Kiss in the Moonlight

 Story=16-----03
「あかね殿!早くこちらへ!」
イノリが背中を押すと、すぐに鷹通があかねの身体を受け取った。
すぐさま泰明に言われたとおり、崖の裏へと連れてゆく。
その間も、ちらちらとあかねは後ろを振り返っては、友雅の様子を伺っていた。
あかねを仲間たちに任せたあと、すぐにイノリはもう一度飛び出して、友雅の加勢に舞い戻ったようだ。

「大丈夫です、友雅殿は剣に長けておりますから。」
「でも、あんな凶暴なユニコーン……」
「友雅殿の力は、ご存じでしょう?剣技もまた同じように、相手の隙を見抜けますよ。負けたりはしませんよ。」
鷹通はそう言うが、あかねは目の前で変貌したユニコーンの姿を、忘れられない。
あんな異様な獣の形相を思い出すと…足が竦むし不安も駆り立てられてしまう。

鷹通に連れられて、削られた崖の穴の前にやって来た。
「向こうが落ち着くまで、こちらに避難していてください。外には出ないでくださいね?」
「…あの、友雅さんもそうですけど…、天真くんと頼久さんたちは…」
「それこそ心配いりませんよ。国でもトップクラスの戦闘能力を持つ彼らですよ?すぐにユニコーンたちを払い除けて、戻ってきますよ。」
にっこりと穏やかに鷹通は微笑み、あかねの肩を軽く叩いた。
そして薄暗い穴の中へと、彼女の背中を押して進ませる。
「では、静かにお待ち下さいね」
そう一言だけ言い残し、鷹通もまた混乱を極めている場所へと戻っていった。



思った以上にしつこい聖獣だ。
お互いに結構な時間粘っているのだが、後ずさりをすることもなく、力もなかなか衰えない。
相手が疲れるまでの根気比べと思っていたが、これじゃいつまで続くやら。
……まだ私も粘れるけれど、このまま先が見えないようじゃ、手荒くあしらうしかないかな。
ほんのちょっとくらいならば、傷を負わせても平気だろうか。
致命傷を与えられる急所を狙うくらい、簡単に出来るとは思うが…。
「いい加減、この辺で堪忍したら良いだろう?このままでは、酷い目に遭うことになるよ?」
友雅はにやりとユニコーンに語りかけたが、凄んだ目は穏やかさを取り戻さない。

覚悟を決めた。
思い切り力を掛けて刃を押し上げると、ユニコーンの角が横に傾いた。
その一瞬が、唯一のチャンスだった。
咄嗟に先端を彼は手で掴み、首をひねるようにして力いっぱいねじり上げると、絞り出すような叫びが響いた。
ヒュワオウウウウ!!!
足元のバランスを失い、白銀の胴体が地に倒れる。
角を掴んだまま友雅は乗り上げて、寝技を掛けるように体重で抑えつけた。
ユニコーンはブルブルと暴れようとするが、角を捕らえられて力を掛けられては、自由にも動けない。

「…大人しくしないから、お仕置きされるんだよ?」
ザザッザザッと、駆け足で近付いてくる足音が聞こえてきた。
ふたつのシルエットが、友雅の手元を月明かりから隠す。
「さすがですね。隙を見逃さない友雅殿の鋭さは、相変わらず健在ですね。」
感心しながら、頼久は倒れたユニコーンの角を押さえ、天真に両手足を縛るようにと腰のロープを投げた。

さっきまで熱戦を繰り広げていた獣も、手足を縛られては堪忍するしかない。
清らかな生娘にしか懐かず、男など汚らわしいとばかりに襲うユニコーン。
そんな気高い聖獣からしたら、この状況はかなり屈辱的な想いだろうが、同情はしない。
「君らの方も、何とかなったようだね。」
「追い払うしか出来ませんでしたが、それで及第点でしょう。」
「でも、アンタのおかげで一匹捕らえられたからな。上出来だと思うぜ?」
このあとは、泰明と永泉に任せよう。
彼らの法力を使えば、このユニコーンたちの異常な変貌の真実が、何かしら分かるかもしれない。



