で、子どもの時から天涯孤独さ。」
「20年前の戦乱?もしかして、あなたの故郷というのは…西国地方にあった、フローネイルですか?」
鷹通が尋ねると、シリンは黙った。
それは、YESの返事でもあった。

西国にかつて存在した、フローネイルという小国。
30年ほど前から隣国との戦乱が続き、フローネイルが隣国の領土となったのは、わずか10年ほど前だ。
「私はそこで生まれ育ったんだよ。生まれた時から、外を簡単に出歩けるような状態じゃなかった。いつも戦火が飛び回っていたからね。」
戦乱の理由は、呪術にあった。
彼らの優秀な呪術に必要な資源が、フローネイルには豊富にあった。
最初は資源の供給について争いが起こり、次第に侵略へとテーマは変貌してゆく。
そうして10年前にフローネイルは、ついに隣国に吸収される最期を迎えた。

「家族がいない子どもなんて、たくさんいたからね。仲間同士で集まって、何とか生きていたんだよ。誰も助けてくれないし。」
かなり手癖の悪いことも、平気でやった。
やらなければ、生きて行けなかったから。
孤独な子どもたちと肩を寄せ合い、戦乱をくぐり抜けて生きて来た。
「でもさ、ずっと一緒に生きていた仲間の一人が、軍の妙な薬に感染して目を覚まさなくなったのさ。」
心音も体温もあるのに、目を覚まさない。
呼んでも反応しない。答えもしない。
まさにここに並んでいる、氷の女性たちのように。

「薬の分析をすれば、治療法が見つかるだろうが。」
「そんなの、一般人に出来るわけないだろ。つてもないし、知識なんかもない。それに、薬は軍が試験的に調合していたやつだ。誰もよく分かってない。」
戦いは常に、そうやって外側の無関係な者を傷付ける。
時代や国が変わっても、いつだってそうだ。

「だから…正確な治療法が分からないなら、呪いに頼るしかないだろ。」
生まれつき才があったのか、それとも苦難が続く世の中で、身を護るために力が芽生えたのか。
シリンは町の呪術師の家に忍び込み、そこにある書物で呪いをあっという間に会得してしまった。
そうしているうちに、どんな万病でも治療出来る力を得る方法がある、という本を見つけた。
この力があれば、あの人を元気にさせられる。
怪我した仲間たちも、治療してあげられる。
絶対にこの力を、手に入れたい。
それがどんなに過酷で、非情な方法であっても良い。
「ここにいる女性たちも、その力を得る方法のひとつだったのかい」
「…生憎、役に立たなかったけどね。」
友雅の問いに対し、シリンは乾いた笑いを浮かべた。


「……でも、連れてきた女の人たち、まだ生きてますよね?」
また、あかねが切り出した。
「呪文に"魂を捧げる”って言葉が出てきたけれど、みんな凍り付いているだけですよね。」
「…あんた、分かるのかい?」
「心音、聞こえますから、みんなの…」
シリンは、少し驚いたような顔であかねを見た。
肌の色が崩れてないという、表面上のことなら気付くだろう。
しかしあかねは、"心音が聞こえる"と言う。
触れてもいないのに、手を伸ばして震動が伝わるわけでもないのに…。
何故心音が聞こえるのか、不思議でならない。

「どうして生きたまま、ここに残しているんですか?」
魂を捧げるのなら、彼女たちは命を奪われているはず。
それなのに、凍り付いていながらも生きたまま、集められているのは何故だ。
「あんた、呪文を読んだのかい。でもね、呪文に書いてあることが、そのまま実行されるものとは限らないんだよ。」
顔に掛かる長い髪を、ふわっと首を捻って払う。
白い首筋に、さっき彼女が念じる時にかざしたネックレスが、揺れていた。

「欲しかったのは、生娘の精気さ。死なせたら意味がないじゃないか。」
魂そのものを捧げるのではなく、材料として精気が必要だった。
巨大な力を得るための儀式に、必要不可欠な材料のひとつだったからだ。
「じゃ、ユニコーンがあんなに暴れたってのは、何でだよ。」
「生娘をおびき寄せるためにさ。大人しくして懐いてくりゃ、誰だって安心するだろう。」
油断させておいて、連れ去ってくる。
そうして、ここに氷漬けにして待機させておく。
「ユニコーンも、あんたが操ってたんだな?」
「聖獣とは言っても獣だからね。私は獣を操る呪いが得意なんだよ。」
自慢げに答えたシリンに、天真はピンと来た。
獣を操る呪い。獣を自由に操る呪い…思い当たる節がある。

「…守護妖精を封印して、獣の暴動に村人を怯えさせた呪い師って、あんたか!」
「守護妖精?ああ、懐かしいねえ。確かそういうこともやったよ。」
やはり彼女が…あの、藤姫がいた村を陥れた張本人。
「おまえっ!おまえがそんなふざけたことをやったせいで、村の奴らがどんだけ苦しんだと思ってんだ!!」
詩紋は慌てて抑えようとしたが、今回は間に合わなかった。
イノリはその場から飛び出し、シリンの胸ぐらを掴んで怒鳴り声を浴びせた。
「おまえの国みたいに、あの村だって崩壊寸前だったんだぞ!何で同じようなこと、するんだよ!」
怒りの感情を叩き付けるイノリを、シリンはぶ然とした顔で見る。
そして、はっきりと答えた。

「仕方ないだろ。あそこには、儀式に必要なものがあったのさ。」



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Megumi,Ka

suga