Kiss in the Moonlight

 Story=16-----04
もう一度友雅は、その光景をまっすぐに捕らえる。
「生きているんです、みんな…。氷付けにされて、眠ってるだけなんです」
まさかそんな…と、見渡した。
だが、よく見てみれば皆肌は薔薇色で、一体たりとも血の気の失せたものはない。
閉じられた瞼が開いたら、生きている人間と差などないほどに。
「私には確信は出来ないけれど、あかね殿には、感じるんだね?」
「分かります…。心音が伝わってくるんです。絶対生きてます。」
ユニコーンにさらわれて、生贄になって葬られたと思っていた女性たちは、皆こうして氷に閉ざされたまま眠っていただけか。
あの並んだ墓標も、からっぽの棺も、すべて無意味なものだったのか。
それは何よりだった-------が。

「どうにか出来ませんか…この人たちを、目覚めさせる方法…」
問題はそこなのだ。
あかねが言うとおり、彼女たちが生きていると分かっても、目覚めさせなければ意味がない。
「生きて連れて戻せたら、家族の人たちみんな喜びます。このままにしていたら、この人たちだって可哀想です。」
「…そうなんだけどね。問題は、どうやって目覚めさせるか…なんだが。」
何故、彼女たちは氷に覆われているのか?
この辺りは寒いけれども、氷が張っているところはない。
なのに、彼女のたちの身体だけが凍り付いているのは…どうしてか?

「…自然に凍る場所じゃないなら、誰かが意図的に、魔法でも使ったとか」
魔法を使った?
友雅の推測を聞いて、あかねはひとつ思い出したことがあった。
「友雅さん、池の中に沈んでいる岩に、何か書いてあったんですけど…」
「岩にかい?」
言われた通りに、友雅は池の中を覗き込んでみた。
すると明るいヒカリゴケの中に、ごつごつした岩がひとつ沈んでいる
凍るほど冷たい池に腕を浸し、友雅はそれを拾い上げてみると、確かに何か妙な文字が書かれていた。
残念ながら、友雅はこういったことは専門外で、呪術なども詳しくない。
この手のことには別口の専門家が、二人ほど外に待機している。
「とにかく、これを持って外に行こう。そして泰明殿と永泉殿に相談してみた方が良い。」
「うん、そうですね…」
友雅は毛布をはらりと開き、あかねの身体を包むように掛けてやった。
そして、今来た道を彼女の手を引いて、もう一度入口へと足を進め始めた。

だが、数メートルも歩き出さないうちに、予想もしなかったことが起こった。
突然グラグラと音を立て始めた地面。
小刻みな震動は崖に伝わり、小石や石片が頭上から剥がれ落ちてくる。キラキラと氷の粒も混じる。
「きゃああっ!!!」
友雅は即座に、あかねの上に覆い被さって彼女の身を守った。
地響きはしばらくの間続き、ズトン!と強い震動を最後に、やっと辺りが静まりかえったのは5分ほど過ぎた頃だった。

一体、何が起こったのだ…。
地震とはまた違う揺れだったが、凍り固められた女性たちもあかねも無事だ。
しかし、この騒動の原因は何なのか。

『友雅、聞こえるか?』
泰明の声が、首に掛けられたペンダントから聞こえて来た。
「一体何があったんだい?こちらは怪我はないけれど…そちらは?」
『かなり巨大な氷の塊が、おまえたちのいる穴の中から転げ出してきて、入口を塞いでいる。これでは戻っては来れまい』
氷の塊が…何故この穴の中から?
そんなものなど、見当たらなかったのに…。
『少し時間が掛かるが、火を起こして熱で溶かす。おまえたちはそれまで、少し奥で待機していろ。』
削ったり砕いたりする方法もあるが、肉厚でこのままでは手強そうだ。
いくつか火を起こして、やや溶けかけて来たところで、崩し始める方が良いだろう、というのが頼久たちの判断らしい。
『毛布は二枚あったな。冷えぬように、しばらくはそれで寒さを凌げ。』
「了解。出来るだけ早めに、お願いするよ。」
そう返事すると、泰明の声はそこで途絶えた。