天真たちに引きずられ、ユニコーンは泰明たちのところへ連れられてきた。
あんなにも異様な空気に包まれていた野原は、今はもう以前のように静かで、月がぽっかりと辺りを明るく照らしている。

パチパチ…と、薪が燃え出す音がする。
木陰に彼らは集まり、朝が来るまでここで野宿を構えることになった。
その間、泰明たちは力を尽くして、ユニコーンの調査に集中する。
他の者たちは、取り敢えずひと休み…と言ったところだが、友雅だけはそうも行かなかった。
「鷹通、あかね殿は…中にいるのかい?」
「ええ。入ってもよろしいですよ。」
厚手の毛布を、2枚持たせて隠れさせたから、中が寒くても凍えることはないはずだ、と鷹通は言った。
友雅は詩紋から、飲み水と少しの砂糖菓子をもらうと、彼女が隠れている崖の穴へと向かった。


「あかね殿、大丈夫かい?」
薄暗い穴の中に踏み込み、彼女の名前を呼びながら友雅は進む。
しかし、何度か話しかけても…返事が聞こえない。
「あかね殿?そこにいるんだよね?」
-----------------返答がない。
まさか、何かあったんじゃないだろうな。
神気の籠もるこの崖なら安心だと、泰明は言っていたはずなのに。
不安を抱きながら、足元に注意しながら友雅は先へと進んでいった。

奥に行くほどに、ひんやりと空気が冷たくなる。
いくら安全とは言っても、あまり長居しては身体が冷えてしまいそうなところだ。
早く外に連れ出して、焚き火に当たらせてやった方が良いんじゃないか。
暗い穴の中を歩き続け、あかねの気を探る。
すると、少し先に広がっている場所から、うすぼんやりした淡い光が放たれているのに気付いた。
あの明かりは何だ?穴の奥に光るものなんて、あるわけもないのに。
コツコツと友雅は、その光に誘われるようにして進んだ。

やがて、広いホールのような場所にやってきた。
一気に視界が明るくなる。
その意味が、ここに来て分かった。
あたり一面が氷に覆われて、浅い地底湖に生えた苔が光っていたのだ。
水の中で輝く苔は神秘的に光り、それらが水と反射して辺りの氷を照らしている。
こんな奥深い穴の中に、美しい世界が広がっているとは驚きだ。

が、それよりも友雅が驚いたことがあった。
美しい景色とは正反対に、そこに並んでいたのは……異様な光景。
「これは……っ」
友雅は、思わずそれらを見上げて声を失った。
蝋人形のように、氷漬けになって並んだ女性たちの身体。
それらは20人以上はいる。
しかもみんな、おそらく成人前の若い娘ばかり。
中には、幼い少女まで含まれている。

もしかしたらこの彼女たちは……。
彼の脳裏に、街で見かけた男の姿が浮かんだ。
それに続いて、あの墓地に広がる真っ白な墓碑に刻まれた女性の名前を。
ユニコーンの生け贄になった娘たちは、こんなところにいたのか…。

と、背後から彼女の気を感じた。
即座に振り向くと、広場の隅っこに、毛布にくるまった塊があるのを見付けた。
「あかね殿?ここにいたのか」
すぐに友雅は駆け寄り、うずくまるあかねの毛布をそっと広げると……怯えて、今にも泣き出しそうな顔が、目の前に現れた。
「気分が悪いのかい?歩けないなら、抱いていってあげようか?」
確かにこれでは、気分も悪くなるだろう。
いくら中が安全とはいえ、こんな異様な光景の中で一人待機していれば、当然だ。
出来るだけ、向こう側に視線が行かないように、自分の胸に顔を押しあてながら抱き起こす。
まずは彼女を外に出してあげなくては。友雅は手を取った。

するとあかねは、しっかりと地に足を止めて立ち上がり、自分から友雅の顔を見上げた。
「生きてるの…」
「え?」
「生きてるの…!あそこにいる女の人たち、みんな生きてる!」
あかねは振り返り、ずらりと並ぶ氷付けの女性たちを指差した。



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Megumi,Ka

suga