「ということらしい。少し離れて、大人しく待っていよう。」
もう一度友雅は、あかねの手を取る。
ズレ落ちていた毛布の下の彼女は、幸いまったくの無傷でホッとした。
毛布をもう一度しっかり広げ、あかねを包み込んだあと、結局二人はまた穴の奥へと戻ることになった。




「じゃあ、ユニコーンは捕まえられたんですか」
「一匹だけだけどね。でも、ちゃんと調べれば、どうしてあんなに暴れたのか理由が分かると思うよ。」
松明もない暗い穴の中で、二人は寄り添う。
明るいとはいえ、あの広場にいるのは少し不気味だろうからと、入口がやっと見えるくらいの場所で留まることに決めた。

「でも、みんな無事で良かったです…」
「誰もかすり傷ひとつないよ。あかね殿の心配損だったね」
友雅から話を聞いて、ホッとすることしきりだった。
群れたちを引き受けた頼久たちも気になっていたし、自分を逃がして一人残った友雅のことも、ずっと気にしていた。
だけど、今こうして彼は目の前にいて、怪我ひとつもなく笑っている。

…心配損だなんて、ホントに心配していたんだもの…。
彼の手を、あかねはぎゅっと強く握る。
その手はとても冷たくて、いつもの暖かな友雅のぬくもりとは違う。
「あまり長く触らない方が良いよ。池の水がかなり冷たかったから、手も冷えているんだ。」
だが、この大きな手が自分を護ってくれている。
ユニコーンから…だけじゃなく、すべてのことから。
「やめなさい、凍えるよ。」
「…大丈夫です。私の方が暖かいから…」
友雅の手を、あかねは自分の頬にぴたりと着けた。
とてもひやっとするけれど、それは自分の体温が損なわれていないからだ。
こんなことくらいしか、彼にしてあげられることはない。
小さな、ほんのささいなこと。それだけでも……出来ることがあるなら。

けれど友雅は、あかねの頬から自分の手を引き離した。
「じゃあ、キスしてもいい?」
「えっ…」
彼女がうなづくのを待たず、真正面に友雅の顔がぐっと近付いて来て、彼の唇が重なる。
けれども、それはほんの一瞬だけ。
「うん、今ので充分熱をもらった。もう暖まったから大丈夫だよ。」
笑顔を浮かべ、彼はそれきり頬には触れなかった。

ふざけているのか、からかっているのか。
それとも…あかねの頬が冷えないように、わざとそんな冗談で手を離したのか。
毛布は二枚もあるのに、彼はそれを羽織ろうともせず、二枚ともあかねの身体に掛けて。
穴の中は、決して暖かな場所じゃないのに。
「…く、唇よりほっぺたの方が、範囲広いから暖まるはずですっ!」
そんなことないよ、と友雅は自分の胸を指差して言うが、嘘に決まっている。
伸ばした手を彼の手に重ねれば…ほら、やっぱりまだ少し冷たい。

「だったら……もっと良い?」
「え、ええっ…?」
さっきと同じシチュエーション。
視界が覆われてしまうほど、目の前に迫る友雅の瞳。
「実際のところ、まだ少し冷たいのが本音。もう少し…君の唇を貸してくれたら、本当に暖まると思うんだけどね?」
「そ、そんな冗談みたいなことっ…」
かあっと顔が赤くなって、身体が熱くなったのはあかねの方だ。
その変化を見ると、彼はすぐに引き下がって岩壁にもたれる。
「大丈夫だよ。今のままで充分、熱は保たれているから。」
何事もなかったように友雅は言って、ずれ落ちた毛布をもう一度あかねに掛けた。


--------------ころん。
そんな彼の胸の中に、転がり込んで来た優しい香りの塊。
さらりとなびく髪、少し紅潮した頬が目の前。
「…わ、私の唇で良いなら…っ」
春の初めに、ほころび出す花の蕾のような唇が、震えながら友雅に近付いてくる。
毎晩の、眠りに着く前の雰囲気とは違い、妙な緊張感が流れる距離。

「……っ!」
背中をぐっと持ち上げられるようにして、少しだけ姿勢が動く。
毛布にくるまれたまま、両腕にも包まれて。
言葉もなく、唇は重なる。

離れない。今度はすぐには…離れる気配もない。
そして、一度重なってしまうと…
不思議にあかねもまた、彼の唇から離れ難くなった。



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Megumi,Ka

suga